第6話 ハムレットな気分。
「なんだ、オメエ?」
このファンタジーな世界に感動している最中に、リュシアの隣に座っているモヒカンドワーフが話をかけてきた。
なんだ、このモヒカンは?折角いい気分だったのに……。
「あ、すみません。ギルド長!この人はFランクのクウヤさんです」
ああ、ギルド長だったのか。
そう言えばここには報告に来ていたんだっけ。リュシアのせいで忘れてしまったけど。
「どうも、クウヤです」
「そうじゃねえ。リュシア嬢とどういう関係かって聞いてるんだよ」
何故か分からないがこれ、喧嘩口調だよな?
……なんでそんなこと俺が答えなきゃ……いや、聞かれたからには答えないといけないか、ギルド長なら直属の上司みたいなもんだし……って言っても、
「ただの知り合いですけど?」
そう、昨日ちょっと関わってしまった、ただの知り合い。それ以上でも以下でもない。
「ただの知り合いなら俺の前でイチャイチャしてんじゃねえ!」
あ、怒られた。
それに、イチャイチャってねぇ……。
俺がギルド長の言葉に呆れていると横でサナちゃんが、ギルド長の神経質の理由を耳打ちしてくれる。
「クウヤさん。ギルド長は彼女さんに振られたばかりだから、イライラしてるんですよ」
つまり、八つ当たりってことか……。
「サナ。お前減俸な」
「ええ!?酷い!」
その上、大人気も無いっか……。
はぁ、ギルド長なら少し公私の分別ぐらいわきまえてくれよ。
「クウヤは師匠の剣を二回も私に持ってきてくれた恩人だ」
なんか段々話がチンプンカンプンになっていってる気がするんだけど、俺ここに何しに来たんだっけ?
「で、なんなんだ?俺がリュシア嬢から事情聞いている時に邪魔したんだ。何か大事な報告があるってことだろう?」
ああ、報告の為に来たんだよな。オーガー討伐の。
「そうです!報告です!あります!!」
サナちゃんも忘れてたんだ……。
「簡潔に言ってみろ」
「クウヤさんがオーガーを討伐して!魔石も!Fランクで!」
それ、簡潔じゃないぞ、サナちゃん。
「Fランクのコイツがオーガーを討伐して魔石を持ってきたと?」
「はい!」
これでいいのかよ!
「さすがだな。クウヤ。私を弄んだ実力は伊達ではなかったんだな」
なんかこっちはぶっ飛んだ単語選択しやがるし……。
「リュシアよ。実力の差を見せて貰ったことを『弄んだ』に略すのはどうかと思うぞ。少しはまともな脳内辞典持っておけ」
あれ?なんで俺コイツの思考パターン理解してるんだ?普通ならカッとなっていたはずなのに……いや、理解ではなくって納得だな、これは。
「コイツは元々こんなやつだ」と納得してしまったから、こう自然に対応できる……って、そうか。ギルド長とサナちゃんも同じか……。
「おい。魔石見せてみろ」
あ、本題に戻るんだったな。いけない、いけない。
「あ、はい。これです」
俺はギルド長にオーガーの魔石を渡す。
ギルド長は、それを色んな角度から確認して見て、少しずつ表情を固くしていった。
「間違いないな」
「ええ、紛れもなくオーがーの魔石ですよ。俺が直接殺して持ってきましたから間違いありません」
「違う。リュシア嬢の話が間違いではないと言っているんだ」
俺はそれを聞いて、リュシアに視線を移す。するとリュシアがギルド長に「話していいのか?」と確認をとって後、その理由を語り始めた。
「ギルド長殿の話は、クウヤが倒したオーガーが私を襲った奴で間違いないと言っていたのだ」
「何だ?魔石見ただけで個体特定できるみたいな言い方は?」
それができれば俺の鑑定より上の技術があるってことになるけど……。
そこでギルド長が話に割り込んできた。
「個体特定じゃねえよ。素性確認だ。この魔石はただの魔石じゃねえ。【召喚石】だ」
「【召喚石】?」
「ああ、召喚術は相当な訓練が必要のモノだが。その訓練なしで魔物を召喚できる方法だな」
召喚石……初めて聞いた。
だけど、この魔石が話し通り【召喚石】だとしたら、あのオーガーはフィルドボスではなく、召喚獣ってことになる。
つまり、俺のせいで起こった事件ではないってことか……。
それとこれが意味することは……。
「リュシア。お前誰かに狙われてるのか?」
「違う。狙われているのはこの都市だ」
マルパスが狙われてる!?
「正確にはこの都市のイメージを狙った物だな」
イメージ?
