18.メシア
メシア
「ピリッ……」
かすかな音だった。しかし、それは確実に北のオロスの大地に響き渡る。その音とともにマユの中から白い指が真っ先に抜け出すと、「それ」がマユの裂け目を広げた。「バジェス」と「ノア」、二つの原始生命体はマルマの言う通り「意志」を持ち「それ」に生命力エネルギーを注ぎ込んだのだ。
それを「イブ」そうバジェスは呼ぶだろう。ノアにもし視覚があれば「サクヤ」の姿に映るかもしれない。やがてマユから上半身を抜け出すと「それ」は動きを止めた。濡れた髪が金色に輝き、一度深呼吸をすると両手をマユの端にあて、片足ずつしっかりとマユから引き抜いた。マルマは「それ」に視線をゆっくりと合わせた。その姿こそ、マルマが想い続けていた「女神」だった。
「リリナ……」
「リリナ」は光り輝くオーロラを放ち、それを身にまとった。しかし、その姿を見て落胆を隠せなかったものがあった。
「なっぴ、なっぴじゃあないの?」
「アマテラスが間に合わなかったのね……」
セイレもミーシャもマユからなっぴが戻ってくると、信じて疑いもしていなかった。
「あれを見ろ!二人とも」
タイスケが指をさす、ゆっくり、ゆっくりとマルマを目指し、リリナは歩いていく。
マルマは女神が一足近づくごとに姿形が変容していくことに驚きの声を上げた。
「おまえは? 馬鹿なそんなはずがあるものか……」
「なっぴ、あれはなっぴだわ、ミーシャ」
セイレがうわずった声を上げた。
「いえ、違う。あのお方はおそらく創神の女神に違いない……」
「何故ここに『アマテラス』が現れるのだ。まさか、ヨミと同じ様に……」
マルマは動揺を隠せなかった。この星の創始の神「アマテラス」は姿の定まらぬ光の神、その後誕生した「イオナ」もまた本来は偶神であったにもかかわらず、ついに光の女神となったのである。
ヨミがタイスケの体を使い人型となった様に「イオナ・アマテラス」はなっぴの体を使おうとしている。マルマはそう思った。しかし、それに留まらなかった。女神はさらにひときわ光を強めた。遂に聖三神の一人「アマテラス」の体に「マナ」が降臨した。
マナは「イオナ・アマテラス」の姿のままこう口を開いた。
「マルマよこの星は間違っていると思うか、おまえの子供たちは滅ぶべきものだと、今でもそう思うのか?」
「……」
その声は、マナの声ではない。マルマは「タオ」のその声を忘れることは決してなかった。
「それは、どういう意味なのですか? タオいや、わが父よ」
「マルマ、おまえはもっともわしに近い神の子だと自負していたのであろう」
マルマは押し黙ったままでその声を聞いていた。