タレントシステム 才能に支配された世界で起きた、小さな反抗の話。
この世界は間違っている。
僕がそう思ったのは、割と最近だ。
個人の才能を数値化し、高い才能を伸ばしていく社会制度、『タレントシステム』が導入されたことで、日本から極端に貧乏な人間が消えた。
それは個人の才能を数値化し、適正のある職業を選別する『タレントシステム』の恩恵と言えるだろう。
だが、僕はここに疑問を覚えた。
才能がなければ、やってはいけない。
こんな制度認めてもいいのか、と。
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個人の才能が全て数値化され、高い数値の才能を伸ばす社会制度『タレントシステム』が導入されてからというものの、学校制度も以前とは全く別のものへと豹変したのだという。
僕の通う学校は、『物書き』の才能がある人間、つまり『物書き』という才能の数値が高かった人間が通う 学校だ。
学校では『物書き』になるための勉強をし、卒業のときに改めてシステムに適正のある職業を判定してもらうのだ。
ただ、僕は『物書き』になんてこれっぽっちもなりたいとは思わない。
確かに人より文才はある気がするが、だからと言って何かを書いて生活したいというわけではないのだ。
「……はぁ」
そう考えると今日も憂鬱で、やる気が出なかった。
いつもの通学路。そこで、いつものように彼女の歌が聞こえる。
学校は僕の学生寮からは少し遠く、いつも歩いて行ってるのだが、その途中で『音楽』の才能数値が高かった人間が通う学校の横を通るのだ。
そこでは、いつも彼女が歌っている。
授業なのか、暇つぶしなのか。それは僕にはわからないけれど。
「……やっぱり綺麗な声だな」
僕はそう思った。
彼女の名前は知らない。知らないし、知りたいとも思わない。
所詮は、通学路で会う程度の関係だ。相手は僕の顔すら覚えてないだろう、その程度の関係だ。
だから、他人のままでいい。
他人のままでいたい。
僕は彼女の歌を小耳に挟みつつ、足を進めた。
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やっと学校が終わった。
いつも通りつまらなかった。
人間やりたくないことはやりたくないのだ。
才能に縛られ、システムに縛られ、やりたいことができない。
だから僕はこの社会のあり方に疑問を抱いたのだ。
帰路につく。
すると、再び歌が聞こえた。
綺麗な、彼女の歌だ。
「……あれ?」
しかしどこか朝とは違う。
なにかがつっかかる。
同じものを何度も見ることで起こるゲシュタルト崩壊にも似た違和感。
彼女の歌は朝のような元気がなかった。
「……はぁ。私、歌えなくなっちゃうのかな」
か細い声が聞こえた。
多分彼女は僕に気づいてない。
なら、そのまま聞かなかったことにして通りすぎるか?
「なんで、私の才能数値……下がっちゃったの……?」
才能数値の低下。
それは、誰にでも必ず起こる現象だ。
学校や職場では定期的に才能数値を計測する。その中で、前回の計測とは違う値が出ることがあるのだ。
普通、低下する才能は学校のカリキュラムには入っていないことだ。
例えば『物書き』である僕はカリキュラム上『音楽』が学べないために、定期的な計測で『音楽』の才能数値は低下していくように。
しかし彼女は違った。
彼女の低下した才能は、彼女の話から推測するに『音楽』。
カリキュラムで学んでいるはずのものが、低下したのだ。
それは、学生であれば転校を意味する。
才能のない人間はいらないとでも言うように、別の才能の学校へと転校を余儀なくされるのだ。
彼女はいつも、楽しそうに歌っていた。
音楽が好きだと伝わってくるくらい、楽しそうに歌っていたのだ。
それが、できなくなる。
やりたいことをやりたいようにできない世界。
やっぱり、こんな世界は間違っている。
「あの」
気づいたら僕は彼女に声をかけていた。
なにか策があるわけでもないのに、声をかけていた。
「いつも朝、ここで歌ってる人だよね?」
「……そうですけど?」
彼女はいきなり僕が声をかけたことにビクッと驚いてから、やがて落ち着きを取り戻す。
