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第5話 ゲームと現実


 一体この女何言ってるんだ?

 まさか、これが話に聞いた「弟子にしてください!」のテンプレか!?

 

「……いや、すまん。勘違いした」

「勘違い?」


 違ったらしい。


「……ああ、何時も師匠から似たような言葉を聞いていたから、つい……」


 ああ、そういうパターン……。


「まぁいい。これで分かっただろう。この剣はあんたには使えない。だから諦めろ」

「……それは出来ない」

 

 うわっ!懲りない女!……ってなんか少女漫画の悪役みたいだな、このセリフ。


「どうしてそこまでこの剣に拘るんだ?」

「それは元々師匠の剣だ」


 ああ、思い入れのあるものだから自分で持ちたいわけか。だがな、


「あんた槍使いだろう?幾ら師匠の剣でも使えない物を持ってどうするんだ?まさか大事に保管するってか?それじゃ使えない剣が可哀想だぞ?」

「……」

「理由は言いたくない、と?」 

「……」

 

 はぁ、何か訳ありみたいな感じだけど、ここで流されたらまたお人好しに逆戻りだな。ここはきっぱり言ってさっさと帰って貰おう。


「あんたの事情など俺には関係ないから、言いたくなければそれで良いけど。剣は俺の物だ。返して貰うぞ」

 

 こう言いながら剣に手を延ばす、すると女騎士が剣を自分の後ろに回し俺を睨んできた。


「駄目だ!!」

「なら衛兵を呼ぶしかないぞ?」

「それも駄目だ!!」

「理由も言えない。剣も返さない。衛兵も呼ぶな。一体どうしろってんだ!?」

「剣を私に譲ってくれ!」

 

 まるで、駄々をこねってる子供だ。


「時間の無駄だな」


 Fランクが使えるようなスキルでは無いけど、こんな時に有用に使えるぎものがある。

 俺は先日新しく手に入った【瞬歩】を使い一瞬で女騎士の後ろに周り、剣を奪い取った。


「ホイッと」

「な!?」

 

 俺は驚いている女をそのままにして、鞘が置いてある所に歩いていく。

 

「ま、待って!」

「もう話は終わりだよ。俺は十分すぎるほど配慮した。その配慮を無碍にしたのはあんただ。文句なら自分に言え」

 

 少し冷たい気もするが、これがエゴイストとして正しい姿勢だと思う。多分。


 俺は鞘に剣を収め店の門に向けて歩き出す。

 すると、いきなり後ろから、まるで獣が吠えるような鳴き声(・・・)が聞こえてきた。


「うわああああああああああんっ!!!」


 声に驚き振り返って見た俺は、呆れて固まってしまう。


 そこには、余りに大きい声で泣きながら、余りに無様な泣き顔を晒している、余りに子供のように泣いている女騎士の姿があったから……。

 

 美人は泣き顔すら綺麗って言葉は大嘘なのだと悟った瞬間だった。


 



 ◇




「もういいのか?」

「いい」


 結局、俺はその場に残って女が泣き止むまで待った。

 またお人好し病が再発したのではない。

 ずっと傲慢そうにしていた強気の女が、ここまで号泣する理由がどうしても気になったからだ。

 美人の無様な泣き顔ってのがなんか面白……いや、珍しい気もしたし……。


「で、なんで泣いたんだ?この剣が師匠の物。それだけが理由ではないだろう?」

「……長いぞ?」

「簡潔にまとめろ。それ聞いて俺が納得したら、少しぐらい考えてやらんこともない」

 

