表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

第7話 奴隷と魔法。


 

「まさか、ドワーフ……!?」


 これが何故、言ってはならないことなのか、分からない人がいたら、《ドワーフ》を《黒人》に置き換えて見てくれれば、簡単に理解できると思う。

 

 初対面の人が種族名を言いながら驚くってことは、その種族に対して自分との違いを強く認識している事の証拠だ。

 それがいい認識であれ悪い認識であれ、相手に差別発言として受け取られるから気をつけなきゃならなかったのに、俺は思わずそれを口にしてしまった。


 無論、俺はドワーフに対して悪い認識など持っていない。

 ファンタジーファンだった俺がそんな認識持っているわけがない。

 だが、さっき聞いた《性奴隷》とか《18歳》とかの話で、勝手にある程度成人に近い女性の姿を想像してしまったのだ。

 目の前にいる彼女たちのような……小学生みたいな女の娘ではなく……。


 いや、言い訳を考えている場合ではないな。

 この2人、俺のこと凄え睨んでるし、支配人も困ったような顔で俺を見てるし……。

 

「すみません……」

「いいえ。私が先に言っておくべきでした……ですが、この娘たちはドワーフではありません」

「え?」


 違ったの?


「この娘たちはドワーフとエルフのハーフです。耳も長いですし、足も細く長いでしょう?ほら」


 まるで商品を説明するように支配人は彼女たちの耳を指さし、貫頭衣の裾を少し持ち上げ……。


「い、いいです!分かりました!分かりましたから!」

「まさか、ハーフでもドワーフの血が混ざっていればダメと言うことは……」

「ダメじゃありません!!」


 ああ、やっぱり完全に誤解されてる……。

 

「では、買っていただくことに問題はないんですね?」

「はい!ありません!全くありません!」

「それは良かった。では、【契約の儀式】に移りましょうか」


 俺の返事に満足したように支配人が頷く。

 なんだか、その顔が非常に恨めしかった。


 



 ◇



 

 契約の儀式は2人に俺の血を少し飲ませて、2人の烙印に俺の魔力を流しながら主従契約の短い呪文を詠唱することで終わる簡単なものだった。


 むしろ時間がかかったのはその後の書類作業で、商館と自分用の契約書作成以外にも、太守部に提出するための購入確認書とギルドに提出する購入証明書まで事細かな内容が書かれている書類を一々確認して魔力署名を入れるのに、約一時間もかかってしまった。


 自分なりには文書とかに強い方だと自負していたけど、公式書類は一味も二味も違うのだと痛感した。


 あの絶妙に繰り返される、甲と乙の連鎖が精神健康にどれ程悪影響を与えるのか、多分経験した人間なら分かると思うが、この世界のそれには形式美と言う変な習慣があるせいで、それらを《神に与えられた権利を行使するモノ》とか、《神に与えられた律法に従うモノ》とかで意味もなく捻って表現しているのに、正直両手を上げて降参したくなった。


 だけど、結局俺は勝利した。

 

 そして、全ての手続を終えた俺は今、あの娘2人を連れて宿に戻っている。

 だが、自分が使っていた一人部屋以外に空き部屋がなかったせいで、二人部屋を使っていた一人と相談して部屋を替えて貰うことになった。


 どうも、明日は朝早くから不動産屋へ行ってみる必要がありそうだ。

 当分の間は公式文書なんて見たくなかったけど、そうはいかないみたいだ。


 兎に角、もう夕食の時間になり、外で食べる気にもなれなかった俺は、食事を部屋に運んでもらい2人と食事を始めた。

 ……さっきの差別発言のせいで、後ろめたさを感じている俺は、ここに来る間も、ご飯も食べる間も話しかけるのが億劫になっている。

 向こうも何も言ってこないし……。


 はぁ、これじゃダメだな。男としてハッキリ言わないと。


 だから、俺は食事の手が止まった時を狙って、思い切って口を開いた。


「自己紹介がまだだったね。俺はクウヤ・レナトスだ。さっきは予想外のことで少し驚いてあんなこと口走ってしまったけど、それはただのミス。だけど、そうだな……まだちゃんと謝ってなかったよな。ゴメン。俺が悪かった」


 そう言いながら俺は座ったまま頭を下げる。

 

「あんなこと?」

「口走った、ですか?」


 あれ?なんか反応が違うぞ?

