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白きオオカミを追いかけて.9



「ちょっとちょっと! なんなの……これってどうなってるのよ、このオオカミッ!」


 キョウスケとマキの頬を、生温かい水しぶきが打ちつける。




     「“水”が天井から漏れてるわよッ!」




 天井の左隅から、まるで堰を切ったように“大量の泥水”が、ミーナとヤストラが居る“下の階層”に、勢いよくなだれ込んでくる!

「ど、どうしよう。キョウスケ……頼むから、頼むからなんとかしてくれえ! このままじゃ、俺たち溺れ死んじまう!」


 叫び声をかき消すほどの、どうどうと物凄い音を立てながら下の部屋に流れ込む大量の水に、ヤストラはすっかりパニック状態に陥っていた。


「と、と、とッ――とにかく、なにか掴まるもの……ロープ、ヒモ、とにかくなんでもイイからキョウスケェ!」

「えっ、ロープ……う、うん、分かったあ。今ちょっと見て来るねッ」

「は、は、早くしてくれー! 死んじまうー!」


 マキは、その場を大急ぎで離れていく。


 しかし、“見るべき場所”は存在しない。マキとキョウスケが居る“上層”は、ようやくひとりが通れるほどの、ほんの僅かな足場があるだけだ。

 おそらく、グルリと部屋を一周して終わりであろう。

 注意深く歩いたとして、およそ五分と掛からない。



「なあ、マジでヤバくないか……このまま行ったら俺たち――」


 そう言ってヤストラは、同じく青褪めているミーナを見た。


「死にたくねえ、こんなところで、死にたくねえよ」

「……どうして笑ってんのよ、あんた」

「はは……笑ってる? 俺が?」

「ちょっと! 気が変になったんじゃないの! バカ、しっかりなさい!」


 “水”はいよいよ、ふたりの足元を覆い始めた。

 大量の葉っぱが浮いている。それに生温かい。腐敗臭もする。



 これはおそらく、“沼の水”だ……。



 尋常でない様子のヤストラを、キッと睨みつけると、ミーナは上に居るキョウスケを見上げた。


 


    キョウスケは、“周囲”を見渡している。



   彼は冷静に、この“状況を打開する策”を巡らせていた。



「――まだ時間はあるよ、ヤストラ! それに、ふたりだけ死ぬこともない。死ぬ時は、皆が一緒だ」

「おおキョウスケェ!! おおーん。だけどよお、お前とマキまで付き合うことはねえぞォ。ここで死ぬのは、俺とミーナだけでいいッ」

「私!? 私が、あんたと? そんなのジョーダンじゃないわ!」

「おおーん。ミーナ、ケンカしないで最後は“仲良く”だ、“仲良く”。いいんだキョウスケェ、お前だけは生きて帰ってくれえ」


 そう言ってヤストラは、細いミーナの身体を抱き寄せて、大声で泣き始めるのだった。



「そうじゃなくて、違うんだ。“最悪の状況”は、“あの天井まで水が達すること”。だから例えなんかじゃなくて、死ぬ時は、僕もマキも一緒だってこと。僕たちの置かれている状況は、ふたりと変わらないんだ。……だから落ち着いて、ヤストラ。ミーナもね」


 と、泣き声がピタリと止まり、ヤストラは狐につままれたような、呆けた顔でキョウスケを見上げていた。


「……そっか。そう言えば、そうだよなあ。よく考えれば、カナヅチってワケじゃねーし、俺もミーナも泳げるし。なんだよ、ゼンゼン慌てる必要ねーじゃん」

「いや、そこまで安全じゃないんだけど」





   なんと、ヤストラの“右手”が、“ミーナの腰”に当てられている!




「あのね……どさくさに紛れて……いつまで触ってるのよッ、この“エロ男”ッ!!!!」

「へ?」


 不意打ちの強烈なビンタは、彼の身体を宙にまで浮かせた。




    「――“マキ”ッ! そこでストップッ!!!!」




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