 なんか、これは悪い政治家のセリフみたいだな。後になって「考えてみたがダメだった」が出てきそうな……。

 なんで俺はこう悪党みたいなセリフばっか言ってるんだろう……。


「五日前、師匠が亡くなった。私は師匠の遺品を王都の師匠の本家に持っていく途中だったのだが、昨日、日が暮れる前に王都にはつきそうになかったから、この街で一晩過ごして行こうとしたら、城門の近くで衛兵2人に捕まった。理由を聞いて見たら最近泥棒が出没しているそうだったので、一旦武器類を預かって盗品ではないか確認することになったのだが、確認してくると言っていたその二人が帰って来なかった。それが気になって門番のところまで行って聞いてみたら、むしろその2人が武器を騙しとって売ってる犯人だと聞いて、街の武器屋を廻って探っていた所、やっとその剣が見つかったと思ったら、お前が奪っていたのだ」


 俺がこの剣見たのが昨日の夕方だったから、時間的に辻褄はあう。予想外に安かったのもそれで納得できる。

 だけど、その前に……こいつ、バカか?

 普通武器を預かって2人が一緒に確認に行くわけがないだろう。それと、


「奪ってねえ。俺は普通に買っただけだ」

「買い奪われてしまった」

「言葉変だぞ」

「略奪買いされてしまった」

「余り変わってねぇし。はぁ……で、要はこれが盗品ってわけだな?」

「そうだ!」

「証拠は?」

「ない!」


 そこ、威張るところじゃないからな……しかし困ったな。もしこれが本当なら、これは返さないとダメだろうし。もし返して後で違ったってことになったら、俺がバカを見ることになるんだよな……どうするかな……。


「わかった。売ってやるよ」

「本当か!?」

「ああ、盗品かも知れない物を使うのも気が引けるし。金銭的に損するわけじゃないからな」

「でも、それでは私が悪い!せめて三倍で買い戻……」

「いらねぇよ。買った値段でいい」


 どうせ、基本攻撃力ありすぎる俺には、良すぎる武器なんて必要ないんだ。

 適当に使えそうな武器があればそれでいい。できれば色んな武器も使ってみたいけど、時間なら有り余ってるんだし。


「……その……名前……」

「ん?」


 なんだ?


「お前の名前、聞かせてくれ」

 

 ああ、そう言えばまだお互い名乗りもしなかったな……。


「クウヤだ。クウヤ=レナトス。あんたは?」

「私はリュシア=マゼラン。マゼラン家のものだ」


 ああ、貴族家の者だったんだな。通りでその傲慢そうな……


「……その……ありがとう」


 うおっ!いきなり顔赤らめて視線逸らすなよ!

 可愛くって思わずドキッとしちまうだろうが……。


 本当美人って、無駄に破壊力持っていていやだ。

 いや、俺に美人耐性がないだけかも知れないけど……。





 ◇





 翌日、リュシアは王都に向けて旅立った。

 俺が依頼を受けて街を出る時、馬に乗って従者と一緒に街を出るのを見かけたけど、別に挨拶とかを交わすことはなかった。

 

 ん?昨日のあのツンデレリアクション?

 知るか!あの挨拶だけで、剣返したらさっさと帰りやがったんだ。

 感謝するなら飯ぐらい奢れってんだ……いや、いい。

 どうせ、美人なだけで性格に難がある女は嫌いだ。

 



 兎に角、今は目の前にある鉄の棒(・・・)だ。


 昨日、リュシアに剣を返して、特に新しく武器を買う気も失せて、今日も何時もの短剣持って常時依頼に街の外まで出かけたのだが、偶然遭遇したホブゴブリンを始末したらドロップした武器の中にこれがあった。


 鑑定結果、武器の名前は【鉄のロングスタッフ】。

 必要能力値STR30、レア度は1,《攻撃力補正ランク》はF+(+6%基本攻撃力)の初級用の武器にしてはSTR要求値が高いこのスタッフは【魔力効率UP・微】と言う微妙な、本当に微妙なの特殊効果が付いている武器だった。


 特殊効果だけ見れば、紛れもない魔法使い用の武器だったので、一旦試しに魔力を武器に流して見たところ……。


「これ、どう見ても魔法の槍、もどきなんだよな……」


 棒の先に物理属性の半透明な魔力でできたた矛先(・・)が現れていた。

 

