54.もう一つの力
もう一つの力
なっぴが今その封印を解き放つ、互いに惹かれ合う、闇と光のふた組が現れた。
マルマを身にまとうマンジュリカーナがヒドラの目にとまった。
「この者は?」
自分とさほど変わらぬ容姿。しかし身体中から溢れ出るのは、はっきりそれとわかるマルマだった。
「私の前にいるこの者は誰だ?」
彼女が今まで会った虫人は、命乞いをし、それが叶わずと知ると背を向け逃げ出す。その虫人のマルマを彼女は体内に吸収し、新しいヒドラの出芽の時までマルマを体内で「精製」していた。これはマンジュリカーナがマナを使って行う「浄化」と等しい。
ヒドラは優しい笑みを浮かべる、目の前の少女に困惑した。
「何故この者は逃げない。この私に立ち向かうつもりなのか?」
なっぴの前に現れたヒドラは、見る間に成長を始めた。八本の触手はなっぴからこぼれるマルマを浴びようと、それぞれ別の生き物の様に動き始めた。
「ヒドラ、神の子よ。私はあなたにとって一体何であればいいの?」
そのなっぴの問いに答えはない。
「父、それとも母……」
ヒドラが、今度はしゃがれ声でそれに答えた。
「私の望むものだと?こざかしい。ただの餌に過ぎぬお前に何が出来ようか?」
「ヒュルヒュル……」
ヒドラの成長した触手のひとつがなっぴの肩に食らいついた。決して素早くはない、しかし虫人たちには誰一人としてその触手に対応できる能力が残っていなかった。
「ブチッ」
無惨になっぴの肩は食いちぎられ、血しぶきが上がる。しかしそれでも、なっぴは不動の構えだ。続けてヒドラの触手はなっぴのもう片方の肩、両腕、腿、乳房に容赦無く噛みつき、たやすく引きちぎる。
「なっぴの体がヒドラに……」
血まみれでもそこから微動だにしないなっぴを見た由美子が、声を詰まらせた。
「なっぴの体のマルマを奪い、それを浄化しようというのか」
ギラファがそう言うと、テンテンが心配そうにこう言った。
「なっぴがただの人間に戻ると言うことなの? でもそれでヒドラと立ち向かうことなどできるはずがない。一体なっぴは何をしようとしているの」
「私たちにはもう力は残っていない、私たちの再誕に全て使い切られたのに……」
由美子もそう言ってなっぴを見つめた。その由美子の肩にダゴスとフローレスが手をそっと置いた。
「いやそうでもない、なっぴの体にはもう一つ力があるはずだ」
「由美子。なっぴはおそらくそれに気づいているはずよ」
マイにもそれがわかっていた。
「そう、ナナにはそれがあった。テンテン、あなたにはそれがなかったわ」
「マイ、その力をあなたは感じていたのね」
「この世の始まりをなしたもう一つの力、何度か彼女にも現れた『力』を使うつもりだ」
ギラファははっきりこう言って、全ての色を失ったなっぴを見守っていた。