「明け方、街を出て王都に向かおうとしたら黒い服を着た連中が3人いたから、私から物を奪った連中かと思って近づいてみたんだ。その時、一人がその【召喚石】を取り出してオーガーを召喚した。私はそのオーガーに腕を切られたけど、ベックロンが命を張って庇ってくれたから街まで逃げ果せることができた」
ベックロンってあの従者か……。
「俺があのオーガー見つけた時にはそんな連中いなかったけど?」
「逃げたのだろう」
「逃げた?召喚したオーガーが圧倒してる場面で?」
「召喚魔法ではなく召喚石で呼んだ魔物は制御ができないからな。緊急時に逃げる時の囮として使うのが普通だ」
へえ、そうなのか。やっぱり方向性が違っているだけでちゃんと進むところでは進んでるみたいだな。
「小僧。冒険者の癖にこれぐらいのことも知らねえのか。常識だぞ」
ギルド長がこう言いながら誇らしげに肩すくめる。
Fランク相手に知識自慢ですか?子供ですか?ギルド長の肩書が聞いてあきれますよ?って言ってやりたくなるような憎らしい表情だ。
だが、ここは我慢。我慢だ。
「俺は四日前に登録したばかりの新人です。知らないことぐらい沢山ありますよ」
「四日前?ってことは、てめえがトーリアス爺の客人か!」
「ええ、ロガンさんのお蔭で冒険者登録できました」
「マジか……困ったことになったな、これは……」
ギルド長が今まで以上に顔を歪ませながらこめかみを揉み始める。
「何が困るんですか?」
俺がロガンさんのお蔭で冒険者になったのと、召喚石騒ぎが関係あるようには思えないけど。
「このままじゃマルパスギルドがやばいことになるかも知れねえ」
「え?さっきはオーガー騒ぎは都市のイメージを狙ったって言ってましたよね。なのに今はギルドですか?」
どうも話の方向が見えない。
「はぁ、面倒くせえなー。マルパスはは何時も中央と他の都市から白い目で見られている。これは知ってるか?」
「ええ。知っています」
それはテオさんから聞いたから知っている。この都市の特殊性を考えると当然と言えば当然だな。
「そんな状況下でこの街が問題なく存続できる理由がなんなのかは分かるか?」
「この街の軍事力と政治力が他より上だから?」
封建政治のことなど学校で学んだことしか知らないから、ハッキリとしたことは言えないけど、封建国家は普通、国家は王族個人の所有で、貴族がそれを委託されて政を行う形だ。
だけど、この街は違う。王が指名した人間ではない人間達によって街が廻っているのだ。
そんな状況の中で国家が軍事力でここを攻めてこない理由は、経済力だけの話ではないと思う。経済力がある街を軍事で押さえつけるぐらいなら直ぐにでもできることだろうから。
つまり、残るのは軍事力と、政治力。
満点の答えではないとしても、間違いでは無いはずだ。
だが、ギルド長は「違う」と、一言で俺にダメ出しを食らわせた。
「国の軍が街に攻撃してきたら、この街は十日も経たずに滅んでしまう。それにこの街は交易以外、中央とか他の街とかとの政治的関わりがない」
「じゃ、その理由は何ですか?」
「一言で言うと、名分がないって所だな。事実上この街は国の役に立っているし、都市の運営も他の街以上に上手くいってるからな。つまり、他所がこの街に付け入るにはその名分を作る必要があるんだ」
うむ。中々理に適った説明だ。だけど、まだそれと俺がどういう関係があるのかが全然見えて来ない。
「その顔を見るとまだ分からないみたいだな」
「はい……」
すみませんね~頭悪くって、フン!
「じゃ、これならどうだ?他所の視線でマルパスに付け入る名分作りをしてみよう。一、交易路の治安を悪くする。二、マルパス関連で対処出来ない問題を度々起こす。三、独立機関であるギルドの独立性を汚し信頼度を落とす」
「まさかオーガー騒ぎを起こした理由がギルドの信頼度を落とす為だと?」
「多分違うな」
今回はリュシアからダメ出しを喰らった。
なんな、理解出来てないのは俺だけな気がする……って、サナちゃんもわからないのか……目をぐるぐる回しているし。あ、頭から湯煙立ってるし……。
「黒服の連中は何かの犯行を計画してる時に私に見つかってオーガーを呼び出したんだ。つまり、今回は逃げるための方便で、計画したものではない」
「そうだ。今回は計画されて起きたものではない。だけど、オメエがそのオーガーを倒したせいで面倒なことになったんだよ」
「え?俺?」
なんでそこで俺が出てくるんだ?