 俺はなんか予想していた反応との違いが気になり、視線を少し上げて2人を見る。

 

 2人は何か珍獣でも見るような目で俺を見てキョトンとしていた。

 そう、キョトン……と。なんかちょっと可愛い……って違う!


「さっき、俺、ドワーフって……」

「ああ、あの時の勘違いですか?あの時は焦りました。買っていただけないのかと思って……ねえ、リネ?」


 ロデアが少し笑いながらリネと視線を合わせる。すると、

 

「でもぉ、良かったよぉ。奴隷にまで謝ってくださるご主人様って滅多にないからねぇ……」


 とリネが嬉しそうに答えた。


 まさか、種族的差別を気にしていたのは俺だけってことになるのか?

 だが、さっき支配人は「ドワーフが混ざっていればダメ……」と言ったのだ。差別がないとは言い切れない。ゲームでも非人間族に対する差別は少しだけだが確かにあった。


 2000年も時間が過ぎたせいでそんな認識が薄くなったのか?

 元々はエルフとドワーフは仲が悪いことで有名だったのに、その間にハーフが生まれるぐらいだから……。


 いや、俺が間違っているわけではないな。

 別に善人気取るつもりはないけど、どんな生命体も自分で選べられないことで差別されると言うのは、あってはならないことだ。

 世間がどうであれ、俺は自分の考えが正しいと思う。


 あ、でも、G(ゴキブリ)のたぐいは例外にしたい……かも……。








 誤解が解かれて気が楽になった俺達は食事を片付けて、お互いの自己紹介をしていく。

 俺はロガンさんに言い訳したことをそのまま再生した、嘘混じりの簡略な自己紹介だったけど、2人の事情は思ったより複雑なものだった。


 2人の両親は元々魔道具職人をやっていのだが、1年前、領主の悪政に耐え兼ねて、他の数十人の領民と共に領を脱出した。

 その後、山奥で小さな村を作って静かに暮らしていた彼らは、一月前、追跡隊に発見された。

 結局、追跡隊から逃げる為に戦闘まですることになった彼らは、2人の両親を含む十数人が死亡、生き残った4人が捕縛され、犯罪奴隷として売られることになった。




「じゃあ、2人の呪いは……」

「あの時追撃隊の槍に傷つけられた時のモノですね」

「わたしの父が作った槍のせいでこうなってしまったのが皮肉なものですけどねぇ。元々は犯罪者逮捕用にと衛兵隊に売ったものでしたけどぉ……」


 困ったように自分の腕を擦るロデアと脇腹を押さえるリネ。


「まだ、痛むのか?」

「いいえ。今は治療して頂きましたから……」

 

 それにしても、自分の父親が作った槍にやられて呪いにかけられることになるなんて、本当に皮肉なモノだ。


 それに悪政に耐え兼ねて逃げても、追跡隊が追ってくる。

 そんな経験したことない俺には一体どんなに苦しい時間だったのか想像もできないけど、2人が普通以上に苦しんできたことだけは分かる。

 

「そんな顔しないでください。こうやって気にかけてくださるご主人様に会いましたし。あの領主にも天罰が降りましたから、もう大丈夫です」


 ん?


「天罰って?」

「この前、あの領主の屋敷が竜害にあったそうです。その時領主も家族と一緒に皆死んだって聞きました」


 竜害って、竜に攻撃されたってこと?マジで?


「お姉さん。それ天罰じゃなく自業自得だよぉ。お父さんが作った魔法防壁直せる人間なんて滅多にいないんだからぁ」

「そうだね。リネ。きっとお父さんがあの人達に復讐してくれたんだね」


 つまり、あの領の魔法防壁作ったのが2人の父親で、それが壊れていたのに作った人が死んでしまって直せなかった。そのせいで殺した張本人が竜に……うわ……これマジで天罰って感じだな……。

 だが、なんかホッとした気分だ。

 人が死んだのにホッとするって不謹慎かもしれないけど、悪人が滅んだって聞いて悲しむような感性、俺は持ってない。

 

