103.里奈
里奈
「マイ、ヒドランジアの役目を忘れたの?」
その声はいつの間にか「amato2」の外に出ているサクヤのものだ。
「ヒドランジアの役目って何、マイ何か私たちに隠しているの?」
「……」
マイには答えられない、仲間たちがこれから切り刻まれることを、そしてその遺伝子情報を使い、発達させた肺を虫人たちに与えようとしていることを。虫人のイブとなるマイは、それを知ったのだ。
「それは……」
「マイ、あなたはもう何も言わなくていい。私がここに来た理由はただひとつ、あなたにそれをさせないためなのよ」
香奈がマイを抱きしめた。そしてマイを香奈の後ろのシルティに預けた。
「マイ、嘘は上手に真実の隙間に滑り込んでいく。ヒドランジアの役目はすり替えられているのよ」
シルティがそう話し終えると、セイレに今度は彼女を渡した。
「すり替えられている、誰が、何のために?」
「それを、今からあぶり出す。いくわよっ!」
二人がカプセルから外に出た、そして振り返るとそれぞれの呪文を唱えた。
「ナノ・マンジュリカーナ!」
香奈がマンジュリカーナにメタモルフォーゼした。シルティが微笑む、そして右手を上げた。
「ナノ・アロマリカーナ!」
その姿は香奈と瓜二つ、その姿を見たセイレは驚かなかった。
「やはり、お母様だったのね。それにミーシャの……」
ミーシャも予測していた、彼女の母「美奈」とセイレの母「里奈」はシルティにより、融合されアロマリカーナとなって「レムリア」に現れたのである。
「この星で暮らすことをあくまでも断ろうというのね。この星には新しいインセクトロイドが既に生まれているというのにね……」
サクヤが指を組み印を結んだ。すると、緑の大地が一瞬でモノクロームの大地と変わる。そして注視するとサクヤの側でいくつかの人影がうごめいた。人影がフードを被ったままでサクヤに言った。
「サクヤ様、奴らが本当に新しい呼吸システムを持っているのですか?」
「そうです、ゲルノア」
「新しいイブはあの緑色の髪の姫様か、お名前は?」
「ヒドランジア・マイ、それが新しいイブの名前です。ゾルノア」
「その他の奴らは、切り刻んでかまいませんか、このわたしが?」
「そうねその方が手間が省けるでしょう、ゴルノア」
新しい三体のインセクトロイドはフードを脱ぎ捨てて笑った。
「あくまでも辺境の星のために立ち上がるか、マンジュ一族よ」
「作り物のあなたたちには解らないでしょう、私たちはルノクスのために立ち上がったのよ」
「彼らもそのためにこの星に来た、あなたたちの浄化のためにね。さあ、いくわよ!」
香奈の手には七龍刀が、アロマの手には虹色の勾玉がしっかりと握られていた。「ゲルノア」と呼ばれた新しいインセクトロイドは「蟻」に似た姿の黒い体だ。その強力な大あごで香奈の振り下ろした「七龍刀」を受け止めた。それを見てミーシャが驚いた。
「あの七龍刀が受け止められている。やはりシュラとは違う……」
それに気づいた香奈は、ゲルノアの胸を蹴り飛ばした。
「なっぴには見せられないわね、こんな姿」
香奈は着物の裾をただして、あっけにとられているミーシャに向かって片目をつぶって見せた。
「あらまぁ、私は逆。セイレ見ていなさい、これがエスメラーダの戦い方よ!」
アロマの体が一段と青く輝く、タイトなコマンドスーツに包まれた里奈が勾玉をかざした。それはアクアエメラルドの輝きに相違ない。里奈の左右に立ち上る水柱は黒竜と緑竜に変わった。
「双竜の舞、竜神刃!」
起き上がったばかりの「ゲルノア」に高速で回転する、二本の竜巻となった塩水が直撃した。
「グギュルルーン」
体の表面がはがれ落ち、骨格だけになったインセクトロイドはそれでも持ちこたえた。
「なかなかしぶといわね、でもあなたのAIは丸見えよ。万龍刀!」
里奈の万龍刀のひと突きで「ゲルノア」のAIは完全に停止した。