計画じゃないのに俺が関わったせいで問題になる……ロガンさんから身元保証……付け入る名分が必要……なんか繋がりそうで繋がらない……。
「クウヤ。ギルド長殿が言いたいのは、【八家】が強い人間をギルドに潜りこませて、ギルド内での発言力を上げさせようとしていると、他所に見られる可能性があると言っているのだ」
何ぃっ!!!!!!!
先に言っておくが、俺が驚いているのは、話の内容ではない。それをこのバカ女が先に気付いたことに対してだ。
いや、貴族だからこういう政治の話は慣れ馴染んでいるのか……。
兎に角、合点はいった。
だけど、正直そう見られたから何が変わると言うんだろう?
「まだ分かんねえのか?オメエ馬鹿だろう?」
このギルド長、バカって言う方がバカなんだぞ!!!って知らないのかな……。
いや、それを言ったら俺も同じレベルになるか。
「政治とは遠い人生でしたからね。そちら方面には頭が廻らないみたいです」
なんか嫌味っぽくいってやりたいけど、同じレベルにはなりたくないし、これぐらいでいいか。まだ理解できてないのは事実だし。
「ギルドはどんな都市でも独立している領域だ。そんな場所にオメエみたいにオーガー単独で処理できる人間を入り込ませたと知られてみろ!他所から見たら、ギルド掌握か反乱まで目論んでいると受け取られるんだぞ!」
「反乱って……それはちょっと飛躍し過ぎでは……」
「飛躍じゃねえ!このマルパスに隙あらばと狙ってる、いやその隙を作ろうと色々動いている連中なんだ!オメエが実力持ってるだけの普通の冒険者なら問題ねえ。問題はトーリアスの息が掛かった者、事実は違うとしても、そう見られることが問題なんだ!分かったか!」
……また、組織論理優先か……。
なんとか理解は出来た。
一応理解はできたけど、むしろ理解出来てしまったことが気に食わない。
非常に不愉快だ。
だけど、ここでカッとなって「そんなの関係ない!俺は俺だ!」なんて言って正面突破するのも、後々もっと面倒なことになりそうだし……面倒を取るか、妥協を取るか、それが問題だな。
よっし、決めた。これで行こう!
「いや~誰かさんか知らないけど、オーガーの魔石を捨てていく人がいるなんて本当勿体無いことしますよね~。お蔭で俺は大儲け出来て万々歳ですけどぉ~」
俺は芝居口調でそう言った後「ってどうですか?これなら問題ないでしょう?」とギルド長に確認を取る。
そう、結局俺が取ったのは妥協の方だった。
だけど、別に組織論理に負けたつもりはない。
俺の人生で組織論理は正面突破の対象ではなく、汚いから避けて通るべきモノだからだ。
もしその組織論理が俺の方を直接狙って飛んで来るなら、力ずくでぶち壊してやるけど、今はそうする必要はない、俺の嘘一つで簡単に避けられるのだ。
「クッカッカカ!やっぱり馬鹿だな!オメエ!」
失礼な人だな。このギルド長。
思いっきり悩んで、まるでハムレットにでもなった気分で選んだ選択肢なのに……。
「クウヤ?何言ってるんだ?」
「何って、俺は面倒なんてゴメンだから、オーガー殺しは無かったことにするって言ってるんだけど?」
「クッカッカッカッカッ!!ッケホ!ケホ!!……はぁ、リュシア嬢。コイツは分かって言ってるんだ。名誉と大金なんか必要ないってな。だから、ほっとけ」
「別に魔石の代金まで諦めたわけではありませんけどね」
「オーガー討伐は太守府から金貨2枚の賞金が出るんだ。それに比べて魔石は銀貨50枚。大損だろうが」
マジか!それはちょっと考え改めてみないと……ってちがーう!