 よしっ。これからは俺がこの2人が良い人生送られるようにサポートして上げよう。

 苦しい過去が良い未来で帳消しになるわけではないけど、奴隷だからとずっと苦労しながら生きるのは良くない。

 どうせ俺は奴隷が必要だったわけではなく、周りの視線を紛らわす仲間が必要だっただけだし。2人の世話が必ず必要な病弱者でもお偉いさんでもない。


「2人共、ちょっとベッドの上に座って後ろ向いててくれるか?」

「え?まさか……もう……ですか?まだ、夕方ですし、それも2人同時……」

「ロデアが何想像してるかは分かるけど、違うからな」

「違うんですかぁ?」


 何故そこでキョトンなんだ、リネよ?


「違うぞ。俺は無理やりあんな事する気はない」

「覚悟は出来てます!」

「覚悟が必要な時点で無理だっつうの!」

「あ!」

「きゃっ!」


 俺は少し怒ったふりをしながら、2人を持ち上げてベッドの上に後ろ向きに座らせる。

 別に正面向いたままでも構わないけど、何分初めて使う魔法(・・)だ。

 上手く行くかどうかも知れないし。人にどう見られるかもちょっと気になる。 

 

 何を隠そう。

 今俺がやろうとしているのは、2人の呪いの解除だ。

 今の俺の【魔導の心得】は5レベル。【光魔法】は3レベル。

 ゲームで【呪い解除(ディスペル・カース)】が2レベルから使えたから、きっと今でもできるはずだ。

 ただ、ゲームのように、スペルアイコンがあるわけでもなく、設定上の呪文を全部覚えているわけでもないから、今これを使えるかどうか正直疑問だが、ゲームの中になかった【短縮詠唱】【無言詠唱】【思想詠唱】のアビリティーが何かの働きをしてくれると思う。


 俺は静かに両手を前に出して、2人に向ける。

 別に動作が必要だとは思えないけど、一応気合を入れる意味でやってみた。


 そして、何時も武器に魔力を入れるイメージで両手に【光属性】の魔力を送る。

 その後、2人の呪いを解きたい、と思った瞬間、頭の中で何かが弾けた。


 

 これはすごい!すごすぎる!


 悟る。

 これほど今の感覚にぴったりな単語はない気がする。


 使い方が分かるだけではなく、光魔法、【呪い解除(ディスペル・カース)】の術式と、呪文、必要魔力、効果、微調整方法まで、一瞬で頭の中に流れ込んでくる。


 この魔法を使うのに特別な行為は必要ない。ただ一瞬の接触でこの魔法は発動できるんだ。魔力の微調整は【魔力自動制御】がやってくれる。俺はただ、術をかける相手に一瞬だけ接触するだけでいい。

 必要魔力は一人当り7。同時発動も可能。

 俺の魔力で組まれた【呪い解除】の術式が相手に流れて、相手の中にある呪いの術式を自動で探し出し、その術式構成を分析し、最も安全な形で壊す。

 この魔法で解除可能な呪いは、レベル2の呪いまで。

 

 そうと分かれば後は簡単た。

 まずは2人の鑑定を行う。


 2人にかかっているのは【DEX潰し1】という同じ呪いだった。

 どうやらDEXの90%減にする呪いのようだ。

 ただし、ロデアはAGIが相対的に高いし、リネはSTRの方が高い。

 つまり、相対的にAGIが高いせいでDEXが速度をサポート出来なくなり、高すぎるSTRをDEXがサポートできなくなったせいで、【走れない呪い】と【物壊しの呪い】になった訳だ。


 だが、レベル1の呪いだ。解除できない呪いではない。


 そして、俺は伸ばした手で2人の頭を、軽くトンと叩くだけで魔法を行使する。

 

 薄い光が手の中から流れだし2人を包んでは消える。


 確認の為にもう一度、鑑定。

 呪いの文字が消えている。


 よっし!成功だ。



「ご主人様……この光は……」

「まさか、これぇ……」


 光に驚いた2人が振り返る。

 2人の目が少し潤んでいるのを見るともう気づいているみたいだ。


「おめでとう。これで2人は呪い持ちじゃなくなったよ」


 俺はできるだけ優しく微笑んでみせながら2人に話かける。自分がやったことが誇らしい気持ちはあるけど、今の嬉しさは俺より2人のモノなんだと思う。

 