 これはゲームでは見たことない現象だ。


 武器が持っている特殊能力ってことは、俺のMAXに達した鑑定で見えないから多分ないと思う。

 なのに……。


「あ、これのせいか……」


 俺は一旦魔力を切って棒の先を確認してみて、小さな隙間の中に魔石がが嵌められているのを見つけた。

 

「つまり、この魔石から魔力が漏れて矛先のような形になるように工夫して作られたわけか……」


 正直、驚いた。

 この世界に来て、まだ魔法技術に関してちゃんと確認できてないけど、俺が見た冒険者の中で魔法使いは2人だけで、その2人も余りにも低すぎる魔法能力を持っていた。


 ゲームの時と比べ圧倒的に魔法使いの数も質も劣るのを知って、俺はできるだけ魔法を使うのを控えていたのだ。


 だが、この武器の工夫っぷりを見ると、どこかではちゃんと発展している可能性も捨てきれなくなった。

 いや、むしろ魔石を利用している工房などもあったんだし、方向性を変えて発展した可能性が大きいかな?


 本当に地味過ぎる武器ではあるが、この魔法の槍の魔力効率はゲームでは想像出来ないぐらい高効率だ。

 俺は【魔導の心得】と【魔力自動制御】のお蔭で既に魔力効率は相当なものになっているけど、発動時に1のMP消費だけで全く魔力の損失がないのは異常すぎる。


 俺の感覚だけで推測したモノだが、魔法系のスキルを何一つ持ってなくっても、魔力を流すことができる人になら誰でも、発動時に10ぐらい消費して一時間はそのまま保っていそうだ。

 

 無論STR30と言うのはちょっと高いハードルのような気もするが……。


 試しに幾つかの属性の魔力をイメージして流して見たが、予想通り各属性の矛先が出てきた。


 なんか、魔法技術(・・)と言うより、魔法工学(・・)って感じだな、これは。

 だけど、こんな工夫などは鑑定で見れないのか……鑑定結果が全てだと思うのはやめた方がいいかもな……。


 兎に角、面白そうな武器が手に入ったんだ。それもタダで。

 暫くはこれをメインウェポンにしよう。

 


 武器も手に入ったし、常時依頼に戻ろう。


 今回は《ロボークの実》と《パヤン草》の採取だ。

 パヤン草は草場の中でよく見かけて簡単に採取できるモノだが、ロボークの実はコーボルトの好物であるため、採取に注意が必要、らしい。

 今の俺には全く関係ないけど……。


 


 ◇



 暫く採取に明け暮れていると、いつの間にか午後になっていた。

 俺は日が当たる大きい岩を見つけてその上に座り、昼飯に持ってきた【ローズフォーク】をリュックから取り出した。

 【ローズフォーク】は、ここ数日俺が昼飯として毎日も食べているモノで、薄く焼いたトルティーヤに生ハムと野菜などを詰めて包めたものだ。

 味も形もメキシコ料理のタコスによく似ている。


 当たり外れが克明に分かれるここの食べ物の中では、申し分なくサムズアップできるこれも、さすかに三日も食べてれば少し飽きてくる。

 そろそろ俺も、一軒家とか借りて食事は自分の口に合うものを作って食べたい。

 料理がそこまで上手いわけではないけど、味付けを自分でできるだけで少しはマシな食生活が楽しめると思うし。


 それに、お風呂にも入りたい。

 水浴びは毎日してるけど、埃だらけの道を歩き回って風呂に入れない生活は正直健康によくない気がする。主に俺の精神健康に!

現代日本人出身の俺には今、心の洗濯が切実なのだ!


