第2話 マルパス市
「……」
声に驚き振り向いて見ると、尖い目つきの青い目を持つ白髪の老人が俺を見ていた。
【魔力感知】だけでなく【気配感知】も取っておくべきだったと後悔しながら、老人の装備を目で確認する。
軽装の鎧に、腰にはサーベル。
体格は少し痩せ気味だが、170㎝の俺より少し大きい上に老人特有の老衰した雰囲気は全くと言っていいほど感じられない。
むしろ、ただ前に立っているだけなのに、なんかすこい迫力……いや圧力を感じるぐらいだ。
正直ちょっと怖い。
【鑑定】を使って確認したい所だが、相手が気づくともっと面倒なことになりそうだ。
まぁ、まだ一回も使った事がないからどう使えば良いのかすらも分からないのだが……。
「どうした、口が聞けないのか?」
「……あの、すみませんが、発掘品って……?」
俺はできるだけの情報を集めるようと、「俺は何も分かりません」とも言うように相手の質問をそのまま返す。
すると、
「いや~すまんな~!一人でこんな所にいたから、てっきりこの遺跡の発掘品を漁りに来たのかと思ってしまった!でも、そうではないとしたら、もしや!!同好の士か?そうなのか!?」
と最初の威圧感など一瞬に吹き飛ばして砕けた口調で、俺の肩を掴んで迫ってきた。まるで長年の友を見つけたかのように……。
「い、いや。ち、近いです!それに何ですか、同好の士って?」
「おや、違ったのか?ワシは趣味で考古学をやっているものだから、遺跡捜査に来ておったのじゃが……なら、お主は何者なのだ?何故こんな所におったのじゃ?」
考古学?
そんな戦闘装備持ってる人に言われても説得力も何もないと思いますけど。
あなたはなんとかジョンズさんですか?
その人、実は考古学者ではなく、遺跡荒らしなんですよ?
兎に角、向こうが俺の素性を聞いてきたので、一旦ネット小説とかで学んだテンプレな言い訳を話しておくことにする。
「故郷から旅に出た翌日に山で変な魔法陣を発見しまして、それを見ていたらいきなりここへ飛ばされてました」
まるっきり嘘だが、これが一番後腐れなさそうな話だった。
まぁ、いきなり飛んてきたのは事実なわけだし、なんとか信じて貰えれば良いんだけど……。
「魔法陣!それは珍しいのぉ。転移の魔法陣なぞ2000年前に全て活動を停止したと記録されておるが。まだ動いてる物があったのか……で、故郷って何処なんじゃ?何処に行けばその魔法陣を見つけられるんじゃ?」
お、そこに食いついてきたか!でも、2000年前に停止?
つまり、この世界が作られる時、転移魔法が使えなくなったと言う訳か……。
「ジャパンって知ってますか?」
これは本当だな。
「いや、聞いたことないのぉ。そんな国があったのか……この大陸にある国ではないな。なら、他の大陸か。本当に世界は広いよのぉ~」
「で、俺からも質問がありますけど、ここって何処ですか?」
ギブアンドテイクですよ、おじいさん。さっさと俺に情報を下さい。
「ここは旧マルパス遺跡じゃ。カンダ王国王都から南西方向にある……いや、他の大陸から来た人には分からないか……これは困ったのぉ……」
カンダ王国?ゲームの時はそんな国なかったぞ?
ん?カンダ……かんだ……神田?
まさか、前に来た日本人が作った国なのか?500年前かそれとも1000年前……?