「ご主人様は……神官様、だったのですか?」

「いや。冒険者だけど」

 

 なんか、2人の表情に嬉しさ以外の感情が見え隠れしている。何か混乱しているような、怖がっているような……。


「なら、どうやって呪いを……」

「ああ、少し魔法を嗜んでいるからね」


 そっか、神官が使う魔法使ったから驚いたのか。だが、誤解したままだと困るし他の魔法も使って見るか。


 俺はそっと人差し指を持ち上げて超小型の【火の球(ファイアボール)】を作ってみせる。

 【呪い解除】の時と同じく、自動で使用方法が頭の中に流れてきて、簡単に作る事ができた。


「ほら。火の魔法も、ね」


 だが、何故かそれを見た2人の顔が驚愕の色に変わってしまう。

 

「「……」」


 黙りこんだまま何も喋らない2人を見て、俺は一旦火の球を消した。

 

「俺なんか変なことやったのかな?」

「い、いいえ。ちょっと驚いただけです。古代魔法に神聖魔法まで使える人がいるなんて聞いた事がありませんから……」


 神聖魔法は呪い解除のことだろうけど……。


「古代魔法って?」

「まさかぁ、知らないで使ってるんですかぁ?」

「言っただろう?俺は他の大陸から来たんだって。だから、ここの常識知らないんだ」

「ああ、そう言えば……そうでしたね」

「で、古代魔法って何?」

「魔道具もスクロールも魔導書も使わない魔法かなぁ?」 


 魔法を使うのに魔道具かスクロールか魔道書が必要?なにそれ?


「リネ。勉強不足よ。『外部の魔術式を必要としない魔法』と言うのが、正確な概念です、ご主人様。神聖魔法も厳密には古代魔法に分類されますけど、神聖魔法は神殿関係者以外には秘匿されてますから、その二つは別のモノとして通ってます」

「そうか。でも両方使える人がないわけじゃないだろう?正確には二つは同じ系列の魔法なんだし。習う自体なら難しくないと思うけど」


 そう。ゲームでも、光魔法は魔法の基本4属性ではないけど、基本6属性に分類されていたのだ。スキル自体が難しいわけではないはず。


「習得の容易性の問題ではありません」

「じゃ、なんでだ?」

「歴史の問題ですよ」

「え?歴史?」


 どうして、歴史がここで出てくるんだ?


「はい。古代魔法は個人によって魔法能力の上下が明確に分かれます。ですが、魔道具、魔道書、スクロールはすこしだけの魔法才能があれば、後は知識を積むことで古代魔法より簡単に後世まで伝授することができるのです。才能と違い、知識と技術は発展の可能性を持ちます。だから代を重ねるに連れ古代魔法の使い手の数は自然に減っていきました。ただし、神聖魔法だけは昔から秘匿されていましたから、一般には知らされてないですけどね」


 つまり、歴史が選択したのが今の魔法技術だ、と言いたいのだろう。

 なるほど、確かに納得できる説明だ。

 やはり魔法の使用を控えていたことは間違いではなかったんだな……。


「そうか……俺の国ではこれが普通だったからな……」


 ゲームでの話なんだけど……。


「ご主人様の国では皆できるのですかぁ?すごいですぅ」

「民族特性でしょうか?皆魔法の才に恵まれていなきゃそんなこと……」

「さぁな。俺にはわからないね。でも、それなら魔法のことはできるだけ伏せておいた方がいいな。変に注目されたくないし」

 

 つまり、君らには魔法のことは黙って貰うことになるんだよ。


「そうですね。神聖魔法に古代魔法まで使えるって知られたら色んな所から手が伸びてくるはずです。ヘタしたら王宮からも」

「それは面倒だな。俺は普通に生活したいだけだからな。だから、二人とも俺の魔法のことは誰にも喋らないように。分かった?」

「はい。わっかりましたぁ~」

「もちろんです。私たちはご主人様の奴隷ですから」

「それと、ご主人様もなしな。俺の国では奴隷なんてなかったから聞き慣れないんだ、そのご主人様ってのは」

「では、なんと……?」

「そうだな。名前でいいよ。クウヤで」

「では、クウヤ様でお呼びいたします」

「わかりましたぁ。クウヤ様ぁ~」


 これで、一旦確認は終わったか……では、ちょっと早いけどそろそろ休んでから、明日は2人の生活に必要な物と、家探し、その後には家に必要な物を確認してから……。


 そんな明日の予定を考えながら、俺と2人は別々のベッドで眠りにつく。

 だが、誰かと一緒の部屋で寝たことないせいか、俺は夜遅くまで中々寝つけなかった。


 ん?女と一緒の部屋だから寝られなかったんじゃないかって?


