17.原始生命体
原始生命体
マルマの放った熱線の前に立ちはだかるものは「バジェス」だった。マユをかばい、その身体は容赦無く焼かれていく。そして遂に「バジェス」は活動を止めた。
「馬鹿なことを……、バジェス。虫人たちよ、イブを守ろうとしたのか?」
真っ赤に燃え上がり、やがて燃え尽きると、「バジェス」はふた回りも収縮して、青白く色を変えていた。マルマはうなだれ、そしてやがて顔をあげると、はるか彼方に次第に盛り上がっていく海面に気付いた。
「ノアが目覚めたのか、まあいい少し早いがそれも良かろう」
マルマの残した、この星の最初の生命体「ノア」は強力な電磁石にでも引きつけられるかのように、海面を滑る。それはまるで「ホーバ・クラフト」に見えた。
「急ぐことなどない、この星の巫女どもは既に力尽きてしまっている」
慌てて近づくその姿を見て、マルマには「帰りを待ちわびていた子」が親の元に駆けてくる姿に映ったのかもしれない。
「あれが、ノア。ダーマがアガルタに残していった、この星の命のはじまり……」
セイレが立ち上がり、戦いの中薄汚れてしまった髪に手ぐしを入れた。
「ズシャッ」
ノアはセイレに向けて、幾本もの緑の触手を伸ばした。触手の先は「バジェス」と同じく鋭いものになっていた。それはセイレの身体に容赦無く突き刺さった。
「ひと思いに楽にしてやろうというのか? クククッ、何と優しい」
そう言いつつ、マルマは不思議なことに気づいた。
「……原始生命体が既に意思を持っているというのか、あんな身体で……」
すぐにその仮説が正しいことをマルマは見せつけられることとなった。カイリュウの力を使い果たした「アガルタの人魚姫」に「ノア」は次代のための生命力を注ぎ込んでいく。触手を通じて、ノアが次々と注ぎ込んだのは「カンブリア族」の爆発的な生命力だった。そしてセイレの髪が再び美しく輝く。上空に厚くなり始めた数千度にもなろうという、水蒸気の海を見上げると「クシナ・エスメラーダ・セイレ」はこう叫んだ。
「天駆けよ、カイリュウ!オロチ、マオそしてミコトよ!」
その命のまま次々とカイリュウは「amato2」から上空にのぽる。マオと化したタケルに続くのは、やはりミコトの化身、ミコだった。残るオロチを振り出したのは、ミーシャだ。
「グルルルッ」
うなり声を上げ、現れたのは黒いジャガーのオンサだった。後ろ足で立ち上がり高く跳躍をするオンサこそ、オロチの魂だったのだ。三頭のリュウがかつての創始のように、厚く立ち込めてきた上空の雲の中を自在に泳ぎ始めた。ただ創始の頃と大きく異なるのは、その高温の水蒸気を吸い込み青い空へと変え始めたことだった。そのためカイリュウは喉も焼けただれ、ときに大きく身悶えをしながらそれでもそれを止めようとはしない。ついに青空が少しずつ見えはじめた。
「馬鹿な、なぜわしの邪魔をする。お前たちのために、わしはこの星を作り直しているのだ、それがわからないのか!」
三頭のカイリュウはやがてその身体を赤、緑、そして青に輝かせ、稲光となって絡み合っていく。その凄まじい雷は「ヒメカ・オロシアーナ・ミーシャ」の「杖」に吸い込まれていった。
「ノアに集まりし、この星の光。イオナ・アマテラス今ここに魂結ばせたまえ!」
その雷は、なっぴのマユを突抜けると一瞬で消え、タケルもミコトもそしてオンサも力尽きた。しかし誰一人として、側へ駆け寄るものはいなかった。