134.ルノクスの夜
ルノクスの夜
「さあ、そろそろ帰ろう。明日に備えて二人とも準備に忙しいからな」
バイスがまだ名残惜しそうなテンテンに声を掛けた。
「バイス、テンテンはおっちょこちょいだけど。これからも優しく見守ってあげてね」
「まっ、なっぴに言われるなんて。駄目な姉さん」
テンテンは無言だ。
「そろそろリンメイも寝る時間だぞ、リンリン」
そう言って促すのはスタッグ。
「スタッグ、リンリンはとても素直な子。しっかり者だし、あなたとはお似合いよ」
しかたなくリンリンもリンメイの手を引いて外に出た。
「由美子、ちゃんと渡したのか?」
「お土産は少しだけにしといたわ。はい、なっぴ」
小さな箱に押し込められたお土産がひとつなっぴに手渡された。
「私たち、いつかまた、会えるね……」
「ええ、きっと!」
「そう言えば、マイは?」
「マイ様はカグマの記憶を辿っている。虫人の記憶を伝える巫女としてサクヤの記憶を受け継いだ。ヒドランジアとして、そしてルノクスの王女としてこの星を守っていくために」
ピッカーがマイに代わりになっぴにそう伝えた。と、懐かしい声が突然響いた。
「なーんてね、なっぴ、地球でも元気にやってね。私たちはいつもあなたとともにある。ずっとこの星から二人を見ているからね」
「マイの声だ、いったいどこから?」
みんながその声の主を捜した。
「ここだよーん」
アマトの館内に新しい「ハニカムモニター」が現れた。その中にマイの姿が映し出される。
「真っ先に、マイ様はハニカムモニターを作られた。外宇宙に出るまでルノクスと交信できる、カグマ以上の科学者だ、ヒドランジア様は……」
「マイ、ありがとう。あのマイがこんな事ができるようになったのね」
「さあ、明日までルノクスの夜を楽しんでくれ。新婚さん」
「まっ、ドモンたら」
ドモンは「意味深」な言葉を残して外に出た。後に由美子が続く。なっぴも負けじと由美子に答えた。
「由美子も早くお母さんになってね」
「なっぴったら……」
再びアマトの中は静かになった。昼間用の衛星が輝きを増すのには、まだもうしばらく時間がかかる。夜用の淡い輝きの衛星「ツクヨミ」の下で、タイスケはアマトの入念なチェックを続けていた。その準備もやっと終わり、なっぴはルノクスを包み込んでいる結界を全て解き放つ、その心の準備も整った。
「なっぴ、テンテンが言ったけれど、虫人は生き残れるのか?」
寝室の中で二人は最後のルノクスの夜を迎えた。
「私にそれを聞くの、タイスケ」
涙顔を見て、タイスケは首を振った。
「ごめん、お前には解るんだな。虫人達がこのままでは済まない事が」
「それも、パピリノーラの約束。タオの示した通りの虫人の未来……」
タイスケは彼女にかける言葉を探した。そしてこう呟いた。
「もし、おまえが望むのなら、このままこの星にいたってかまわないぞ、なっぴ」
「ううん、それはできない。虫人はそんなに弱くない、それどころか彼等は強い。皆、未来を自分たちで切り開こうとしている」
「なっぴ、まるでお前は「創造主」の様なことを言う。タオはいつの間にかお前を認めてしまっていたんだな。『マンジュリカーナ』は『アマテラス』も『ツクヨミ』も扱える『タオ』の後継者だと」
「それは言い過ぎよ、私は私、神でもない。今夜はタイスケ、あなたの愛を受け入れる、ただの花嫁……」
その間でも発射台の上に置かれたアマトは、発光電池パネルを使って充電を続けていた。外殻にちりばめられたそのパネルは、変換効率が良いようにスペクトルごとに色分けされていた。衛星「ツクヨミ」から照射される淡い青色に反応するパネルがまばらに光っていた。