500の倍数の話が出れば、その可能性は高くなるだろうけど……。
いや、そうだとしても、あの管理者のお姉さんは地球人が死んで転生するって言っていたし、日本人に限ってのことではないだろうから、可能性は低いか……。
これは確認の必要がありそうだな。
俺は老人の話に「困りましたね……」と適当に相打ちを打った後、遠回しにカンダ王国について聞き始めた。
「カンダ王国って聞いた覚えないですし……こんな大規模な遺跡も見たことありませんね……立派な都市だったように見えますけど、こんなになって……」
だから、俺が知りたいのはマルパスが廃墟になった理由と、それに関するカンダ王国の情報ですよ、おじいさん。
「そうじゃのぉ。500年前の独立戦争はこの大陸に大きい傷を負わせたのだからのぉ。ここ以外にも、こうなった都市は幾つも残っておる。ワシのような考古学を嗜むものには丁度良い研究資料じゃが、昔の人間にとっては悲しい現実だったはずだからのぉ」
やっぱり500年前だ。だけど、なんだ?独立戦争って?
「独立戦争ですか?」
「ああ、元々この大陸にはヒスラント王国と言う一つの王国しかおらんかったのじゃ。500年前はその王国が余りに腐敗しておったから、色んな地方から志をもった人たちが起き上がって、次々と独立していった。当然ヒスラントはそれを黙って見てなかったから、数十年間、大陸全土で戦争が続いたのじゃ。結果ヒスラントは滅亡して、幾つもの国が独立した。我が国、カンダ王国もその一つじゃな」
「では、この国の始祖はそのカンダとか言う王様ですか……」
「ああ、心優しい王様だったそうじゃ。だから、戦争を起こした張本人である自分たち王族の咎めとして、わざと戦争の傷が多く残っている遺跡をそのままに残したと言う話じゃ。お蔭で、ワシはこうやって研究ができて大満足なのじゃがな」
500年前。カンダ。可能性は大だが、確証はない。
だけど、それなりに情報は得られた。
それに、俺に今必要なのは歴史のことより現状だ。
そこで、俺は老人にずっと気になっていたことを聞いて見ることにした。
「でも、500年も経ったのに、まだ発掘品が残ってたんですか?さっき俺のことを遺跡荒らしに誤解なさっていたのをみると、最近まで何かが発掘されていたみたいですけど」
そう。根拠のない誤解などないはずだ。
「ああ、五年前、ここから独立戦争で使われたと言われる【魔導銃】が発見されてな。王都で高い金で売られたんじゃよ。それ以来2年ぐらいはここも賑やかだったものじゃ。今は静かになっておるがのぉ」
【魔導銃】か……ゲーム時代にもあったな。残念ながら、魔物狩りには効率よくなかったから、殆どネタ武器扱いされてたけど。
戦争は人間相手だから大量投入すればそれなりに効果得られたのかな……?
まぁ、このおじいさんが持っているサーベルと合せて考えると、今は魔導銃が使われてないと言うことか……。
2000年も経ってると言うのに、随分と発展が遅い気がする。
服装なども合わせると全く発展がないとも言えるぐらいだ。
だが、むしろ俺としてはその方がありがたい。
「そうですか……ご説明ありがとう御座います」
「いや、いいんじゃ。お主もいきなりわけもわからないまま飛ばされて困っておったのじゃろう。ワシも今日は収穫なかったから、暇だったところじゃ。礼には及ばぬよ」
しかし、本当にラッキーだな。
この世界に来て初めてに会った人がいい人みたいで。
悪い人だったら、たんまり残ったSPも使えないまま死んだかも知れないのに……。
さて、これで残ったのは最も大事な質問だ。
「あの、度々申し訳ございませんが、ここから一番近い冒険者ギルドの場所を教えて頂けませんか?」
そう、冒険者ギルドだ。
今の俺の立場は不法入国者。だが、冒険者ギルド員なら国籍に縛られない。
2000年も過ぎてそんなモノなくなった、なんて可能性もあるけど、今はそれを知ることだけでも十分役に立つ。
「お主は冒険者になるつもりか?」
お!この反応はやっぱり残ってるのか……!
