35.ひからびた手首
ひからびた手首
「マルマはマナとヨミに分離できなかった、中途半端なもののあつまりだ。光でもない、闇でもない。時には一瞬の輝きを見せることもあった。どす黒く沈み込むこともな。いち早く人型の様な『からだ』を持ったのはいいが、お前たちの様に自立はできない。クラゲの様なものだったのだ」
「聞いているわ、そのため忌み嫌われ辺境の星に捨てられたと」
「捨てた……、確かにそうかも知れない。わしはオロチの最期を見るまで、マルマのことを忘れていたんだからな」
「マルマのことを思い出したあなたは、懸命に探したのでしょう?」
「いや、わしはマルマの居場所はずっと以前から知っていた。何故ルノクスに留まっているのかも」
「マルマは探していたのでしょう、自分が何故自立できないのかを」
「そうだ、自分に欠けているものが何なのかをマルマは探していたのだ」
「それが、マナとヨミ、イオナとオロチの間に生まれたもの」
「はじまりのものは、再び始まる。わしは思い出した。マナとヨミが残したものを」
「それは、何だったの?」
「ヨミが残したのは、ヨミがマナに触れたとき、消え去ったヨミの手首だった」
「ヨミの手首ですって!」
それは、不思議なことだ。
「イオナを天界に呼び寄せるためアマテラスは、イオナの『ヨミ』を抜き取る、しかしそれは小さな黒真珠にしかならなかった。それほどの『ヨミ』が創神さえ邪神に変えた。やはり『ヨミ』は『マナ』と相反するもの、ワシはそう思った。ヨミの手首が右だったのかそれとも左だったのかすらワシは覚えてはいなかった。何しろそれは粉々に砕け散ったのだからな。しかし実は完全に消え去ってはいなかったのだ」
「ヨミのを扉の奥に封印し、暫くしてのことだ。あれが現れたのは……」
「あれ……」
「お前たちに見せてやろう、虫人たちがどうして生まれたのかを」
次元の扉よりもさらに巨大なひずみが上空に開いた。なっぴと香奈はそれを一緒に見上げた。上空に現れたのは、二人が初めて見る、辺境の星。それは虫人の故郷、ゴリアンクスとルノクスに違いない。二つの星はまだ数カ所でつながっていた。それらはまだひとつなぎの星の姿だった。その星に動くものがただひとつ、それが「神の子」として生まれた「ラグナ・マルマ」だった。
起き上がることのできない彼の体はグニャグャでただ低い場所へと這っていく。言葉は必要ない、仲間もいないからだ。
「ウゴゴーツ、ズゴゴーッ……、ウゴゴーツ、ズゴゴーッ……」
彼は時折うなり声の様なものを発した。それは何かを訴え、そして何かを欲しているように響いた。
「マナ……ヨミ、マナ……ヨミ、そう何度も繰り返えしているわ」
なっぴは力を無くした香奈のために「口伝」を始めた、既に完全に覚醒した彼女はラグナの気持ちを察することができた。
「そう、あなたはそうしてずっと待っているのね。マルマ……」
タオはそれを聞くとこう言った。
「やはり、お前には全て解るのだな、マルマは自分に足りないものを知っていた。それがマナとヨミの力なのだ、それが「ヨミ」の砕け散った手首だった。ヨミを封印した扉をこじ開けて、カラカラにひからびた手首はマルマの声に誘われるようにその扉の前から消え去った」
二人が目を凝らす、タオの映し出したその手首はマルマのうごめく谷にゆっくりと沈んでいった。