72.やるっきゃない
やるっきゃない
結界の外では、由美子らも懸命に「amato2」を押していた。ちょうどスサノヒドラからは死角になる位置だ。虫人の記憶をなくしたリンリンは二人に加わり、それでも懸命に力を込めて「amato2」を押していた。
「ドンッッ」
硬い耐圧殻に覆われた「amato2」が、軽い衝撃とともにようやく結界に届き停止した。
「フィーン」
機械音とともに「amato2」のハッチが開く。シュラとの戦いでの損傷は、外見からはほとんど認められない。タイスケはその一瞬で、そう判断した。
「さあ、amato2に入るぞ」
ヨミの綱の先頭を握るタイスケが後ろを振り返り声をかける。しかし彼は香奈、セイレ、テンテン、マイそしてシルティの姿を捉えただけだった。
「タイスケよ、フローラル・由美子を頼むぞ……」
そう言い残し、ゆっくりとピッカーが結界の壁に沈んでいった。ガマギュラスとギリーバは何も告げず、一足先に消えていた。壁の中から半身を残している巫女たちもいた。しっかりとマイの手を握っていたラベンデュラは自らその手を離した。
「行きなさい、マイ。スサノヒドラに勝利し、そしていつか虫人のイブとなるのですよ」
「お母様……」
そしてもう一人。
「テンテン、リンリンにも話してやって。あなたたちは私の誇り、虹色テントウは永遠に輝くと……」
ここに来てフローラの三姉妹はついに原始生命体に融合された。
ナナの力を自分のものにしたテンテンは、この結界が原始生命体「バジェス」となりつつあることもそしてその未来も見え始めてきた。泣いている暇は無い、マイにテンテンはこう言って勇気付けた。
「マイ、大丈夫よ。私たちはスサノヒドラに勝てる、そうしたらまたみんなに会える。さあタイスケのいう通り、この結界を一旦出ましょう」
一部始終を見ていたシルティはようやく安心した、虫人たちがバジェスに融合し、やがてマイがイブとなればいつの日か虫人はまた生まれるだろう。
「香奈、この結界の中でならあなたの力は使えるはずね。お願いするわ、最後のマンジュの力を使って私の封印を解いてちょうだい」
その口ぶりは、香奈をよく知っているものの声だ、香奈ももちろんその声の主を知っていた。
「そうすれば巫女アゲハはもう戻ってこない。あなたが消えることになる、それでもいいのね、」
シルティは無言で頷き、微笑んだ。決意とともに香奈は右手を高く上げ、呪文を唱えた。
「ナノ・マンジュリカーナ!」
なっぴの作った結界の中、香奈がマンジュリカーナとなり、続いて「巫女アゲハ」シルティの封印を解く呪文を唱える。それはアロマリカーナのものだ。
「リブル・クッティース・アロマーナ!」
「……その呪文は、アロマ様の呪文。香奈様もまた再誕の巫女『イブ』の力をお持ちになっている」
テンテンはシルティが巫女アゲハとして封印されていた「前世の記憶」を取り戻していくのを眺めていた。
「結界は収縮を始めたわ、急ぎましょう」
セイレは若干たくましくなった二本の足を見せた。エスメラーダのドレスは動きやすく、アレンジされていた。
「行くわよ、マイ」
「いいの、テンテン。動くなって、なっぴが」
「いいって、なっぴは私、私はなっぴ。でしょう、香奈様?」
「そうね、急ぎましょう。シルティ」
「オーケイ、システムは正常だ。さあいいぞこっちに移ってこい!」
次々と「amato2」に乗り込む彼女たち、マイとテンテンは結界の中をもう一度振り返った。二人の思いを伝えるうまい言葉は出てこない。二人は手を握ると顔を見合わせてこう言って笑った。
「やるっきゃない!」