前編
拝啓
お母さん、新居が決まりました。 木造の1LDK。 西向きで駅から歩いて五分なのになぜか家賃は五千円。
言わなくても分かるかもしれないけど、『いわくつき物件』です。
でも心配はいりません。 古い木造、軋む廊下とかいろいろ無視すれば風情があって良いところです。
いつ来てもいいですよ。
敬具
佐倉 寧
P.S. お母さんって霊感ある方ですか?
こんなもんでいいか。 ネットで書き方を調べながら、やっとこさ書けた。 メールに慣れていると、どうしても手紙にふれる機会が少なくなってきている。 年賀状なんかもメールで済ませてしまうほどだ。
仕事の関係上、この夏から勤務場所が変わった。 お金もあまりないし、仕事もすぐに始まることもあって、値段だけでここを選んだ。 初めは壁の汚れや古さにおどろおどろしさを感じたけど、しばらくするとお寺や神社のような落ち着いた雰囲気があって、今ではここを選んで良かったと愛着さえ湧いてくる。
ただ一つを除いては——。
手紙の誤字がないかチェックしていると、背中にひんやりとしたものを感じた。 ねっとりとした、まとわりつくようなものを。
後ろを振り返っても誰もいない。 小さく息を吐いて向き直ると、ほっぺに冷たい人差し指が刺さった。 透き通るほど真っ白な指だった。 その指は私から体温を奪うように身体を冷やすだけでなく、耳元から髪が擦れる音がした。
『手紙書けました?』
耳元で確かにそう聞こえた。 私しかいないはずなのに、人の声が聞こえるはずなんてない。 けれども人ではないそれなら聞こえてくる。
「誤字がないかチェック中だから邪魔すんな。 おばけ」
いわくつき物件。 その正体は、おばけの出る物件だった。
私の部屋に出るおばけは、和風ホラー映画で出てくるような髪の長い女性。 顔は小さいのに鼻は高く、まるで人形のような綺麗な顔立ちをしている。 おまけに花の装飾があしらってある赤の着物も相まって艶美な雰囲気をかもしだしている。
名前は琴乃葉 茜。 想い人と結ばれなかったショックで自害してしまい、報われる恋をしようとこの世を漂っているらしい。
『寧ちゃんのほっぺ、モチモチでうらやましいです!』
「あぁ、はいはい」
驚くことに触れることができるのだ。 ただし一方通行。 私からは触れることはできないが、茜からは触れることができる。 物も触ることもできる。 私が投げつけた物は通り抜けてしまったが……。
人間からの接触はできない、ということなのだろうか。
『グルグルしてもいいですか?』
「良いけど」
茜はほっぺに突き刺したままの指を奥深くまで差し込んで、肉を巻き込むように巻いていった。 左に巻いて、右に巻いて。
遠慮なしにくるねぇ……。 『良い』と言ってしまった以上、やめろとは言いにくい。 あぁ……鬱陶しい。
『今度はたこ焼き作ってもいいですか?』
「やめろ、バカ」
『あうぅ……、バカって言われました。 呪います』
「呪えんもせんのにバカなことを言うな」
リアルで『あうぅ』なんて初めて聞いた。 言う人はいるもんだ。
「ちょっくら手紙出してくるから留守番よろしく」
『鍵ぐらいかけてくださいよ。 不用心ですよ!』
「こんなボロいところに泥棒なんて来ないよ。 もし来ても、あんたがおっぱらってくれるだろ?」
『それはそうですけど……、『あんた』はやめてほしいです。 名前で呼んでくださいよ』
「あぁ、はいはい考えとく。 じゃ、行ってきます」
茜は変わってる。 おばけのくせに怖くないし、ぞんざいに扱っても嫌な顔をしない。
おかしい……、絶対におかしい……。