 今日の依頼が終われば所持金も銀貨30枚以上になるだろうし、一般人の月給(銀貨5枚)と比べれば、約6倍になるわけだから、小さな家ぐらいは借りられると思う。

 

「よっし。そうと決まればさっさと帰って不動産屋探して……ん?」


 その時、俺の魔力センサーに今まで感じたことない何かの気配が引っかかった。


 人間でもゴブリンでもホブボブリンでもコーボルトでも野生動物でもないのは確かだが、何かまでは分からない。

 ただ、それらよりも気配が大きい……って違う、なんと言えば良いのか……そうだ。

 気配の圧力が高かった。


「距離は、300メートルぐらい……行ってみるか」


 俺は急いで【ローズフォーク】を口に放り込んで身を起こした。






「ガルルゥグロォオオオオオォ!!」


 気配がある場所から少し離れたところに身を潜めた俺は静かに前方を睨む。

 気配の正体は俺がよく見知っている魔物だった。


 2メートルを超える背丈に長い両手、長く尖った耳、血のように赤い両目に長く鋭い牙を持つ人型魔物。

 オーガー。

 

 人間を圧倒する腕力と凶暴性を持つ、食人を含む肉食を好む魔物だ。


 ステータスはSTR100前後、AGIも80前後で、普通の人間が相手するには少々荷が重いその魔物は、元々ダンジョンの中か、【無人大陸】と呼ばれる北の大陸のよく出没する魔物だった。

 例外は……。


「フィルドボスか……」


 ゲーム【アーデロス英雄伝】ではフィルドの魔物を一定以上討伐していけば、ある時フィルドボスがポップするようになっていた。

 それはフィルド別に違いはあるからハッキリと覚えてはいないが、多分数百匹の討伐が必要だったんだと思う。

 

 俺がここに来て約100体ぐらい討伐したはずだから、この基準は多分他の冒険者も含めて数百ってことだったのだろう……。

 

 兎に角、コイツをこのままにしておいては、後で街で大騒ぎになるのは間違いない。それに、初めて遭遇した手応えのありそうな相手だ。

 武器も試してみたかったところだし、ちょっくら討伐してみることにしよう。



 俺は荷を降ろし、スタッフだけ手に取ってオーガーに近づいていく。


 相対距離10メートルを切った時点で、オーガーも俺の気配に気がついたみたいで、俺の方に振り向いてきた。


「おい。オーガー君。ちょっと遊んで貰うぞ!」


 相手が気付いた瞬間を合図に俺はスタッフに水の魔力を流しながら、接近速度を少し上げた。


「グロォアアアアァァ!!!」


 俺の挑発に反応したオーガーも、手に持った棍棒を振り回しながら、威勢よくお雄叫びを上げる。

 空気を震わすいいシャウトだ。


「ロック・スターになれるかもな、お前!」


 オーガーの正面3メートルの距離まで近づいた俺はそう言いながら足を止める。

 

 まずは先手を見る。

 

 ゴブリンとかコーボルトは一撃の威力も低い上に動きも鈍かった。だが、多分オーガーは違う。

 ゲームでも序盤に一人で対面すれば即死決定だ。

 

 だけど、俺のステータスは序盤どころかエンディング寸前の能力値なんだ。聖剣(S級)クラスの武器が無いからラスボスとタイマン張るのは無理だけど、オーガーなんかに負けるわけがない!


 オーガーが棍棒を俺に向けて振り下ろす。

 長い腕を鞭のように利用して素早く振るう、力強い振りだ。


 俺はその攻撃を静かに見届け、スタッフでそれを受け止める。

 両足が少し地面にめり込んだ感じがしたが、腕に伝わる衝撃はそれほどのものではなかった。


 少しガッカリする。

 今日の戦闘でまた能力値が上がってるせいか、俺の基本能力値は平均150近くになっている。

 STRだけはほぼオーガーと互角なはずなのに、手応えがなさすぎる。


「こんなんじゃ俺にかすり傷一つつけられねぇぞ!」


 俺はスタッフを振るって棍棒を弾きだし、もう一発の攻撃を待つ。

 