「確かに、それはちょっと惜しいけど、オーガーぐらいなら何時でも狩れるから気にしませんよ」
そう、気にしてない。俺は気にしてないぞ……。
「で?そのオーガー殺しさんはどんな奴だったんだ?」
「え?どんな奴って……ああ!口裏合わせですか。そうですね……遠くで見たからハッキリは分かりませんが、白いフードを被った人……三人、でどうですか?」
「武器は?」
「多分槍と弓と剣ですね」
「その人たちはオーガーを殺った後に何処へ向かった?」
「南の方です」
本当、我ながら嘘がスラスラと言えるモノだ。
だけど、これぐらい口裏を合せて置かないと、何時かボロが出るだろうから、できるだけ隙がないように用意した方がいい。
「うっし、分かった。そういうことに処理しておこう」
これで漸く終わりか……。
「クウヤ。本当に良いのか?オーガーを単独で倒すってことは大変名誉なことなのだ。それをこんな風に……」
「良いんだ。面倒になるよりは百倍マシだからな。それに、俺じゃなくっても、できる人なら幾らでもいるだろう。ここにいるギルド長とかさ」
俺はそう言いながらチラっとギルド長に目を向け、少し意地悪そうな笑みを浮かべる。
さっき馬鹿呼ばわりされた時に少しカチンときて鑑定してみたんだけど、俺よりは下だが、オーガー程度なら単独で倒せるの能力持っていた。
今まで鑑定した人間が皆弱すぎて、正直ガッカリしていたけど、やっぱり組織の頭張ってる人間は違うみたいだ。
多分ロガンさんも相当強いと思う。あの威嚇とか凄かったし……。
「馬鹿でも強さぐらいは図れるってか?馬鹿の割には感は良いみたいだな」
「目にはちょっと自信があるんですよ」
鑑定のお陰だけどね。
「うっし!もう問題なさそうだし。残りは俺が処理しておこう。それと、最後に忠告だ。面倒になりたくなかったらパーティー組んでおけよ」
「まさか、勧誘とかのせいですか?」
「違げぇよ。オメエのランクでその強さは悪目立ちしすぎるんだよ。面倒は嫌いなんだろう?なら、せめて人数で誤魔化しておけって言ってるんだ」
確かに、俺の為になる忠告ではあるけど……。
「でもパーティー組む人たちには結局知られることになるんですけど?」
俺の質問にギルド長は一回深くため息を吐いた後に、「やっぱり、オメエは馬鹿だな」と言って、俺が完全に忘れていたこの世界の常識を教えてくれた。
「魔石の代金で奴隷買えばいいだろうが。安いやつなら2人位買えるぞ?」
◇
ギルド長とサナちゃんがオーガー騒ぎの後始末に向かい、リュシアは荷物取りに襲撃場所へ向かっている今、俺は【マルパス奴隷商館】の応接室に座っている。
正直、話聞いてここに来るまでは、絶対裏切らない仲間って悪くないな……なんて思ってたけど、商館の中に入った瞬間、前世の人間平等思想で固められた俺の倫理観が「奴隷なんて非人道的だ!」と叫んできた。
商館の人の礼儀正しい案内に流されて応接室のソファーに座るまで、また俺を訪ねてきたハムレットさんのせいで、買うべきか買わざるべきかを悩んでいたけど、頭冷やして考えて見ると、やっぱり人を買うのはよくないと思う。
「やっぱり帰ろう。支配人まで呼びに行った人には悪いけど、買ったら買ったで後で後悔しそうだ」
俺は自己反省を兼ねて、そう自分にそう言い聞かせてソファーから立ち上がる。
その時、応接室の門が開いて、優しそうな顔をした中年の支配人が中に入ってきた。
「おまたせして申し訳ございません。レナトス様」
「あ、俺は帰ります。すみませんでした」
上手い言い訳が思いつかないせいで、ぎこちない謝罪になってしまう。どうもさっき脳内の嘘発生装置を使いきってしまったようだ。
「おや。今日は買わないおつもりですか?」
「今日はではなく……」
「今日はではなく?」
「あ、いいえ……」
なんで余計なこと喋ってんだこの口は……適当に誤魔化して出て行けばいいものを……。
「もしや、奴隷をお買いになるのが初めて、ですかな?」
「はい……」
「で、奴隷を買う、人間を金で買う事に後ろめたさを感じていらっしゃると?」
ああ、完全に見抜かれてる……。
「ええ、まあ……」
「偶にそういう方もいらっしゃいますね」
「そうですか……」
この世界でもそういう人いるのか……。
「では、可哀想な境遇の人を金で助ける、と考えて見てはどうでしょう?」
「え?」
まさか奴隷を買うのが人助けだとも言うのか?
「どうも納得出来ないような顔ですね」
「できないですね」
そう、できるわけがない。
「なら、もう少し捻って見ましょう。悪い人に売り飛ばされる人の代わりに自分が金で買って助け出す、と言うのはどうでしょう?」
なんか、段々話が支配人のペースに流れている気がするんだけど……。
「なんか答えを誘導されてる感じがしますね」
「ええ、誘導していますよ?当然でしょう?商人ですから」
うわ、開き直ったよ、この人!