「はい。全く馴染みのない土地ですし、自活していくにはそれが一番ではないかと思いまして」
「そうじゃなぁ……」
俺の話に、老人が顎に手を当てて何かを考え始める。そして、何かを決心したように「よっし!」と小さく呟いた後、俺を見下ろしてこう提案してきた。
「今日はこれ以上の収穫はなさそうじゃし。ワシが連れていって上げよう」
「え?悪いですよ!場所させ教えていただければ自分で……」
いい人そうだが、まだこの老人のこと信じきっているわけではない。もっとこの世界に馴染んで安全が確認されるまで、人との深い付き合いは禁物だ。
「遠慮はいらん。ここから歩いて2時間はかかるのじゃ。安全そうに見えてもこの辺にも魔物は出る。装備もないお主をそのまま行かせるわけにはいかん!」
確かに今の俺の装備は貧相極まりない。
ゲームの基本装備と言っていいものだ。
褐色のズボンに白いシャツ、薄茶色のフード付きマントまで全部タダの布製。
武器も短剣一本。
そして、使えるかどうかも分からない金貨が10枚だけ。
ちなみに、今の俺の外見は少し赤みかかった茶髪に緑の目を持つ、東洋人と西洋人の特徴を合わせ持つ、ちょっとだけいい面構えの少年だ。
誤解がないように言っておくが、顔の造形は目と髪の色だけ変えただけで、基本から全く手を出してない。
最初に与えられたのがこの顔だったのだ。
もちろん、体つきも初期設定の細っこい状態のまま。
一刻も早く異世界を見たいが為に「このぐらいで十分だな」と思って妥協した。
ゲームでは体つきと強さは比例しなかったから、この世界でもそうだろうと余り気にしてなかった。
実際、そうかそうでないかはまだ分からない。
が、できればそうであって欲しい。ボディービルダーみたいなムッキムキな体は好きじゃないから。
暑苦しいし……。
それでも、やっぱり他の人から見れば、俺は何の準備もなくいきなり野に放たれたヒョロい少年にしか見えないのだろう。まぁ、実際そうだけど。
案内役をかってでてくれたのは正直ありがたいけど、それでも俺はできれば一人で行動したかった。
だが、断りの言葉を言おうと口を開いた時、老人が口にした想定外の話が俺の舌を凍らせた。
「申し出はありがたいですけど……」
「お主一人じゃと市内には入れんぞ?」
「え?」
どういうこと?
「ギルドは市内におるんじゃ、登録するためには市内まで入る必要があるじゃろう?どうやって入っていくつもりなんじゃ?」
本当に自分の馬鹿さ加減に嫌気がさす。
まだゲーム感覚から抜けきれてなかった。
ゲームの時は特別な場所ではない限りフリーパスだったから、余り深く考えず今も当然そうだろうと思ってしまった。
転生モノの小説とかでは、良く【入市税】とか払って入れたんだけど、話を聞く限りではそんなモノもないみたいだ。
「……なら、田舎からこちらに来た人たちはどうするんですか?」
「彼らは生まれた村の長から通行証を貰って来るに決まってるじゃろう?いや、これはこの大陸の法律だから分からんのも無理ないか」
都市間の移動に通行証が必要。
まるで幕府みたいだ。
「……あなたと一緒なら、入れるのですか?」
「そうじゃ。ワシがお主が冒険者登録するまで、身元保証人になれば問題なく入れる」
「そうですか……」
他に方法がない。
まだ不安だけど、このおじいさんに頼むしか道はなさそうだ。
「本当に遠慮はいらん。これはワシにも益があるから申し出たのじゃ」
「益、ですか?」
「ああ、ワシが保証人になる代わりに、ギルドまでの途中、お主の国、ジャパンの話を少し聞かせてくれればよい」
そっか。このおじいさん考古学とかやってる人だったんだよな。
人一倍知識欲持ってるって言いたいのだろう。
