転校生来たる!.3
狂おしいほど美しい白の世界。
少女は、まるで朧のように溶け込んでいた。
「運がよかったわね」
その少女は振り返ると、まったく身じろぎもせず、
そちらを静かに見返す。
違和感はない。
そこに少女が居るのは当然であるかのように、
狭霧キョウスケの瞳には映っていた。
しん、と静まり返る闇夜に霧が立ち込めている。
むせ返るような、濃い白霧だ――
「夜の散歩なんて、どうかしてるわ」
先ほどからキョウスケの視線は、その美しい少女に釘付けだった。
彼の背後から突如出現した“銀の軌跡”は、まさに雷光の如き速攻で、
彼の前に立ちはだかる『巨大な影』を、ズタズタに裂いたのだった。
腰まで伸びた銀の髪。宝石を思わせる碧の瞳。
コトを終え、虚ろに佇む少女の存在感は
時間が立つごとに薄れていく気がした。
その透き通るような白く瑞々しい肌を汚すのは、
いくつもの飛び散った赤い斑点。
しかし、それすらも自然に思える。
黒と白が交互に支配する異空間。
そこに花開いた鮮やかな原色の輝きは、
まるで紅を差した女のように艶やかだった。
「視えるんでしょう、あなたも」
その刹那、周囲の木々がざわめく。
彼女の長くて美しい銀色の髪の毛が、夜風に大きく揺れた。
「その手に持っているのは、本物?」
すると“銀の少女”はようやく、
自分が手にする不釣り合いなモノに注意を向ける。
「君は、誰?」
か細い手に握られた抜き身の刃は、
仄かな月明りさえ逃すことなく捕え、そして眩く反射させる。
「……あなたは、あまり驚かない。なんでもないって平気な顔で、
“こんなモノ”を眼にしたのにとても落ち着いているのね。
あなたにとっても、これは日常の風景なの?」
「どうして殺してしまったの?」
“銀の少女”の足元は真っ赤に染まっている。
まるでスポットライトを浴びたように、
その箇所だけ奇妙に浮き立っていた。
「君は……誰?」
キョウスケはもう一度、その少女に向かって問う。
足元の血だまりに転がっていたのは、
彼女によって鮮やかに両断された『異形の怪物』――
銀の少女は言った。
「どうして殺したかなんて、そんなの見れば分かるじゃない。
死ぬところだったのよあなた。私が助けなかったら、
あなたは確実に死んでいた」
「島の神様は誰も殺さない」
「カミサマ?」
少女はそれを聞いて、足元で白眼を剥く醜い肉塊に視線を落とした。
鋭い一本角が頭部に見える。
そして一方の怪物は、全身を獣のような硬い毛に覆われていた。
「あなたのところでは、これを“カミサマ”と呼んでいるの?
……本部で聞いていたけれど本当におかしな島。
“こんなモノ”を崇拝しているなんて信じられない。
よく聞くことね。この怪物にあるのは欲望に忠実に従う本能。
“カミサマ”なんて、そんな神秘的な存在じゃない。
ヤツらは……ただのケダモノよ」
淡い月の光を全身に受け、血染めの刃を手にした少女は、
神話の世界から抜け出してきたかのように現実味がない。
「とにかく、これからは危険な夜遊びは控えなさい。
こんな場所じゃ、命がいくつあっても足りないわ」
「君はどうなの?」
――と、少女の表情が途端に強張る。
この時ようやくキョウスケは、
彼女が自分と同じ『ヒト』であると悟った。
「君はココで、何をしていたの?」
銀の少女は沈黙し、
そこに漂う重苦しい空気を払うように、刃に付いた血糊を拭った。
「……そう、ごめんなさい。私は余計なことをしたのね。謝るわ。
あなたと、無駄に命を奪ってしまった、その“カミサマ”とやらに。
今日あったことは、お互いに忘れましょう」
そして少女は背を向けた。
か細い手に不釣り合いな“日本刀”を握ったまま。
一歩、二歩、そこから進み、銀の少女はふと立ち止まる。
「もしかして、あなたは島の中学生?」
その少女は霧の中へ溶けた。
夜は更けている。
立ち込める白霧は濃くなる一方だ。
去り際に見せた彼女の美しい微笑が、
キョウスケのまぶたに深く焼き付いた。