5.躊躇(ちゅうちょ)
躊躇
何も武器らしいものを持たない、その生命体にシュラは火炎弾を使わずに近づく。
「思った通りだわ、マイ、さあ今度は私をハッチに向って飛ばして。タイスケがひねり潰される前に」
しかし、マイは答えなかった。
「マイ、マイってば……」
マイは暗闇が苦手だった。彼女が身を隠していた次元は暗い音の無い世界、何度も気を失いそうになるのをこらえていたのだが……。万事休す、その時マイの頭に声が響いた。
「それでもあなたはレムリアの王女なの!」
母『ラベンデュラ』の声がマイの失いかけた気を取り戻させた。
「なっぴ、ごめん。いくわよ、『ストラーダ・ナッピーヌ・アマトーナ(なっぴよ『amato2』へ飛べ)』
計画はこうだ。タイスケは『シュラ』がおびき寄せられて『amato2』に入るとすぐカプセルから脱出し、外に出る、そしてマイに転送されたなっぴが素早くハッチを閉める事になっていた。マイの一番重要な役目はシュラが『amato2』を壊す前に、次元の谷へ一緒に飛ばすというものだった。計画を伝えられたムシビトたちは、すぐさま行動を起こしていた。次元の谷には整備を完了した『レムリア』に燃料を十分補給してあるはず、行き先は太陽の中心だ。
「いいか、俺を投げた後、もしもシュラがまたお前の方を選んだら、ここに戻ってくるな。いいな、なっぴ」
「でもそれだと、タイスケがシュラに……」
「馬鹿、俺は餌だ」
「……」
「いいか、必ずそうしろよ」
マイが寸前で気がつき、なっぴが計画通り『amato2』の側に現れた。なっぴは祈る様に目を開いた、彼女の目に映ったのは。絶望的な光景だった。
「こ、こんな事が……」
なっぴが見たのは、ハッチに手をかけ身を乗り出していた『シュラ』の姿だった。事もあろうにその鋼鉄の牙にはタイスケのカプセルが、しっかりとくわえられていた。なっぴはとっさに渾身の力でキューでシュラの腹を突き抜いた。再びシュラは『amato2』に押し込まれた。
「ゲギリュリリ」
「なっぴ、今よ……」
由美子が声を上げる。しかし、シュラは打突されようとも、ようやく手に入れた極上の餌を放してはいなかった。
作戦は失敗した……、もう勝てる術は無い。
「グジュ……」
なっぴは背筋が凍りつく音を聞く。
「……タイスケ……」
腹を打突されたシュラは吐き出したカプセルをその足で踏みつぶした。呆然とその場に座り込んだ彼女をシュラは無表情のまま見下ろしていた。突然なっぴはコマンダーを一気に引きちぎり、何かに取り憑かれた様に、ゆらりと立ち上がった。やがてなっぴの笑い声が辺りに響いた。
「クククッ、みんな死んでしまった……。オロスの巫女たち、人魚やカイリュウ族。女王も、レムリアのムシビトたちも、そして私は母もタイスケも殺した……」
なっぴの目が赤く輝く、徐々に闇がなっぴを包み始める。
「何のための巫女、誰のための私なの……」
なっぴからマナの光が消失していく。
「だめだ、なっぴが闇に堕ちる……」
ダーマが叫んだ。
「……こんな星、いらない……」
そうつぶやく、なっぴの姿はついに漆黒の巫女となった。
「ギデガルナ」
明らかにヨミの呪文と解る言葉を発し、彼女は海を溢れさせた。
「駄目、ここにいては」
マイは投げ捨てられたコマンダーを拾うと由美子の手を握り、ダーマをマユごと抱えると『amato2』に急いで乗り込んだ。