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第1話 空雲夜(クウヤ)


「なんか、そんな創世記イヤだな……」


 これが、アーデロスの管理者と自称する女が聞かせてくれた、この世界の創世記を聞いた、俺の率直な感想だった。

 確かにこの女はゲーム【アーデロス英雄伝】のタイトル画面に出る女神とよく似た姿をしていると思う。

 

 一応、俺が死んだのは納得できる。

 建設現場でバイト中、9階から落ちて鉄骨と正面衝突する寸前までは覚えてるから。


 転生のことも納得できる。

 元々魂とか輪廻とか信じる方だった俺としては、十分に許容範囲内だ。


 だが、管理者から聞いた【アーデロス】と言う言葉にはどうしても頷けなかった。


 【アーデロス英雄伝】は俺もプレイした、いや、MOD作りとかもやるぐらい、やり込んでいたゲームだ。

 小説の設定などを無駄に再現しようとしたせいで、難易度調整に完全に失敗して、一部ではクソゲーとまで呼ばれていたゲームだったけど、MOD作りの容易性とか、カスタマイズの自由度が高さ、クエストの多様性などのお蔭で、一部では相当人気を集めていたゲームだった。

 無論、俺もそのファンの一人だ。

 そんなゲームの名前が出た時、俺はこう思うしか無かった。


『もしかして、俺はまだ死んでなくって、頭を怪我したせいで、こんな事を妄想しているのではないか?』


 すると、管理者がこの世界の出で立ち、つまり、創世記を語りだしてきたのだ。


 正直、聞き終えた今でも半信半疑で、納得なんてできない。

 魔道士がゲームと小説と現実を混ぜて一つの世界を創ったと言うのも、そんな世界で自分が転生すると言うのも、普通なら受け入れがたい話だ。


 だが、しかーし!


 これは俺としてはビックチャンスだ。

 どうせ転生するなら知っている世界がいい。

 それに、力もくれると言う話だし、剣と魔法の世界はファンタジー系RPGゲーマーの夢のステージだ。


 半信半疑から、半疑と言う二文字は片目瞑って見なかったことにする!

 現実じゃなく俺の妄想だとしてでも、結論は同じだ。


 転生して新しい人生を送るのだ。

 それも、既にある程度馴染みのある世界だ。好都合この上ないだろう?


「管理者さん。俺、転生するわ!」

「ご納得して頂いてありがとうございます。では、そこの円盤の上に立ってください。転生プロセスに移ります」


 今まで俺がいた白い空間の中に緑の円盤が現れる。

 俺は戸惑うことなくそれの上に足を乗せた。


「それでは、良い人生をお送りください。山崎(やまざき)空雲夜(くうや)さん」


 管理者の挨拶とともに緑の光が俺の身を包む。

 光の中で、俺がとても良く知っている、【キャラ設定】画面が目の前に現れた。


「へえ、キャラ設定から自分で決められるわけか……本当にゲームみたいだな……うっし!それじゃさっさと設定してアーデロスに出発すっか!」


 そして、俺は現れた画面をタッチパンネルのように手で弄り、新しい自分を作り初めた。









 ゆっくりと目を開ける。

 むせ返るような草の匂いが鼻先を通り、葉っぱが揺れる音が耳をくすぐり、少し湿気た空気が肌の温度を少し下げている。


 俺の五感が「ここは森だ」と強く主張していた。


「アーデロスか……夢じゃ、ないんだな……」


 そう、これは現実だ。

 幾ら仮想現実(VR)技術が発達してもここまでの感覚の再現は無理だろうし、脳が見せる虚像も現実の不確実性を完璧に再現するなんてできない。


「いや。ボケっとしている場合ではないな。さっさと街に行かないと!」


 ふと、ゲームのことが頭に浮かび俺はそそくさと森を歩き初めた。


 俺が転生した場所は【レガーの森】と呼ばれる、低レベルの狩場だ。

 【マルパスの街】と言う街の南に位置する森で、人(NPC)は余り寄り付かない場所だった。

 危険は少なく、人の目につきにくい、最適の転生場所だったわけだ。


 だが、俺がここを転生場所に選んだ理由は他にもある。

 【マルパス】はちょっとした城塞都市だ。地方都市で規模は小さいが、治安も良く、人たちも温厚、道も結構しっかり整備されている。

 経済面でも【ヒスラント王国】の王都【ラピアット】からさほど離れていないため、人の出入りは多く、市場の品々も良く揃って、物価も王都程高くない。


 【アーデロス英雄伝】は小説の世界設定を無駄に複雑に反映したゲームであったため、原作を読まずにゲームだけやっていた俺の知識でも、これぐらいのことは記憶に残っていた。


 もちろんゲームは、ここからかなり辺境に離れた山から始まって、ここまで来るのには5時間以上のプレイ時間が必要だったが、自由に転生場所を選べると言うので、悩んだ末に決定したのが、この【レガーの森】だった。


