128.黄金虫
黄金虫
ルノクスで少しずつ、マイは虫人の女王として、鋭敏さを増し始めた。生き物たちの小さな鼓動、その命は短い。ほんの数分で消えてしまうもの、ほんの数日で親になるものそして幾多の繁栄と絶滅。地球と同じようにそれは幾度も繰り返していく。「ツクヨミ」が発動中の時間が凄まじく流れる、それは宇宙の歴史のほんの一瞬でしかない。しかしそこには数えきれない命の連続がある。この「ルノクス」に虫人達が生まれる、その時がやがてそろそろ近づいてくるだろう。
「なっぴはこの大気の中でも大丈夫なのかしら?」
マイが首を傾げた。ここでは地球とは大気の構成が大きく異なる、「amato2」の中ならいざしらず、外に出ている彼女の肺は機能しているのだろうか、とマイは思った。レムリアはかつて地球の異界にあった。その際、時間の経過する速度は地上の数倍もあった。それをなっぴは思い出していた、前もって自身にも、もちろん皆の体を結界で包み込むことを忘れていなかった。
「アガルタの海中での戦い、覚えていて良かった!」
ルノクスはこうして再誕を果たし、生き物も生まれてきた。いよいよ虫人の再誕の番だ。なっぴの体から、何かが漏れ始めてきた。だが目に捉えるのには、あまりに微小な「それ」はたとえば「気」のようなものだった。
「マイ、今度はあなたの役目を果たす番。あなたの記憶にある、虫人たちを今ここに再誕させます」
「再誕の術、なっぴにもそんなことができるの?」
「マンジュリカーナには、オロスのヒメカ以上の奥義がある。あなたのイオナの力を超える奥義……」
「それは、アマテラスの力なのね。なっぴ」
そのマイとの会話に口を挟むのは、タイスケだった。
「虫人達も数多いぞ、もつのか、そんな体で?」
なっぴの体が、充分な結界に包まれていないことに、タイスケは既に気付いていた。
「そう言えば、なっぴの体、ふらついている……」
「覚悟の上、パピリノーラ。私はあなたとの約束を守るわ」
なっぴは気を取り直し、精一杯明るい声で答えた。
「バレてたか……。さっき結構、マナを使っちゃったからね。でも心配ない、マイ。アマテラスは成功する、ううん、絶対成功させなきゃ!」
「まったく、無茶苦茶だなぁ。仕方ない、ほら」
タイスケがなっぴに小さな「もの」を手渡した。それは「ハート型」の水草、最初になっぴの危機を救ってくれたものだった。彼女の手のひらの上でそれは、見覚えのあるものに変わった。金色の輝きを増し、鞘バネを持ち上げるとその甲虫は一気に天空に舞い上がリ、なっぴの上空を飛び回った。そしてその甲虫はなっぴの回りに新しい結界を張った。そのおかげでなっぴの鼓動が再び力強く打ち始めた。
「黄金虫、いえあれは黄金のカブトムシ。やはりそうだ、ビドルはタイスケの中にいてくれた、そして今までいつも私を守っていてくれたのね」
彼女のいう通り、マルマから生まれたヒドラはビドルに姿を変え、いつも彼女の側にいたのである。たった今まで戦い続けていたビドルさえ、なっぴの命を救うために浄化しようとしていたのである。人間界に最初に届いたものは「ひからびた手首」よりももっと小さな水草一枚だった。