130.杞憂(きゆう)
杞憂
回復の兆しがみられたなっぴを、早速マイが見舞った。
「なっぴ、なっぴ」
しかし、返事はない。
「マイ、駄目なんだ。ようやく目が開いただけで、なっぴは一言もしゃべろうとはしない」
タイスケにもその理由はわからない、だがタイスケはこう言った。
「もしかしたら地球に何かおこるのかも知れない……」
「地球に……」
「きっとそうだと思う、マナが溜まりつつあるなっぴは、地球のことを気に掛けていたから」
ドモンの声にマイが先客に気付いた。真っ先に駆けつけたのは、由美子たちだった。
「何かが地球におこりつつあるに違いない」
ドモンが由美子の肩に後ろから手を置いた。タイスケがみんなに話しはじめた。
「ルノクスと地球とでは時間の経過が違う。異界にあった王国と人間界でさえあれほど違ったのだ。ここは辺境の星ルノクス。ほんの一週間でさえ地球では数年、いやもっと時間が経っているかも知れない……」
「その未来の地球の姿が、あなたには見えたってことなの?」
由美子がなっぴの手を握りしめた、しかし彼女の手はまだ冷たかった。
「……なっぴ」
来客に一言も話さず、またなっぴは眼を閉じた。人気の無くなった寝室で彼女はその地球の姿を思い出していた。なっぴに最初に戻った力は、皆の想像した通り「予知力」だった。「リリナ」の娘「リカーナ」がルノクスの消滅を予見し、虫人を地球に脱出させたのもそれがあったからだ。その力が彼女に変わり果てた地球と月の映像をほんの一瞬、彼女に見せた。それはわずか数秒のことだ、だがその映像を見たなっぴはすぐにその理由に気付いた。
「コア・ジーザスを使ったのね、まだ早いのに……」
不気味な海洋の色、赤茶けた陸地が彼女の脳裏に鮮明に残っていた。
「地球が危ない。セイレ、ミーシャ、母さん……」
月は異様に青く輝いている。それは、アカデミアでも開発に関わっていた、「コア・ジーザス」の影響に違いなかった。「コア・ジーザス」それは、やがて枯渇するエネルギーを根本から見直すために、地球のマグマを利用するための掘削、分析のための装置だった。そのドリルの硬度を高めるための研究・開発を「日本アカデミア」が受け持っていたのだ。しかし完成にはまったく見通しが立っていなかった。タイスケは「amato2」の耐圧穀のデータを将来的には「コア・ジーザス」へ活用することを考えてはいたが、まだ時間はかかる。おそらくマグマの抽出に失敗したのだろう、あちこちからマグマの噴出口が見えた地球。それほどのエネルギー不足が起こるのはいつの事なのか?
「これは、この未来の地球の姿は、一体いつのことなの?」
なっぴはそれを確かめようがない、しかしその日はそう遠くないはずだ。彼女は、深い哀しみと「もどかしさ」に打たれた。そして、ついに決断した。
「帰ろう、地球へ……」
マナは彼女にとって、生命を維持する程度にはもう充分溜まっていた。だが、あと数日、彼女はルノクスを離れることは出来ない。まだ結界を解くだけのマナが集まっていないのだった。そして、その後に訪れる虫人の未来もなっぴを苦しめていたのだった。こらえきれずに彼女は遂に声を漏らした。
「タイスケ……」
その夜彼女は、心のうちを彼に話した。