70.スサノヒドラ
スサノヒドラ
「やはり、結界はもう長く持たない……」
結界の裂け目からヨミの綱が引き込まれるたびに、外気の亜硫酸ガスが少しずつタイスケの頬を撫でる。結界から「amato2」までは十数メートル、しかし彼らには遠く感じた。原始生命体に再び融合され始めた虫人は、それでも残る力でなっぴのため、香奈、タイスケ、セイレを「amato2」に乗せようというのだ。
「里香様は由美子を王国で再誕させた時、スカーレットの願いを聞き、由美子が受け継ぐはずの強大な力を分散させました。ニジイロテントウ族ならその力を制御することができる、その里香様の言葉に偽りはなかった」
ラベンデュラが独り言のように由美子の誕生について語った。
「我らニジイロテントウの力は紛れも無い、ナナの力なのです。テンテン、この綱の先に『amato2』が固く結ばれている。ヒドラから出芽したナナはマンジュの妹、アロマに封印されていた再誕の力そのもの。あなたが真のニジイロテントウであるならナナとともにそれに入りなさい、そうすればきっとなっぴを助けることができる。二人は切ろうとも切り離せない縁で堅く結ばれているから」
「母さん……」
テンテンの目の前から、亜硫酸ガスの風にかき消され、バイオレットが結界の壁に吸い込まれるように消え去っていった。
「マイ、あなたはいつか私たち虫人のイブとならねばなりません。再び多くの命を生み出すのです。それがたとえどこであっても、たとえその日までどれだけ時間がかかろうとも」
「そうね、マイ。もっともっと、修行しなければなりません、いつか必ず会える我らの王のために」
「私が新しいイブに、そんな、お母様……」
筆頭巫女ラベンデュラと、スカーレットがそうマイに言い残すと壁の中に消えた。
「シルティ、ナナのことはあなたに任せたわ」
「そうそう、ミーシャにもちゃんと話すのよシルティ。きっとカンカンに怒ると思うけれどね」
そう言い残し意味ありげに微笑むとヴィオラとアイリスもそれに続いた。
「グウルルルルン」
ヒドラはヨミとマナのバランスを崩し、うめき声をあげた。それが合図でもあるかのように、原始生命体に似た体色へと変わった。次々と触手は伸びはじめ、体表の苞は七色に輝く。触手の先には大蛇のような顔を持ち、肌色の足の付け根には巨大な目が開いた。なっぴは、それを見ても不思議と恐怖を感じなかった。
「あなたは、マナなのよ、大いなる光。そんな姿は似合わない」
なっぴは、生身のまま立ち上がった。
「あれが、マナ。あの姿がマナだというのか」
「ヤマタノオロチとは違う、でも邪気を感じるわ。気をつけてなっぴ」
タイスケに教えるようにテンテンが新たなヒドラをスキャニングした。
「そう、あれはマナの暴走した姿、スサノヒドラと伝えられている、テンテン、あなたはバイオレットが言った通り、真のニジイロテントウだわね。すでにナナの力を制御している。この中にいてあのスサノヒドラをスキャニングできているのが何よりの証拠です」
「でも、香奈様、私はこの結界から出てはいけない。なぜなのでしょう?」
「作ったなっぴに聞いてみたらいい、お前の虹のプローチが再び輝いているぞ」
「ギリーバ、それ本当?」
「ヒドラがなっぴを攻撃し始めたぞ」
「おい、引き手を緩めるな、ガマギュラス!」
ピッカーの目には、火炎を吐くスサノヒドラと、素早く身をよじりその攻撃を左右に交わすなっぴが映った。