 だが、その後数回続いた攻撃も俺にたった1ポイントのダメージを与えられなかった。


「結局は力任せのバカってことか……」

 

 俺は緊張感ある戦闘の為に、今まで使ってなかった鑑定を使いオーガーのステータスを確認してみる。


 やはり、俺の記憶通りの普通(・・)のオーガーだ。

 なんの特殊能力もない、力と素早さが高いだけの、タダのオーガー。


「むしろこのスタッフ頑丈さの方が驚きだ」


 俺は少しガッカリした気分を紛らわす為に、瞬歩を使い少し距離を開ける。


 そして、ゲームの、槍使いの反撃技のモーションを思い浮かべて構えをとった。


「さあ!来い!」


 正確なモーションを思いだす必要はない。どうせ格好つけの為に作られたニセの構えだ。

 だが、そのニセの構えを、DEXが俺の体に合う、俺がやりたい最適の動きに変えてくれる。

 より実戦向きの、俺が求めている最高の攻撃モーションに!


 もう一度俺に振り下ろされたオーガーの棍棒をスタッフで軽く当てる。その瞬間、手首を捻り棍棒の方向を少しずらす。足を一歩前に出し、腰を少し捻る。

 そして、槍から片手を離しながら力いっぱい正面に向けて刺す!!


 音もなく、水の矛先がオーガーの心臓を貫いた直後、一瞬止まってるように見えたオーガーは、背中から後方に向けて花火のように派手に、爆散(・・)した。


 …………


 ……爆散……。


 幾ら反撃技がクリティカル判定とは言え、ここまで派手に爆散するとは思ってなかった……。

 もう消え始めてるけど、正直また見たい光景ではないな、これは。


 今日の教訓。

 反撃技の使用には気をつけてください。


 うむ。肝に銘じておこう。



 



 ◇




 

 【ライノスの指輪】

 オーガーが死んだ場所に大きい魔石と一緒に落ちていたドロップアイテムだ。

 レア度3。突進攻撃に限って攻撃力補正3倍。クリティカル率10%アップ。

 槍使いには喉から手が出るほどのシロモノだ。


 さすがフィルドボスのドロップアイテムって感じだな。


 俺のスタッフも槍としての活用の方が多いだろうから、俺が使ってもいいのだが、さっきの、あのクリティカル効果を見てからはとても使う気にはなれずに、そのままポケットに入れてしまった。


 特に戦闘の残心が必要な性格でもない俺は、また地味な依頼に戻ってさくさくと品々を採取していく。


 その後もコーボルトとの戦闘が一回あったけど、今回はスタッフをタダの鉄の棒として使い、叩き殺した。

 ……って表現は物騒に聞こえるけど、オーガーの死に方に比べれば、一撃で頭が少し陥没するだけの穏やか(・・・)なモノだった。


 兎に角、そうやって採取を終えた俺は一番近い街道に出て、マルパスへの帰路につく。


 ホブゴブリンとコーボルトのドロップアイテムが意外に多くってリュックの中に入れてきた余分の袋もいっぱいになってしまった。

 

 別に重くはないけど、カラカラと安物の武器がぶつかる音がうるさい。

 その音を気にしながらトボトボ歩く自分の姿かなんだか情けない気がする。


 ゲームのインベントリーかアイテムボックスみたいなスマートな移動倉庫があったら良いのに……。


 でも、今これらを売って入る金が、俺の未来の家賃になるんだ。捨てていく選択肢はない。うむ、ないな。


 でも、待てよ。

 ゲームでは無かったけど、闇魔法の説明で亜空間作成があったような気が……。

 よっし、後で確認して……ん?



