104.美奈
美奈
「ゾルノア、気をつけろ。こいつら、おかしな技を使う」
「なるほど、だが所詮、遠い星の技。そう長くは使えまい」
蜘蛛型インセクトロイド「ゴルノア」の言う通り、双龍を振り出した里奈は恐るべし術力を持っていたが、しかしアガルタの危機を何度も救った女王もこのルノクスで力尽きようとしていた。
「今度は、私の番ね。ミーシャ、よく見ているのよ。ヒメカの再来と言われたおばあさまの奥義『ツクヨミ』あなたなら、これを扱えるようになるかもしれない」
里奈の髪が金色に変わり、そして逆立つ。その瞳は透き通ったブルー、何よりその肌は白く透き通る、オロスの巫女が現れた。
「……悔しい。私に、まだオロシアーナの術が使えたなら、母さんとともに戦っているのに……」
無意識のうちにミーシャは美奈の「印」を真似る。もちろん、なっぴの元に彼女たちの呪力は集められていたのだが、ラナ・ポポローナの奥義『ツクヨミ』と聞いて、ミーシャはその複雑な指の動きを体に覚えこませようとしていた。
「ツクヨミ」は「アマテラス」と対局にある。「アマテラス」が「生与」の神だとすれば「ツクヨミ」は「殺奪」の神である。双方の術を使う「アマオロス」の女神「ヒメカ」が地球では最も「イブ」に近い存在だった。
「素手で俺に向かってくる、その蛮勇さを後悔しろ!」
ゴルノアが広げた指先から半透明な糸を放出した。とっさにかわす美奈の背後の岩に糸は吸着した。
「シュッ!」
風を切るような音とともに、網の目のように吸着したゴルノアの糸は、たちまちその岩を小さなサイコロ状に切り刻んだ。
「まだまだ、そんな程度なら、この術で充分かしら?」
美奈は「印」を変えた。ミーシャも使い慣れた吹雪の術だ。
「オローシャ・フリフノーレ」
ミーシャとは桁違いに大きい氷柱がゴルノアに向かう。
「あれが、氷の術。凄い……」
だが、ゴルノアの動きは素早い。一瞬で宙に浮き上がり、口から糸を霧のように吹き出して、美奈が逃げないように取り囲んだ。
「ククククッ、このままぐるぐる巻きにして、締め上げてやろうか」
両手足の自由を奪われ、美奈は棒状に突っ立ったままだ。
「怪しい術も手足が動かねば、使えまい。その首をもぎ取ってやる」
ゴルノアが美奈の側ににじり寄っていく。香奈が助けに動こうとした、しかし美奈がそれをさせない。
「香奈、伏せなさい!」
美奈が術式を唱える、両手はそのまま、もちろん「印」は結ばない。
「炎よあれ、ナム・ホノ!」
業火が美奈を包む、そして間髪入れずに氷結の術だ。
「オローシャ・カクテノーレ」
ゴルノアの吐いた糸だけが、炭になり剥がれ落ちた。
「ミーシャ、『印』はオロシアーナにとって基本的なもの、でもほんとうに重要なことは、念じること……、アッ、暑い!」
美奈の服の一部分が焼け焦げていたのを見て、香奈が笑う。
「あなたのお母様には、少し届かなかったのよね……」
「これなら、どうする?」
ゴルノアは吐き出す糸を縒り合わせソードを作った。
「この年令になっての火傷ってなかなか治らない、思い知らせてあげるからね」
美奈は勾玉を天にかざし、こう呪文を唱えた。
「アマオロスより生まれし、オロチよ今こそオロシアーナの元へその牙を降ろし給え!」
それが、アマオロスの三宝のひとつ「オロチの牙」だ。ミコトの持つ「カムイの嵐」ヒメカの「オーロラの鏡」とともに、アマオロスのものだ。