 そして、ここを選んだ最も重要なもう一つの理由は、【マルパスの街】の北西方面にある【星屑の迷宮】だ。


 相当経験値稼がないと、挑んだら100%即死するような場所ではあるが、流れ星が落ちて出来たクレーターの中央に地下に降りる道があるその迷宮は、中級から上級に上がる為の必須通過点だ。


 ゲームをやる時も、ほぼ中盤まではマルパスを拠点にクエストをやっていたな。

 まぁ、あの時はファストトラベル使って都市間移動なんて一瞬だったから、そんなことが出来ただけだけど……。

 今はクエストなんてないから何処を拠点にしても同じだ。

 住みやすければ、都ってわけさ。


 ということで、ここ以上の場所は俺には、思いつかなかった。

 ちなみに今の俺のステータスはこうなっている。


===============================


名前:クウヤ・レナトス

種族名:人間

年齢:15


生命力(HP):1000/1000

魔力量(MP):100/100

活力(VP):1000/1000


=基本ステータス=


力(STR):5

素早さ(AGI):5

器用さ(DEX):5

認知力(PER):5

耐久力(END):5

魔力(MAG):5

知力(INT):5


=スキル=

《絵画3》《速読1》《料理1》《魔力感知3》


=アビリティ=

《鑑定1》《自動通訳能力》《睡眠効率・MAX》《経験値ブースター》《魔導の心得1》


ステータスポイント(SP):184


===============================


 結論から言うと、名前は昔【アーデロス英雄伝】を初めてプレイした時に決めた名前で、種族は人間以外選択肢がなかった。

 ステータスは殆ど弄ってない。

 ステータス画面開けば何時でも弄れるから、必要に応じて付けて行けばいい。


 その代わり、俺が昔ゲームで使っていた高速成長(・・・・)の為に必要な三つのアビリティは予め取っておいた。


 このゲームには決まったジョブもなく、レベルもない。

 逆に全てのスキルとステータスなどにレベルがある。

 剣を振る、突く、魔法を使う、魔力を溜める、と言うあらゆるの行為からスキルかアビリティが習得でき、レベルが上がっていく仕組みになっていた。

 力か素早さなどの基本ステータスも、同じく各ステータスに対応する行動で経験値が稼げる。

 そして、各基本ステータスが一定数値に達すると、ボーナスとしてステータスポイント(SP)が追加で与えられ、成長の足しにするような仕組みだ。



 それを踏まえた上で、俺が取っておいたアビリティを見ると、


 【経験値ブースター】は、アビリティー項目の中でも一番探しにくい所に隠れている、初心者向けのアビリティーだ。

 中断することなく同じ行為を繰り返すことで、その経験値の上がり幅をどんどん上がっていく、すごいアビリティーのように聞こえるものだが、ゲームの中で同じ行為をずっと続けるなんてよほどの物好きか、成長率に拘る人間じゃ無ければ基本無いもの扱いされるアビリティーだった。

 ゲーム内時間2時間で4倍、4時間で16倍、6時間で256倍、8時間で最大値の65536倍まで上がる。正直、普通の経験値4倍、16倍でも十分過ぎる成長速度を望めるものだが、折角だから俺ができる最速の成長を狙って見ることにして、これを選んだ。

 【睡眠効率・MAX】は、15分寝ることで8時間の睡眠効率を得る凶悪なもの。

 そして、【魔導の心得】はそのレベルに与えられた全属性の魔法を自動で習得できるアビリティだ。レベルが2なら全ての1レベル。3なら2レベルの魔法属性がジャンル関係なく全て取れる。一々魔法を学ぶ為のクエストをこなすか、スクロール探しをしなくって済む、優れものだ。ゲームの解説で、あらゆる魔導を知識ではなく感覚で理解する能力、とかなんとかって書いていた気がする。


 これを利用した高速成長はとても簡単で、魔法の品々を身につけて【魔力感知】をずっと使っていると、8時間後から睡眠限界時間までの約15時間45分間、とんでもない速度で経験値が上がっていって、魔法レベルが急成長していくのだ。

 それに、魔導の心得のお蔭で、レベルに応じた全属性の魔法も自動で取れる。

 もちろん、認知力、魔力、知力も同時に上がり、ステータスポイントも急速に稼げる。


 ちなみに、活力(VP)と言うのは空腹度と疲労度を足したモノで、睡眠時間不足とか空腹になると、数値が下がって、その分だけ、全ステータスと成長率にマイナス補正がかかるようになっている。無論、病気とか、怪我とかでもVPが低下する。

 MAX値の50%までは正常、40%で3%減、30%で5%減、20%で15%減、10%で30%減、5%で50%減、最後に1%未満で90%減。

 これはHP、MP、STR、AGI、DEX、PER、END、INTに適用される数値で、成長率の方ははもっと深刻だ。

 40%で取得EXP10%減、30%で30%減、20%で50%減、10%で80%減で、5%からは経験値が入らない。

 


