19.深紅の人
深紅の人
イオナ・アマテラスはシュラの体を得たマルマをそっと抱きしめた。
「まやかしの体を手にして、マルマはこの星で何をしようとしているの?」
それは「マナ」の声に違いない。ガラガラと崩れ落ちるシュラの体は実は空胴だったのである。その中から立ち上るのは真っ赤なダーマの姿だった。
「マナ、わしの気持ちは誰にも解らない、わしだけが『実体』を持ってタオから生まれた。しかし、それはまだグニャグニャの体。永遠に転生を繰り返す不老不死の体だった。マナやヨミとは違い、いつまでたっても聖三神の様な『倶生(ともせい=男女同一神)』はわしからは、ついに生まれなかった。もちろん、創五神(実は六神)の様に『偶生(ぐせい=男女別神) 』の神もだ……」
「だから、ずっと辺境の星の奥底に隠れていたのか?」
「その声はヨミか、ああ、わしだけが『実体』を持って生まれた。早く生まれ過ぎたわしは生まれてはいけなかった『神の子』だったのではないかとそう思っていたからな」
マルマはその辺境の星、ルノクスで繰り返される再誕に何の意味も見つけられなかった。永い時が過ぎ、脆弱な生き物もその星に生まれた。必ず来る、避けることのできない永遠の別れ。虫人はしかしそれでも泣いて生まれ、笑い怒りそして悩み、最後は静かに死んでいく。それをマルマはただ見ていた。
その繰り返しの中、やがて星の生き物の中で一人の巫女がマルマの目にとまった。それが「リリナ」という名の女王、最愛の王を亡くした虫人の女王だった。実体の醜さを気にして、マルマはその姿をいつも隠し続けていた。
「おまえは、そこで長い間待っていたのか。お前を救ってくれるもの「メシア」がいつか現れるまで……。その時がやっと来た、しかしメシアはおまえに思いがけないことを言ったのだろう」
「そうだ、リリナはわしが死んだばかりの王を甦らせてやろうと言った時、こう言った」
「もうここに、王はいない。王は今、永遠に虫人の心の中に住まわれた」
その時、彼には女王が王の亡骸を前にして、微笑んでいるように見えたのである。
「何故、笑えるのだ?」
「笑う? あなたにはそう見えるのね」
「お前、このわしが見えるのか?」
マルマの姿は誰にも見えないはずなのに、リリナには見えたのだった。
「見えますわ、その真っ赤な棘も、大きな眼もしっかりと」
「ところで、お前は笑っているのではないのか? そうでなければいったい何だ」
「王にお別れをしていたところですわ、長い間お疲れ様と」
「何故、そんなに平静でいられる。お前には感情というものがないのか?」
女王は、マルマの言葉を聞くと一気に涙が溢れ出した。しかもそれは永遠に続くのではとさえマルマが思う程だった。リリナはすっかり落ち着きを取り戻し、屈託のない笑顔を見せた。
「ああ、あなたのおかげで気持ちの整理が出来た。私は『リリナ・スカーレット・サクヤ』と言います。あなたは?」
マルマは虫人の古い言葉で「深紅」を表す「ダーマン」をもじり、リリナにこう名乗った。
「わしは『ダーマン・バジェス・マルマ』だ、リリナ」