56.ツクヨミの力
ツクヨミの力
「なっぴに残るもう一つの力は、ツクヨミの力。クシナそしてエスメラーダのもつ力だ」
再びギラファが言うと、すかさずセイレが首を横に振った。
「いいえ、なっぴにはその力は既に残っていないはず」
「闇を制御する力ばかりではないのだ、ツクヨミに与えたのは……」
「そう、ヨミ様はマルマを見たとき、光と闇を併せ持つものしか実体をもてないことに気付かれた」
「マナ、ヨミ。そうか、そしてわしの意思に逆らい最後にアマオロスを生んだのだな」
「おっしゃる通りです、タオ様」
ーアマオロスより産まれた四神は光と闇を併せ持っていた。闇を制御することで生命力を強くする、この星を治め、繁栄するには強い生命力が必要だったのだ。闇の制御を上手く出来たマオはクシナを妃に迎えた。オロチは闇に取り込まれてしまった。そしてヒメカの中の闇と光は拮抗していた。ミコトはカムイの大地の力を借り、闇を制御していたのだ。そして、クシナに負けぬ美しいヒメカを妃に選んだのだった。幸せな日々の中、ヒメカは自分の闇がここ数日、再び身体の中で大きくなっていくのを感じていた。それは『根の国』に封印されたオロチの呪力のためだった。ヒメカはそれに気が付かず、ただ自分が何かに取り込まれそうで怖くなっていた。ヒメカは気分がいいどころではない。日毎にもう一人の自分に脅かされていたのだ。
(私の中の闇が次第に大きくなる、このままだといつかはその闇に取り込まれてしまい、ミコトを……)
ヒメカは時には青白く輝くまでに落ち着き始めた星を見上げた。クシナにその光を与え役目を終えようとしている三神の一人、ツクヨミは青い光を地上に投げかけていた。
「数日のち、新しい命が誕生します。きっとこの星の命を守り育ててくれる、そんな神でしょう。ミコト」
ヒメカは精一杯の笑顔を見せるとミコトに寄り添った。ミコトはヒメカを抱き寄せた時、肩がわずかに震えているのを感じた。
「ヒメカ、ツクヨミ様のお力を借りて、新しい神が分離するんだな」
「はい、人型の神が誕生いたします」
その時またもや、ヒメカの意識が曇り始めた。群雲がツクヨミの光を遮ると同時に『根の国』に封印されたオロチの呪力がその力を増したのだった。
(ヒメカ、わしの下に来い。その闇の力をわしに与えるのだ、この星を創り直そう)
ヒメカは地の底から響くその声を聞いて、胸に起こる黒い霧が、何者の仕業なのかを初めて知った。
(兄さんが再び甦ろうとしている……)
ミコトを遠ざけると、ヒメカは部屋に戻った。
「クシナの様に完全に闇を抑えることは、私には無理なのかも知れない……」
ならどうすればいいのか、ヒメカはそればかり考えていた。日毎にオロチの呪力は強まっていった。
そしてある夜のこと、ようやくヒメカはオロチに応えた。
「兄さん、私の闇の力はやがて倍にもなりましょう。新たな神を分離する際に、その神が持つべき闇を私の中に留めなさい。それだけの闇の力がなければ、アマテラスの封印を解き、兄さんが再びこの地上に現れることは叶わないでしょう」
「そうか、それもそうだ。よし、新たな神が受け継ぐ闇の力をお前に留めよう。闇の力を倍増したお前とともに、最強の邪神として地上に再誕しよう。その日はいつだ? ヒメカ」
「次の赤いツクヨミの夜」
「わかった、楽しみに待とう。だがおかしな真似をすれば、命はないものと思えよ、ヒメカ」
「ほっほっほっ、この私が、兄さんを裏切るとでも思っているの? そのかわり海に半分沈んだ『アキツ』の代わりにカムイの半分でもいただきたいわ」
「おお、その時は再び『アキツ』をカムイに繋げてやろう、カムイの東に大陸を作ってやろう。その日を楽しみにしていろ、ふあっはっはっ」
ヒメカはこの時、創造の女神としての役目を命がけで果たそうとしていた。