でもこれ、負担に思うな、と言う俺への気遣い、なんだよな……。
俺も昔はこんなことよく言ってたから分かるけど、気付かないで言葉通り受け取る人多いんだよな。
「はい。わかりました。ありがとうございます」
「帰るついでじゃ、大した手間ではない」
「はい!よろしくおねがいします。それと自己紹介が遅くなりました。クウヤ・レナトスと申します」
「ワシはロガン・トーリアスじゃ」
配慮が警戒で返ってくる。そこからくる嫌な気分はよく知っている。
ロガンさんはちゃんと人を気遣うことができる、いい人だ。
前世のこととか、自分の馬鹿さ加減とか、転生後の不安とかで色々神経質になっていたけど、こんないい人に警戒するのはもうやめにしよう。
◇
マルパス市。
旧マルパス遺跡から徒歩で2時間ぐらいの場所にある、500年前、元マルパスの人たちが新しく作り上げた都市の名前だ。
城壁は旧マルパスのような自然石をを使った石城壁ではなく、赤いレンガを積んで建てられてれているが、規模面では以前と比べ圧倒的大きい都市だった。
ロガンさんの案内で、魔物に出くわすことなくマルパス市まで到着した俺は、城門を通過してからは、都市の風景に目が奪われていた。
まるで田舎から出てきたばかりのお上りさんか、初めて海外旅行する観光客のように……ってそのままだな。
昔、ネットで見たヨーロッパの中世都市のような街並み。
街を行き交う人達の服装もまた中世ドイツ風の服が多く、鎧姿の人達も多く目に入った。
人種は、たまにエルフとかドワーフ、獣人もいたけど殆どが人間族だ。
テンプレ通り、エルフは綺麗過ぎる顔をしていて、ドワーフは男は全員髭面。獣人も尻尾と耳を除けば殆ど人間と変わらないように見える。種族は犬系と猫系の二つだけ。もっと違う種族がいるかも知れないけど、ゲームの時はこれで全部だったな……。
兎に角、ポリゴンで作られたゲームの中と違って、力動感あふれる、生々しいファンタジー世界の風景は俺を圧倒するに十分なモノだった。
だが、ロガンさんの身元保証で城内に入りギルドに向かいながら、やっぱり、おかしいと思ってしまう。
この世界の始まりは2000前、中世ぐらいの文明からだ。
だが、2000年も経っているにも関わらず、文明レベルはどう見ても中世と似たり寄ったり。
ゲームのようなデタラメなファンタジー感が抜けているせいか、むしろ逆行しているようにも見えた。
いや、地球でも文明の発展が早くなったのは近世から現世までの間100年あまりのことだったな。それを基準に考えるのは少し間違っているかも知れない。
だが、魔法使いみたいな格好した人間が一人も見当たらないのは……どうにも気になる所だ。
魔力感知で確認した街路灯がちゃんと魔力で動いているのは分かっているから、完全に衰退したということはないと思うけど……。
もっと詳しく調べる必要が大いにありそうだが、今は冒険者登録の方が先だ。
調べ物はその後でいい。
「ここが冒険者ギルドじゃ」
ロガンさんの案内で到着したギルドは、よく見知った構造をしていた。
地方都市の町役場のような大きさの建物に、依頼書が張られている掲示板、銀行のような受付、冒険者が簡単な飲料などを飲めるようになっているスペース、どれもゲーム時代何度も足を運んだ(ゲームキャラの足だが)ギルドそのものだった。
馴染みのあるギルドの雰囲気に少し安心感を覚えた俺は、さくさくと手続きを済ませていく。
字を呼んだり書く時にも【自動翻訳】がちゃんと働いてくれているみたいだが、書類の作成は受付の人が担当するのがお決まりのようだった。
字が書けない人も多くいて、書けても字が汚くって書類として使えない時もある為、そうなったらしい。