 中身はどうであれ、外見が完全に小学生並みの子供に欲情なんかするか!

 いくらエルフの血を引いるせいで顔が可愛いからって!いくら胸がそこそこあるからって!いくら俺が童貞だからって!!


 俺の名誉の為に言っておくが、俺は可愛い系より、綺麗い系の方が好きだ!!


 ただし、リュシアは例外だが。





 ◇




「クウヤ・レナトスさん、ですね?太守部から来ました。一緒に来ていただけますか?」 


 翌朝。

 2人を連れて、2人の服とかの日用品を買い揃う為に宿を出た俺は、宿の前で衛兵に捕まった。


「理由はなんですか?」

「それは、ここでは少し言い難いのですが、太守様直々のご命令ですので」


 直々……どう考えても昨日の事件で呼ばれているとしか思えないけど……まさか、もうばれたのか?それとも何か別の件か……何れにせよ、拒否権なんてなさそうだし行くしかないか。


「2人は宿で待ってるか?」

「一緒にいきますぅ」

「ご一緒します」

「一緒に行って良いんですか?」

「問題ありません。別室で待っていただくことになりますが」


 まぁ、ここで待たせて何か起こるより、近くにいて貰った方が楽か……。


「わかりました。参りましょう」

「向こうに馬車を待たせてあります。こちらへ」


 そうやって、馬車に乗った俺達はマルパスの中央に位置する、ちょっとしたお城のような高い建物の中へと移動した。

 ただ、太守が呼んだと言う言葉を聞いて、何処か応接室か謁見室などを想像していた俺が通されたのは、そんな室内ではなく衛兵の練兵場だった。




「よく来た。私が太守のモアン・フリオネトだ。今からお前に幾つか質問をする。嘘偽りないように証言してくれたまえ」


 練兵場の壇上に立つ太守、モアン・不良ネット(・・・・・)のやつが傲慢そうな腹を前に出し話ししている。

 あ、違った。肥満症のお腹は関係ないな。

 傲慢そうな顔で話をしていた。

 その横に面倒そうな顔のギルド長も立っている。

 やはり昨日の件で間違いないみたいだ。

 

「昨日のオーガー騒ぎで、お前がオーガーを何者かが倒していくのを目撃したとの証言したと、ギルド長殿から聞いたのだが、間違いないか?」

「はい。間違いありません」

「それは変だな。私の所へもう1人の目撃者が来て、お前がオーガー殺しであると言う証言してきたのだが、それに関してはどう思う?」


 目撃者?いるわけ無いだろうそんな奴。いたならその時気づいていたはずだ。

 つまり、これはハッタリだな。

 

「さぁ、わかりませんね。どうしてその人はそんな証言をしたのでしょうね?」


 なら、こっちも白を切り続けるのみ。


「あいつはお前が嘘を言っていると主張しているのだが……これは困ったな~」


 全然困っているようには見えないが……ってそうか!


 やっとパズルが解けた。

 こいつが事件の黒幕なんだ。だから、自分の計画……が何かまでは分からないけど、それが台無しになったから、それでも結果を作ろうと俺をここに呼んだ。


 つまり、こうだ。

 こいつの目的は八家を揺さぶる為の名分だ。

 俺がオーガー殺しであると話が進めば、昨日聞いた通りギルドと八家にイチャモンが付けられる立派な名分になる。

 だが、俺は第一目撃者に過ぎない。だから、それをどうしてもオーガー殺しに仕立て上げて目的を果たしたいってことだ。


 こいつにとって、俺は本物のオーガー殺しでも、なくっても関係ない。

 俺がトーリアス家のお蔭で冒険者になったこと、それ自体が重要なのだ。

 

「ならば、両者の主張は両者が対面して確認する必要がありそうだな~」


 くっそ。こいつ、気持ち悪い笑い方しやがって……。

 対面させて、強引に俺をオーガー殺しだと認めさせるつもりだろうけど、俺はそんな手には乗らないぞ!