 そんな考えを巡らせながら道を歩いていた俺は、少し離れた場所から漂う血の匂いに気がつく。


 そこまでキツイ匂いでは無かったけど、歩いて行くにつれ段々匂いが増してきた。

 戦いの音はない。

 動物が怪我をしている可能性もあるけど、何故か俺にはそうは思えなかった。

 異常に胸騒ぎがして、俺は歩みの速度を上げた。



 …………


 ……


 死体があった。

 バラバラになった死体だ。 

 何かに喰われたような痕もあった。


 いや、何かではないな。

 さっきのオーガーの仕業だ。


 だが、問題はそれではない。


 問題は、被害者の身元だ。

 俺が今朝見たリュシア、の従者だ。


 リュシアの馬を引っ張って歩いて行く姿がまだ頭に残っている。

 間違いない。


 少し離れた場所で馬も見つかった。

 こっちはもっと損傷が酷い。頭と踵の一部を除けば馬の原型は殆ど残ってない。


 もう少し離れた場所で、昨日リュシアが買った予備の槍も見つかった。

 その横で……肘から下の右腕も見つかった。

  

 ガントレットごと千切られて投げ捨てられている。ガントレットの形に見覚えがあるから多分リュシアのモノなのだろう……。

 横に、【放浪剣士ガルバロスの剣】も落ちてあるし……。

 

 【混乱耐性】のお陰で、俺は落ち着いている。

 そのせいで色んなモノが頭の中で繋がり初めた。


 俺のせいで出現が早まったフィルドボス、オーガー。

 リュシアの一行がそいつと遭遇した。


 フィルドボスは俺がなくてもポップしたはずだし、ポップしたからと言ってもこの街道に出る可能性はそこまで高くない。

 道の安全は都市において命綱とも言えるモノだから、色々と対策してあるとギルドで聞いたことがあるから、道を外れてなければそこまでの危険は無かったはずだ。

 つまり、これはイレギュラーな事故だ。

 

 だが、その責任の一端は俺にもあるのは間違いない。


 俺がフィルドの魔物を少し遅く討伐していれば、いや、もっと欲張って早く討伐して入れば、もう少し違う結果が待っていたかも知れない。

 その時は別の人間が死んでいたかも知れないが、たらればの話はもうなんの意味もない。


 被害者は俺が知っている人間で、その責任の一部は俺にある、その事実が変わるわけではないのだ。



 しかし今、俺の頭と心が激しく衝突している。

 俺に一部責任はあるが、これを全部自分のせいだと思ってはダメだ、と言っている頭と、俺が殺したと強く主張している心。


 パニックしてない分、その衝突がより明確に感じられている。


 お蔭で、色んな、本当に色んな事が理解できた。

 できてしまった。


 自分が今まで、この世界のゲーム的部分と現実的部分を別の物のように思っていたってことが……。


 ゲーム的部分ですらも、この世界では現実だったのに……。


 ドロップアイテムも現実。

 魔物が死んで消えるのも現実。

 オーガーがポップするのも現実。

 それで人が死ぬ可能性があるのも現実。

 これからも数百体の魔物を一定区域内で討伐すればまたフィルドボスがポップするのも現実なのだ。


 まるで、夢から覚めた気分だ。

 後味は最悪。


 今まではここは現実だからゲームの知識を優先するのはよくないと思っていたけど、本当はそのゲーム知識すらも現実なのだ。


 利用するものは利用して生きるべきだ。

 

 そして、もう一つ理解出来たことがある。


 俺は自分が目標にしていたエゴイストにはなれない。


 自分が全ての責任を背負う必要ないと分かっていても……きっと碌な結果が待っていないのは分かっていても……このことを無視して普通にしていられる自信は、俺にはない。だから、


 今俺の目の前にあるリュシアの腕と、【放浪剣士ガルバロスの剣】を持って、リュシアの家族の所へ持って行こうと思う。

 確かマゼラン家と言っていたな。

 貴族だろうし、見つけるのは難しく無いだろう……。


 



 

 ◇






 

