転校生来たる!.2
「センパイセンパイッ、ミーナ先輩!」
中学生らしい涼やかな汗を滴らせ、
三年一組の教室に慌てて入って来た小柄な少女に
「転校生だろ(でしょ)」と冷めた様子で、
ヤストラとミーナは口を揃える。
即座に出鼻をくじかれた彼女は、キョトンとした表情を返した。
「これだけ狭いと、あっという間に噂も広まるに決まってる。
……はあ、私ってバカ。朝から浮かれてトコトン無駄なエネルギーを
使ったわ。ヤストラ、自動販売機からジュース買ってきて」
「チッ、冗談じゃねえや。
自動販売機なんて、“漁港に一台”しかねえだろ」
「走るのよ。イッショウケンメイあんたがね、ヤストラ」
「誰がだよッ!」
「だからあんたよ。ヤスイ・トラ」
そう言ってミーナは、ピンク色のかわいらしい財布を
カバンから取り出すと、ヒトを小馬鹿にしたように
ジュース一本分の小銭をスッと、ヤストラへ差し出した。
それからクルリと表情を変え、さきほど駆け寄って来た小柄な少女――
二年一組の“大山ヒカリ”にミーナは向き直る。
「でェ、あんたは、どこから掴んだネタ?」
年下のヒカリは、乱れた横髪を忙しくかき上げながら、
腕を汲んで一段と凄みを増す『霧ヶ島中学の女王』に対した。
「あのッ、さっきそこで! この話はアサギ先生から聞きましたァァ!」
「……やっぱり犯人はアサギね。
ホント、ヒトの噂が好きなんだから。イイ年して、だから枯れてるのよ」
「枯れてる、ってお前なあ」
「だって、完ッ全に“オバサン”じゃん。
化粧しないで登校する日もあるのよ。二十代前半とは思えない、
見事な枯れっぷりだわ。いつも家で何をしてるか知らないけど
どうせ褒められた趣味じゃない」
ヤストラは表情を引き攣らせると、
『アサギ先生擁護の弁』をゆっくり取り下げた。
どうやら女王の猛毒をまともに浴びたようだ。
「エーッ! じゃあ皆さん、もしかして、知ってるんですかあ?」
「“転校生”の件? だから知ってるに決まってるでしょ。
そんなことで、いちいち誰も驚きゃしないわよ。
あーあ、急に冷めた。なあんか、“転校生”なんて、
どうでもよくなっちゃったみたい。ヤストラ、走ってジュース」
「誰も走らねえからな!」
「でも、お友達が増えるんだよォ」
やんわりと、まるで心地よい五月の海風のように、
ツンツンとした雰囲気を洗い流したのはマキだった。
「それに、とっても可愛い女の子だったんでしょ?」
そう言ってマキは、『彼』を見た。
「キョウスケくん」
するとヤストラもミーナも、
マキもヒカリも、
椅子に深く腰掛けて静観する、狭霧キョウスケを一様に見た。
彼は……滅多なことでは動じない。
そもそも、すべてに置いて反応が薄い。それがマキと同じく
島民特有の気質なのか、元々備わった彼の特質なのかは不明だが、
いつも飄々としている。
実際は心配性で、
ミーナの軽口にも敏感に反応してしまうヤストラとは対極に居る。
しかし、こちらのふたりもまた相性がいい。
キョウスケとヤストラとの間にケンカは成立せず、
幼い頃より知る竹馬の友だ。
「そうよキョウスケ、どうしてあんたが“転校生”を知ってるの。
いーーーっも、ずーーーーっと、常に消極的行動派のあんたが!
それじゃまるで、その人に直接会ったみたいじゃない」
興味が失せ、飽きていたミーナの姿は既になかった。
興奮の度合いが一瞬で、最高潮に達した少女は生き生きとして
椅子から立ち上がると、ビシッと長い人差し指をキョウスケの眼前に
付き付ける。
「言っておくけど、アサギの情報を鵜呑みにしてるなら、
その転校生に関する情報は“半分近く”間違ってるから。
アノ人は仮想と現実の区別がつかない“ヘンジン”ということを、
ゼッタイ忘れないように」
「それは……まあ、確かに言えてる」
「アサギちゃん。夢で見た話を私たちの前で楽しそうにするよねェ」
するとキョウスケの胸倉を掴む勢いで、
ミーナが整った顔をグッと近付ける。
「それでキョウスケ、どうなのよ。その真偽のほどは?」
それからキョウスケは一呼吸置き、
そしてようやく彼が“あの時見た鮮烈な光景”を慎重に言葉を選びながら
――しかし、肝心な場面は伏せながら――ぽつりぽつりと、
皆に向かって語り始めるのだった。