105.香奈
香奈
美奈がメタモルフォーゼしたのは漆黒のジャガー、オンサをさらに大きくした獣。いや、よく見るとそれは黒い虎だった。「上顎」からは鋭利な犬歯が長く伸びていた。ぶるっと身震いをすると、漆黒のサーベルタイガーはゴルノアに飛びかかった。ゴルノアはソードを使い、その牙を受け止めた。
「オロチの牙を受け止めるの、信じられない?」
しかし、今度は前足の爪がゴルノアの胸を交互に引き裂く。垣間見えたのが、ゴルノアのAIだ。その裂け口が見る間に再生し、閉じようとする。
「そうはさせないわよ!」
サーベルタイガーの牙がゴルノアのAIをえぐり取り、インセクトロイドは沈黙した。残るのは、「シミ」型インセクトロイド「ゾルノア」だけとなった。香奈がアロマリカーナにこう言った。
「アロマリカーナ、少し確かめてみたい。このインセクトロイドたちは思いのほか歯ごたえがない。もしかしたら……」
「調子にのるな、ゲルノアもゴルノアもまだ生まれたばかりのインセクトロイド。このわしの足元にも及ばぬだろう。マンジュリカーナ、試してみよ」
頭部の発達した、ゾルノアは、長い触覚を交互に動かし着物姿の香奈を挑発する。香奈が七龍刀を斜めに構えたままゾルノアに近づく。
レムリアの荒涼とした平原に突如して竜巻が発生した。そしてそれはゾルノアの両側で渦を巻く。ゾルノアは体の中に発生した雷を十分に蓄えるとそれを一気に香奈を狙い放出した。
「ズビビュ、ズカカーン」
形容し難い大音響と雷鳴が香奈を襲った。その雷撃を香奈は避けようともしなかった、黒こげになる、と誰もがそう思った。しかし予想に反し香奈を焦がすほどの雷撃ではなかった。
「やはりそうだ、このインセクトロイドは本物ではない……」
「……グギュ?」
香奈の七龍刀がゾルノアを袈裟がけに切り裂いた。その人工の肋骨の間にAIが見えた。
「ピーッ」
すかさずゾルノアのAIが七龍刀に貫かれ、その最後のインセクトロイドも沈黙した。
「このインセクトロイドは幻影に包まれている。実体のあるのはAIだけ、何故私たちに嘘をついたのサクヤ。何故私たちにAIを破壊させたの?」
香奈がそう言ってサクヤに詰め寄った。しかしサクヤは何も言わなかった。
「それが、ルノクス再生の仕上げだから。あなた達の力を借りたかったから……」
そう答えたのは、他ならぬマイだったのである。
「マイ、あなたはサクヤからどこまで教えてもらっているの。私たちを切り刻むなんて嘘だったのね」
カプセルの中のミーシャがそう言ってマイを問いつめる。
「マイはすでにこの星のイブとして、覚悟を決めていた。あなた達の遺伝子情報も巫女達の力もこれからのルノクス再生に必要なもの、それをコピーするためにサクヤもインセクトロイドも必要だった。そしてそのためにまず『アマト』を開く事が必要だった。アマトを開いたのはサクヤの力ではない。実はマイが私を使って開かせたのよ」
そう答えたのは「サクヤ」だった。三体のインセクトロイドは煙のようにこつ然と消え、またルノクスに元通りの緑の大地が一面に広がった。それは地球にそっくりなルノクスだった。いつの間にかマイは虫人の新たなイブとしてルノクスの再生に関わっていたのだ。