彼女の元気を取り戻したい。
彼女の歌を取り戻したい。
僕は、そう思った。
「……僕は毎日この道を通って『物書き』の学校に通ってるんだけどさ」
僕は、彼女に話し始めた。
「正直、『物書き』になんてなりたくないんだ。やりたくもないことをやらされてる。そんな気がして、やりたくなかったんだ」
彼女に不審人物だと思われないよう、ジェスチャーを交えつつ、出来る限り友好的に。
「そんなとき、君の歌を聞いた。僕はそれを聞いて、羨ましいなって思った」
そう、僕は彼女が羨ましかった。
「楽しそうに歌う君はやりたいことをやれているんじゃないかって思って、羨ましかったんだ」
こんな間違った世界で、それでも楽しそうに歌っている彼女が羨ましかったのだ。
「だから僕は今、君の声を聞いて、君を助けたいと思った」
紛れも無い本心だった。
か細い、今にも泣き出しそうな少女の声を聞いて助けたいと思えなかったら、それこそもう男として駄目だろう。
彼女は黙って聞いていた。
そして僕の話がひと段落したところで、口を開いた。
「でも、もう才能数値は出ちゃいましたから……無理なんですよ」
それは、『諦め』だった。
システムに判断され、変えることのできない事実を突きつけられ、そして生まれた『諦め』だった。
その『諦め』を告げることは、とても辛かっただろう。
才能がなくなったのだと、認めることになるのだから。
「……無理なんかじゃないよ」
「……え?」
だから僕は、告げた。
『諦め』をぶち壊すために。
『希望』を与えるために。
「才能数値を計測するシステム自体を欺くことはできない。システムを否定し、社会を根本から塗り替えるなんてこともまたできない」
少女はそれまで、やりたいことができていた。
それをひたすらに伸ばし、頑張ってきた。
しかし、システムに少女の努力は否定された。
才能がない。
無慈悲な機械の判断が、少女を『諦め』させた。
そんなの、認められるか。
たった一度才能数値が低下しただけでやりたいことをやらせないなんて、間違っている。
だから僕は認めない。
機械を、システムを、社会を。
せめて、一矢報いるのだ。
彼女に、『希望』を与えることで。
「……才能数値の低下によって、君は転校を余儀なくされた。だったら、才能数値の上昇で『音楽』を取り戻せばいい」
「無茶です! そんなこと、できるわけないっ!」
「才能数値っていうのは生まれ持った能力と、今個人の持つ能力とを合わせて計算される。つまり君の場合は個人の能力を伸ばすだけで十分『音楽』の学校に通えるはずだ」
元々彼女は『音楽』の学校に通っていた。その時点で、生まれ持った才能は十分にある。
であれば、あとは足りないものを補えばよい。
具体的には、個人の能力だ。
「練習しようよ。音楽はからっきしだけど、僕も付き合う」
「でも、私……」
「大丈夫、効率的に練習すればきっとまた歌える。次の定期検査は?」
「一週間後です……」
彼女の場合そこでまた引っかかってしまえば、おそらくその時点で転校なのだろう。
つまり、タイムリミットは一週間。
なんだ、十分やれるじゃないか。
「これから、朝と放課後。僕はここを通るから、練習しよう?」
「は、はい……」
「それじゃ、また明日」
そう言って、僕はまた帰路につく。
すると、僕の背に声がかかった。
「また、明日……」
僕は振り返り、笑いかけた。
気のせいか、彼女も少し笑った気がした。
そうして僕は背を向ける。
彼女に、システムに、そして夕焼けに。
僕は一つの決意のもと、この世の全てから背を向ける。
「彼女の歌を、取り戻す」
決意を、言った。
▼▼▼
僕は昨日、学生寮に戻ってからとりあえず音楽について片っ端から調べた。
『物書き』の才能がある僕は、資料をまとめる才能もある程度あるらしく、音楽については大体理解した。
そんな僕は今、彼女の前にいる。
もちろん、練習のためだ。
「とりあえず、仮の練習メニューは作ったから『音楽』の才能のある君の目で大丈夫か確認してみてくれない?」
「う、うん」
僕は即席で作った練習メニュー(仮)を彼女に渡す。
彼女は受け取ったメニューを一瞥し、目を見開いた。
「こ、これ……すごい! 本当に音楽からっきしなんですか!?」