 健康と成長の為にはちゃんとした休息と栄養が必要。地球と同じだ。

 本当に無駄に現実的なゲームだった。


 兎に角、俺は多少チート気味ではあるが、縛りプレイするつもりなんてないから、一番効率のいい方法で成長できる道を選んだ。

 もちろん、これは魔法機能重視の成長方法であり、後からSTRとAGIを上げる為の方法も並行して使ってみるつもりだ。

 個人的には魔法と物理、どっちかの特化型が好みだが、今は欠点をなくす方向で命の危険を減らして行った方が良いと思う。

 

 だが、そんな成長も、まずは街に着くことからだ。

 他のフィルドも昼と夜の魔物のレベルが違ったりするけど、俺の記憶が正しければ、この森の場合、昼は安全地帯で、夜は相当強い奴らが出没するはずだ。

 今の俺では簡単に死んでしまう。

 もしかしたら、昼にも何かと出てくる可能性も……。


 「……急ごう」


 俺は自分を励ますようにそうつぶやいて、記憶にある山の位置などを目印に【マルパス】の方に足を急がせた。










 俺はバカだ。

 大バカだ。


 地球にいた頃からそうだった。

 無駄にお人好しで、無駄にポジティブ思考で、後先のことなど碌に考えもせずに突っ走って、失敗して……。


 高校の頃、電車の駅で痴漢に間違われた時も、監視カメラがあるから直ぐに誤解が解けるだろうと思って安心しきって、俺がいた場所が監視カメラの死角だったなんて思いもせずに、交番まで行くことになった。

 結局はなんとか誤解が解けて学校に行けたから、ただその日は運が悪かったと思って忘れることにした。

 そのことを知った家族は信じていると言ったが、信じてもらってないのはその後から、よそよそしくなった態度で良く分かった。

 俺はそれも時間が経てば何時か信じてしてもらえると思っていた。


 大学卒業後、ゲーム会社で最終面接を受けた日の夜、帰宅中に出くわしたホームレス狩りを止めようと走っていって、逆に犯人に間違われて、警察署まで行った時もそうだった。

 周りに目撃者がいたから大丈夫だろうと、ポジティブ思考を巡らせていたのだ。

 だが、その周りの人が俺のことを犯人だと証言したせいで、今回は検察にまで行くことになってしまった。

 当然、就職は失敗。

 家族にも見放され、弁護士なんて雇う金すらなかった俺は、頭を怪我して意識を失っていたホームレスのオジサンが起きてくれるまで、拘置所の中で数日を過ごす羽目になった。


 拘置所を出た後に警察から、何かの感謝状みたいな物も貰った。

 お詫び状ではなく感謝状だ。

 警察署で送検される直前、「家族の恥」とかなんとか言いながら俺を見放した家族が、俺が家に戻った時、ころっと手の平返して「信じていた」なんて巫山戯たことを口にするので、カッとなって目の前で感謝状を破り捨ててやった。


 そして、俺はその日、家を出た。


 もうポジティブなお人好しはやめることにした。

 合理的エゴイストになろうと思った。


 そう決めて、まずは仕事を探した。できれば早急に金を稼いで生活を安定させよう!そう思って見つけたのが工事現場の雑用だ。

 三日目で死んでしまって、現場の皆には本当に悪いことしてしまったと思う。


 兎に角、そうやって死んだ俺は、早く異世界を見たい気持ちで一杯で、大きいミスをしてしまったのだ。


 知っているゲームとよく似た世界だからと、ゲームの知識を優先するあまり、この世界が創られてから2000年が過ぎたのをすっかり忘れていたのだ。


 森を出て少し草原を歩くと、マルパスは簡単に見つかった。

 だが、そこは俺が記憶している、マルパスではなかった。


 高かった城壁は見る陰もなく壊されていて、綺麗に整えられていた街道は雑草に覆われ、今じゃ周りの草場と殆ど見分けがつかない。

 当然、人など一人もいない。


 異世界に来て一歩目から、この上ないほど思いっきり足を踏み外してしまった。

 もう、自分の馬鹿さを責める気力も湧かない。


 俺は少し離れた所に落ちている瓦礫に腰を降ろして、呆然と完全に廃墟化した都市を眺めていた。




 暫く、上手く回らない頭を必死で動かし「これからどうするか」考えてみる。

 だが、ここがこうなっている以上、他も俺の記憶通りってわけではないのは確かだ。


 だけど、さっさと人里を探す必要があるのは間違いない。

 道でもあればその道を辿って歩いて行けば街が見つかる可能性でも高いのに、この近くにはそれとらしい道は無いみたいだし……。


「はぁ、参ったな……」


 自然とため息が口から漏れる。

 そして、その時いきなり後ろから人の声が聞こえてきた。


「ここにはもう目ぼしい発掘品などおらんぞ?」

「!?」


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