其の島に伝はる民話
夜に気配を感じたら、立ち止りなさい。
しかし、そちらを決して振り向いてはいけない。
じっと眼を閉じなさい。
そして、こう言いなさい。
「おとうりなさい」
するとあなたは、傍を通り過ぎる何者かの気配を感じるだろう。
覗いてはいけない。
それは海へと向かって歩く、神様なのだから。
ぞろぞろと続く気配を感じたら、ぎゅっと瞳を閉じなさい。
こちらは粗相があってはならぬ。
こちらは激しい気性の持ち主だ。
「おとうりなさい」
ただ、通り過ぎるのを耐えなさい。
なにごとも無く、通り過ぎるのを彼らに向かって祈りなさい。
それは山へと向かって歩く、神様たちなのだから。
美しい月夜を畏れなさい。
そんな日は誰かと過ごしなさい。
明かりが決して届かぬ場所で、寄り添って眠りなさい。
光は山の神様を照らしているのだから。
潮の変はり眼を畏れなさい。
そんな日は誰かと過ごしなさい。
足元が決して湿らぬ場所で、寄り添って眠りなさい。
水は海の神様の通り道なのだから。
『其の島に伝はる民話』