登録手続は、名前と年齢と特技を話して、義務とかが書いてある書類にサインを入れた後に、魔力紋を魔道具に登録するだけで終わる簡単なものだった。
残ったのはギルドに関する説明だけだったが、ほとんどゲームと変わらなかった。
ランクはSからFまでの7段階。ギルドへの貢献でランクが上がる仕組み。Dから上は各ランクごとに試験を受ける必要があって、Sランクに上がるには各国ギルド本部長の同意が必要。
義務事項は無いが、死亡は自己責任。
Cランクから上はランクごとに違う特権が与えられる。
ギルド員同士の戦闘は基本的に禁止。例外は副ギルド長以上の権限を持った者が認める戦闘か、ギルドの訓練場で行われる訓練だけ。
ここまではゲームと同じ。だが、違いもちゃんとある。
まずは税金だ。
ギルド員の税金はギルドで一括処理される為、年に一度ランクごとに定められた税金を払う必要がある。
冒険者は基本的に徴兵などの義務を免除されるので、その代わりに一般人よりやや高めの税率が設定されている。正当な理由なく税金を払えなかったら、官奴(国の奴隷)になって、払えなかった税金より高い金で奴隷商人に売りとばされる。
ちゃんとした理由がある場合は、支払期間の延長が認められるし、ギルドが肩代わりする場合もある。
もちろん、それには一定以上の実績と信用が必要だ。
次は国籍。
ギルド員は必ず最初に登録した国の国籍に入る。
これは、指名依頼が同時に発生した時の為に設けられた処置だそうだ。
つまり、ある優秀な冒険者に同時に指名依頼が出されたら、国籍、登録都市によって優先権が決まるってわけだ。
だが、税率が低い、安定した国で登録したがる人が無断で他国に越境するような弊害が何度も発生した為、無断越境の処罰は一回の試しで永久にギルド登録禁止、二回で即死刑と、とても厳しい刑罰が下される。
例外は俺のようにちゃんとした身元保証人の保証の下で入境した時だけ。それも、高額納税者の保証だけが効力を持つそうだ。そうでなければ、金に釣られてこれを商売にする人が出る恐れがあるとかなんとか……。
だが、高額納税者ってお金持ちってことか……ロガンさん一体何者なんだろう?
もしかして、貴族……かな?
兎に角、俺はロガンさんのお蔭で、無事マルパス市に入ることが出来て、冒険者登録も済ませることができた。
こんな幸運滅多にないことだろうし、いくら感謝してもしたらないな。
「ロガンさん。本当にありがとうございました」
「ワシこそじゃ。ジャパンの話は中々面白かったぞ。特に選挙とやらは本当に興味深かった」
すみません。それ、実はゲームの話と、日本の総理選挙の話を適当に混ぜた、半分ウソのようなモノです。
なんて言えるはずなく、俺は心の中でだけ謝罪しながら、ロガンさんと一緒にギルドを出た。
これで冒険者になったわけだし、残ったのは宿を確保して……いや、そろそろ小腹が減ってきたし、まずは飯だな。
でも、俺が持っている金貨10枚は使えるのかな?ここの貨幣はまだ見てないし……いや、使えても問題か。他の大陸から来た人間がいきなりここのお金持ってるなんて、説明のしようがないし……あ!考えて見れば俺がここの字を知っているのも変に思われたりしたんじゃないか?いや言葉が通じるから字が分かっていてもおかしくないか……。
だが、まだ注意が足りないぞ、俺!気を引き締めないと、何時かボロが出てしまう。
心の中で反省しながら、ギルドを出て空を見上げると、日も傾いて遠くから赤い空色が顔を出していた。
街のあちこちで美味そうな匂いも漂っている。夕食の時間が近いようだ。
やばい。匂いのせいで益々腹が減ってきた。
金が使えないんじゃ、街の外に出て何か狩りでもしなきゃダメか?