「バヤクを連れて来い」


 太守の命令で、衛兵が練兵場の隅にある建物の中へ入っていく。そして、直ぐに、190㎝はありそうな巨漢が建物の中から出てきた。

 手には自分の背丈よりも長いハルバード、鎧も相当分厚い物を着込んでいる。

 なんかこれ、本当に強引(・・)に認めさせるつもりらしいな……。


「バヤクよ。お前が言っていた者がコヤツで間違いないか?」

「ヘイッ!太守様ッ!」

「それに、クウヤとやらはこの話が嘘であると言ってるのだな?」

「嘘か見間違いだろうと思います」

「ほぉ。これは困ったの~」


 全然困ってねえだろうが、てめえは!


「なら仕方ない。バヤクは傭兵ギルドの人間で、クウヤは冒険者ギルドの人間。つまり、二人とも武人だ。武人の言い分は武を持って証明して貰うことにしよう。それで良いんだな。【テロン】ギルド長殿?」


 太守の奴がギルド長に最後の確認を取る。ただし、異論は認めないと目で話していた。


「はい。太守」


 なんか、ギルド長の奴も可哀想な気がしてきた。昨日はあんなに威張っていたのに、太守の前ではこうも……って、違う!

 ギルド長のやつ今こっそり笑いやがった!!

 

 くっそ、不愉快だ。

 非常に不愉快だ、こんち○しょう!


 ギルド長の笑いのせいではない。問題はこれが俺を嵌めるための舞台であるってことだ。

 俺がここで負ければ、あの巨漢の言い分が通る。だが、俺が勝っても向こうの言い分が通るんだ。


 何故?

 愚問だな。

 鑑定して見たんだがな、あいつギルド長より少し下だけど、オーガーとタイマン張れるぐらいの力持ってるのだ。それにあの武器に、あの鎧だ。


 つまり、あいつの勝ってしまえば、俺がオーガーを殺す程の力を持っていることが証明されることになるのだ。

 その後、こいつらの主張は、『トーリアスの息が掛かった者がオーガー殺す程強い』から『トーリアスの息が掛かった者がバヤクを倒す程強い』に変わるだけ。

 結果は全部こいつらの思い通りになる。


 仕方ない。

 決定の瞬間だ。

 今一番の問題は、勝った後に俺がこの街で活動することで八家に、ロガンさんに迷惑がかかると言うことだ。

 つまり、俺がこの街で活動すること自体やめてしまえば、全てが終わる。

 前提が『俺を利用してトーリアス家がマルパスギルドに干渉しようとしている』と言うことだから、俺がこの街を離れると、その前提が崩れるわけだ。


 ロガンさんは俺がこの街で活動するのを期待しているだろうけど、この街が危険になるよりはマシだ。きっとロガンさんも分かってくれる……と思う。


 ああ、それでも後々「トーリアスはギルドに干渉するために人を潜りこませたが、ばれてその人間を街から出て行かせた」みたいな話が出る可能性もあるか……。


 なら、その()を狙うしかないな。

 俺と言う人間が、八家程度で収まるような人間ではないと言うことを骨の髄まで知らせてやればいい。

 

 そして、王都に行こう。

 国王と交渉(脅迫)だ。

 

 マルパスに関する干渉を今後一切やめるように全ての貴族どもに勅命を持って命ずるように、と。

 でなければ……そうだな。


「でなければ、俺が隣国に行って、カンダ王国を敵に回す」ぐらいで良いだろう。


 正直、今直ぐにでも竜害ぐらいの被害なら作れるけどな。

 それに、きっと戦っている間また成長して、竜害どころか神罰クラスの被害も作り出せるようになるだろう。

 そこまではやるつもりはないけど……魔王なんて呼ばれたくないし。


 兎に角、方針は決まった。

 こいつらに恐怖を教えてやる!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