77.メタモルフォーゼ、発動せず
メタモルフォーゼ、発動せず
「スサノヒドラ」と「ヤマタノオロチ」それはマナとヨミがともに人型を得た姿だ。なっぴの目前のスサノヒドラにはマナの力が身体に溢れ、制御不能になりつつあった。まばゆい光は浄化の光、再誕の際邪魔になる過去の記憶、前世の記憶を祓う光だ。スサノヒドラは執拗になっぴに残る前世の記憶を消し去ろうとしている。なっぴに受け継がれた、昆虫王国の虫人たち、アガルタの人魚たち、そしてルノクスに生まれた「原始生命体」の記憶は、「はじまりの者」たちにとって浄化すべきものだったのだ。ヒドラはなっぴの心にこう語りかけた。
「娘よ、怯懦するでない、苦痛など微塵も無い。それを持ち続ける方が余程、辛苦であろう、さあこの光に打たれれば楽になる」
なっぴは力を振り絞って立ち上がる。
「原始生命体から虫人たちが生まれ、またそこへ戻ってくる。その再誕のプロセスが宇宙の真理だ。私がイブとしてその役割を与えたのが「リリナ・スカーレット」だった」
ヒドラが諭す言葉は、なっぴの疑問の一つに答えた。
「前世の記憶を全て取り除くにはマルマの大いなる力を使う必要がある、中には不完全な再誕が起こることもある。記憶の引き出しに溜め込まれる前世の記憶、そして不完全な再誕により生まれた虫人、それを食らうのがわしに課された、長い間の役目だった……」
ヒドラは、前世の記憶が残ったまま生まれた虫人たちを食っていたのだ。
「私は皆の記憶も聖なる力も抜き取り、この身に織り込んだ。あなたと似たようなものかもしれない。でも今あなたに浄化され、それを無くすわけにはいかない。それは皆ともう一度会うためにしたこと……」
なっぴは立ち上がり拳を握るとファィティングポーズをとった。
「では、どうしても浄化は嫌だと言うのか」
「嫌、私は一人じゃない。多くの記憶は彼らの生きた証、いえ今も生きている。私とともに……」
沈黙が終わり、動いたのはスサノヒドラの方が先だった。
「かつてリリナは同じ言葉をわしに言い、そしてルノクスを後にした、やはりお前もか!」
ヒドラはそう激昂し、体をブルっと震わせた。
「何あれは!」
テンテンにコマンドを書き込まれた由美子がようやく立ち上がり、スサノヒドラの姿を見て叫んだ。まだ少し頭がすっきりしないまま由美子は記憶をたどる。目前のなっぴは衣服を剥ぎ取られながら、ヒドラの攻撃を避け続けていた。彼女にはなっぴが虫人の命を懸命に守り続けている女神に移った。
「なっぴのピンチを救うわよ、テンテン着床!」
由美子もテンテンも初めてパートナーを変えたメタモルフォーゼを行う、不安が由美子の脳裏を一瞬横切った。不安は的中した、メタモルフォーゼは発動しなかった。
「やるっきゃない、由美子」
テンテンの声が聞こえる、由美子はもう一度右手をあげた。
「メタモルフォーゼ」
だが、メタモルフォーゼは、やはり発動しない、由美子がもう一度唱えた。
「メタモルフォーゼ」
しかし、それでも由美子の体に少しの変化も起こらなかった。
「メタモルフォーゼ、メタモルフォーゼ!」
何度試してみても同じだ、由美子はテンテンを着床できなかった。