「からっきしだよ。昨日調べてまとめた」
「『物書き』ってすごいんですね」
「そ、そうかな」
彼女にそう言われると少し照れ臭い。僕は照れ隠しに頭を掻きつつ笑顔を作った。
練習が、始まった。
彼女の音楽の才能はやはり本物だった。
彼女は練習を重ねるうちに、聞いてわかるほどに上達していった。
それに協力できていると思うと、なんだか僕も誇らしかった。
時間も足早と過ぎ、そして今日、ついに定期検査の日がきた。
今は検査前最後の朝練習をしている。
「あの、この一週間、本当にありがとうございました」
「どういたしまして」
「私の才能数値、上がってますかね?」
「どうだろうね」
「なんですかそれ」
僕がどっちとも言わない返信をすると、彼女は頬を膨らませた。
僕は、ちゃんとその背を押すことにした。
「でも、僕は大丈夫だと思うよ。そんな気がする」
笑顔でそう言った。
彼女は目を見開き、少し頬を染めた。
「……行ってきます!」
「ああ、いってらっしゃい」
彼女は僕に背を向けた。
きっと彼女は才能数値を上昇させているだろう。
僕も彼女に背を向ける。
背を向け、そして彼女を送り出した。
「才能数値、上がってました!」
「そっか、よかったね」
僕がその報告を聞いたのは、放課後だ。
帰宅途中彼女がいつもの場所に立っているのを見つけて、聞いた。
「本当に助かりました。ありがとうございます」
「うん、どういたしまして」
返すと、なぜか彼女にハイタッチを要求され、乾いた音を響かせた。
その後、彼女は思い出したように手を叩くと、僕に向かって言う。
「あ、そうだ! 名前聞いてませんでしたね。よければ、教えてもらえませんか?」
「ああ、そうだったね」
『タレントシステム』が導入されてからというものの、名前は生まれ持った才能にちなんだものになることが多い。
僕の場合もそれが当てはまる。
そんな僕の名前は。
「僕は咲夜綴。『物書き』の才能にちなんで、綴なんて名前なんだ」
「綴さんですね。覚えました。私は常宮奏。綴さんと同じように『音楽』の才能から決まりました」
奏は、言うと目を伏せた。
「私は危うく『音楽』を失い、『奏』なんて名前をつけてもらった意味も失うところでした。私の大切なものを守ってくれて、本当にありがとうございますっ!」
奏は、言って頭を下げる。
僕はそれに首を振る。
「本当はお礼なんていいんだよ。僕は毎日、君の歌に元気をもらってた。これはその恩返し、みたいなものだからさ」
「そんな……」
「だから、僕の方こそ本当にありがとう」
僕がそう言うと、なんだか奏の目が潤み始めた。
「あ、あれ? あ、あはは……。なんでですかね。涙が、でてっ……」
「気にしないで、泣きなよ。努力が報われたんだ、それくらいしても誰も何も言わないよ」
夕焼けに照らされたその場所に、その時少女の泣き声が木霊した。
流れた涙は、決して悲しみの涙ではなく、誰を悲しませることもない努力の涙だった。
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この世界は間違っている。
僕がそう思ったのは、割と最近だ。
今でもそれは変わらない。
『タレントシステム』という制度が間違っているという僕の意見は、今後も変わることはないだろう。
だけど僕は今回、一つの事実を知った。
こんな間違った世界でも、頑張る人はいるんだということを。
そんな人間の努力は、報われるんだということを。
どうも、青海原といいます。
このたびはこの小説を読んでいただき、ありがとうございます。
この小説はいわゆる「ディストピア小説」というやつで、前々から書いてみたかったジャンルの小説でもあります。今回は友人に書けと言われ、じゃあ短編でいいならと書いた次第です。
才能の数値化、やる前から才能のあるなしがわかっちゃうのってぶっちゃけつまんなくね? とはこの作品を書いていて自分が思ったことです。
「才能がないから」なんて理由をつけてやることを初めから放棄しないようにしないと、なにも掴めませんよね。
そんな感じで今回は書かせていただきました。
ここまで読んでくださった読者の皆さま、本当にありがとうございます。