「もう良いです。結論だけ言ってくれませんか?」
「結論は客であるあなたのモノですけど……良いでしょう。私はあなたに私が抱えているちょっとした欠陥商品を買っていただきたいです」
欠陥商品買ってくれなんて、正直すぎるだろう!それに、
「さっきと話がまるっきり違いますね。人助けと言った後に欠陥商品の処分ですか?」
そう、話の前後がまるで違う。まるで俺に「あんたはお人好しみたいだから、欠陥商品買ってくれ」と言ってるようなもんだ。
これで買ったら本当のお人好し、いや、それ以上のバカだ。
「欠陥商品と言っても、高い値で買ってくれる人は幾らでもいます。だけど、高い値で売られた商品には必ず惨めな未来が待っている。それが問題なのです」
「必ず、ですか?」
「ええ。必ず、です。呪い持ちの15,18歳の女の娘を買っていく人など、性奴隷を求めている人間しかいませんからね」
呪い持ち、15,18歳の女の娘……それに、性奴隷って……。
「普通に、給仕とかさせる為に買っていく人は……」
「いないでしょうね。15歳の方は【物壊しの呪い】にかかってますし、17歳の方は【走れない呪い】にかかってますから、まともな仕事なんて出来ません」
「呪いの解除は……」
「王都の神殿に行けば解除は可能な筈ですが、そこ、奴隷は出入禁止ですから無理ですね」
……いやな現実だ。
ゲームで、仲間になるキャラクターの一人が奴隷だったけど、その時は余り深く考えてなかった。
だが、いざ目の当たりにしてしまうと、奴隷制度と言う制度がどれだけ歪で凶悪なものなのかを実感できてしまう。
だけど、実感できたからって奴隷制度をどうこうできる力など俺にはない。
幾ら急成長できて、人外クラスの力を手に入れても無理な話だ。
何故なら……。
「神代から続いた摂理ですか……」
「よく知ってますね。そうです。奴隷の烙印は、神が堕落した人間に神罰を与える為に作った物から始まっていると記録されています。そのせいで、奴隷になった人間はどの神殿にも入れません」
そう。
【アーデロス英雄伝】の設定で、神々に対し反旗を翻した悪人がいて、その人間に付けた烙印が奴隷の烙印の原型だと言う話があったのだ。
あの魔道士がこの世界を作る時、設定に合せて仮想の神も創ったかも知れないが、【アーデロス英雄伝】の設定上、神は人間に対し無敵だ。次元が違う。
ゲームでもイベントでちょっかい出して、負けて【地下世界】に落とされたりしていた。
つまり、俺なんかが奴隷制度を変えるなど不可能なのだ。
「本当に嫌な現実だ……」
「ええ。嫌な現実です。だからせめてもの足掻きとして、あなたのような人にあの娘たちを買っていただきのですよ」
「俺も大して違いはないかもしれませんよ?身体健康な男ですし」
俺も男だ。
奴隷という、都合のいい女がいれば襲いたくなるかも知れない。
「あなたは奴隷を人間として見ている。それで十分ですよ」
「それは支配人も同じでしょう?」
「いいえ。私は奴隷を商品として見てます」
「でも、今こうやって、少しでもいい主を探してやろうとしているのではないですか」
「自分が売った商品が、大事にされないのは心苦しいモノですからね」
「俺は冒険者ですよ。色々苦しい思いさせると思いますけど?」
「苦しい思いをするのはあなたの方でしょう。あの娘たちは【呪い持ち】ですから」
はぁ……本当に針穴ぐらいの逃げ道も開けてくれないか……マジで商人魂たくましいな……。
「わかりました。ただし、俺は家も持ってない根無し草です。つまり、自分の財布事情を超える出費はできません」
もう買う方に心が傾いた。
さっき聞いた「せめてもの足掻き」という言葉が致命打だった。
奴隷制度の最前線でこう足掻いている人もいるのだ。
また自分のお人好し病が再発したかも知れないが、気にしないことにする。
どうせ、俺に必要なのはすごい能力を持つ奴隷ではなく、人目を誤魔化す為の取り巻きみたいなもんだ。特に苦労などさせるつもりはないし、俺も大した苦労するわけでもない。
だから、決めた。奴隷を買う、と。
「商品も見ずに私の話だけで購入を決めて下さったから、精一杯勉強させていただきましょう。2人合せて銀貨8枚でどうですか?」
相場の5分の1って……勉強しすぎだよ、支配人さん……。
正直、ありがたいけど……。
こうやって俺は、走れない【ロデア】と物壊しの【リネ】の主になった。
そしてその後、その娘たちと初めて顔を合せた俺は、その娘たちと自分の予想との違いに言ってはならないことを口にしてしまう。
だって、その2人は……。
「まさか、ドワーフ……!?」
身長が130,140ぐらいの小さな体をしていたから……。