だが、必要なスキル取って狩りができるとしても、料理道具もないし、解体の経験もない俺が野外でサバイバル食なんて……どう考えても無理そうだな。
夜は魔物のレベルも上がってるだろうし。
仕方ない。今からでも何か仕事探して、飯代ぐらい稼いでみよう。ギルドは24時間運営だし、常時依頼もあるはずだ。
もし無ければ、今日はギルドで待って明日の朝一から仕事をしよう。
【睡眠効率】も持ってるし、空腹だけでは活力の低下はそこまで酷くないだろうから、なんとかできるだろう。
でも、異世界初日で出くわした最大の敵が空腹だなんて……憂鬱だな……。
まぁ、いきなり強敵と戦闘!!なんかよりは何倍もマシだが……。
「そろそろ夕食時じゃな。お主も腹が減ってるじゃろう。よし。着いてきなさい。夕食ぐらい奢ってやろう」
「え、そんな。そこまでお世話になるわけには……」
ありがたい申し出だが、いくらなんでもそこまで世話になるわけにはいかない。
背に腹は代えられないと言っても、さっきからずっと世話になりっぱなしなんだ。
「恩を着せる気などないから安心せい。この近くにワシが経営している小さな店があるのじゃ。冒険者が良く来るような店じゃから。今後ともご贔屓に、と言う意味を込めたサービスじゃよ」
ああ、本当にいい人だよ、ロガンさん。
見ず知らずの俺にここまで気を使ってくれるなんて……でも、
「すみません。ギルドは24時間運営してますから、直ぐにでも仕事がしたいです。これからは本当に自分で……」
そこで、空気を読まない俺の腹の虫が『ぐうう~』と力強く自己主張してきた。
「あ、これは……」
「ハッハッハ!お主の腹が口より正直じゃな。ほれ、ゆくぞ!」
ロガンさんはもう答えは聞いたとも言うように、俺の背を押しながら歩き出す。ここまで来たら俺も諦めざるを得ない。
その代わり、後に生活が安定してきたら、必ず恩返しをしよう。
そう心に決めた。
異世界初日にこんないい人に出会えるなんて、本当運が良かったと思う。
◇
「ここじゃ」
「え、っと。ここって……?」
ギルドから数分も歩かずに俺たちはその店に到着……したのはいいんだが……俺は店の前で足を止めてしまった。
だって、店の名前が【夜咲く黒薔薇】だったのだ。
名前だけではない。
店の看板にも色っぽいお姉さんのシルエットがあり、看板の色はピンク。
これ、どう見てもアレな店だよ、な?
確かに、荒くれ者の冒険者がよく訪ねて来そうな店ではあるな……アレ的な意味で……。
俺が門の前で戸惑っていると、店の中から傷顔のスキンヘッドの人が出てきてドスの利いた声でこう言ってきた。
「おい、まだ営業時間じゃねぇ……って親父さん!!」
ああ、やっぱりロガンさんの店で間違いないみたいだ。
「お、お~い、皆!親父さんいらしゃったぞ!!」
「そう騒ぐな。ちょっとご飯を食いに来ただけじゃ」
スキンヘッドは慌てながら中にロガンさんの来訪を知らせる。この対応を見ると、余りちょくちょく顔を出しているわけではなさそうだ。
でも、ロガンさんって一体何者なんだ?
ギルドで高額納税者と聞いた時には貴族か何かと思ってたけど、これどう見ても水商売……。
その時、中から十数人の人たちが慌てて走り出してきて、門の前で二列に並び立ち、大声で挨拶してきた。
「「「「ようこそいらっしゃいました!会長!」」」」
……会長?何会の会長?
でも、このシチュエーション……何故かドラマとかで見たような気が……。
もうダメだ、聞いてみよう。聞いてしまおう!
「あの……ロガンさんの仕事って……?」
「なんだ、坊主?知らないのか?会長はな……」
おどおどしながら口にした俺の質問にスキンヘッドが先に反応する。
そして、はずれて欲しかった俺の予想は一瞬で現実に変わった。
「マルパス一のファミリー、【トーリアスファミリー】の会長であらせられるんだぞ!」
ビ、ビックボス……ですか……。