 剣とリュシアの腕を持ってマルパスへ戻ると、城門の前に衛兵と冒険者達が集まっているのが見えた。ざっと見て100人ぐらいか……。

 多分オーガーの出現を知って人を集めたのだろう……。


 あの人達に無駄足を踏ませない為にも、もう処理してしまったことを、知らせておいた方がいいと思った俺は、もう少し歩く速度を上げた。


 

「クウヤさん!」

 俺が人集りに近づくと、俺を見つけた受付のサナちゃんが小走りに走ってくるのが見える。

 どうやらサナちゃんも冒険者たちの引率に駆りだされていたみたいだ。

  

「ただいま。サナちゃん」

「ただいま、じゃありませんよ!オーガーが出たんですよ!オーガー!Cランク以上召集ですよ!出入り禁止ですよ!緊急命令ですよ!死ななくってよかったですよ!」


 ああ、何かパニック起こしてるな。

 要するに、オーガーが出たから街の出入りが禁止されて兵力を集めたわけか、それにFランクの俺が一人でいるのを見て心配していたと言ってくれているのか……。


「いや。大丈夫だから、落ち着こうな。サナちゃん」

「落ち着くわけがないでしょう!どうして、クウヤさんはそう脳天気ですか!」

 

 脳天気ではなく、落ち込んでるんだけどな……。

 

「それより、サナちゃん。そのオーガー、もう討伐したから。皆に知らせてくれないか?」

「オーガー出て大変な……って、はい?」

「だから、ほら。もうオーガーは死んでるから」


 と言いながらリュックからオーガーの魔石を取り出し、サナちゃんに見せる。

 赤黒い拳二つぐらいの大きさの魔石だ。

 

「これ……」

「うん。オーガーの魔石」


 …………

 

 (しばらくお待ち下さい、三、二、一)


「ええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!」

 

 うわっ!サナちゃん声大きいな……こんな反応出ると予想して心構えしていたのに、思ったより耳が痛い。呼吸も長いし。

 ひょっとしたらオーガー君よりロック・スターに向いてるかも……。


「ククク、クウヤさん!ち、ちょっと来てください!今直ぐ!!!」


 大声のせいで皆がこっちを睨んでる中、サナちゃんは俺の腕を引っ張り城門横の検分所の方に向けて歩き出す。

 多分、魔石の確認と報告のためだろうと思った俺は、何も言わずにサナちゃんに引っ張られて後に続いた。


 

「ギルド長!失礼します!」


 どうやら、検分所の中にはギルド長がいるらしく、サナちゃんが門の前で断りを入れて中に入る。

 俺もサナちゃんに続いて門を潜った……のだが、そこには余りにも予想外の人物が、モヒカン頭をしたドワーフ男と一緒に座っていた。


「お、クウヤじゃないか」

「お、お、お前!生きてたのか、リュシア!?」


 何を隠そう。その人物はオーガーにヤラれて死んだと思っていたリュシアだった。

 もう驚きで頭が混乱してきた……あ、落ち着いた。

 ありがとう【混乱耐性】君。


「生きてて悪いか?」

「違う!俺はお前が襲撃されたところからこれを見つけて……」

「おお、それは師匠の剣!!またお前の世話になってしまったな……ってそれはまさか、私の腕か?」


 俺が取り出した剣と腕を見て、リュシアが眉をひそめながら自分の右腕(・・)を擦る。

 あれ?リュシアの腕は今俺が持ってるんだけど……。


「お前その腕は……?」

「ああ、あの時、一瞬で腕を千切られたからな。逃げながら上級魔法薬(ハイポーション)飲んだんだ。高価いから使いたくは無かったけど、命に替えるものなんてないからな」


 ははは……上級魔法薬(ハイポーション)って……。

 

 俺のバカヤロウゥゥゥ!!!!

 なんでそんな初歩的なこと忘れてたんだ!!!!!


 そして、


 ファンタジーバンザーイだ!このチキショウ!!!!!


 ああ、なんか涙出てきた。

 

 だけど、これも現実、なんだよな。


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