転校生来たる!
「“転校生”が来るらしいぜ!」
狭霧キョウスケがそれを聞いたのは、
既に二度目のことだった。
すげえ、すげえ、と熱心に駆け寄って来るのは、
キョウスケの親友――安井トラだ。
ヤスイ・トラで、ヤストラと短く呼ばれている。
こんがりと陽に焼けているために、色白で細身のキョウスケと比べると、
余計に健康的に見える。
対照的な、ふたりが並ぶと、
白と黒のコントラストが眩しい。
「おい、もっと驚けよ! “転校生”だぞ“転校生”ッ! それに――」
「女子でしょ」
するとヤストラは驚いたように眼を丸くさせ、
それを言い当てたキョウスケを茫然と眺めた。
「ッて、キョウスケ……なんで知ってんだよ。
お前もアサギから聞いたのか?」」
アサギ、とは、彼らの担任の名前だった。
今学期、内地から赴任してきた若い女教師だ。
教師になって日が浅いらしく、いつも見ていて危なっかしい。
キョウスケたちと歳もさほど変わらないので、
尊敬よりも親しみをもって、生徒からは慕われている。
「しかしよォ、ウチの学校にわざわざ来るなんて、
よほどの物好きか、それか、アサギと同じ“ヘンタイ”だぜ、
“ヘンタイ”」
キョウスケたちが住む“島”は、本土から遠く離れている。
周囲は無論のこと海である。内地を結ぶ定期船は、木曜と日曜の、
一週間にわずか二本だけ。
新聞や雑誌などの情報は言うに及ばず、
卵や牛乳などの生鮮食品にも、こと欠くほどだ。
霧ヶ島は、三百人ほどが暮らす小さな共同体だ。
島の産業は昔ながらの漁業が中心。
豊かな自然があちこちに広がって、観光資源には恵まれているものの、
開発が進む気配は一向にない。
「それもこの時期に」
そして、霧ヶ島中学校の卒業生は、
キョウスケたち三年生――“四名”をもって最後となる。
来年には『廃校』が決まっているのだ。
「――トラ、ねえキョウスケ、キョウスケッ! ちょっと聞いた?」
そう言って、
キョウスケとヤストラの元へ嬉々としてやって来たのは、
この学校最後の卒業生となる、足立ミーナだ。
彼女の父親は、島の漁師を束ねる網元で、
すくすくと不自由なく育った少女は、
これまで困難な状況に立ち会ったことがない。
そのワガママな言動と奔放な性格とで、
周囲が振り回されることもしばしばだ。
「ねッ! なんとォ、ウチの学校にぃ!」
少女は無邪気に顔を寄せ、すごく得意そうに、
ふたりの顔を交互に覗き込む。
「なんとなんとォ、ウチの学校にぃ!」
ミーナは、とても聞いて欲しそうにしている。
「……まったく反応がないのはどうしてかしら。なんとか言いなさいよ」
するとキョウスケとヤストラは、ほぼ同時に
「転校生だろ(でしょ)」と言い当てた。
「うそ……ど、どうして二人が知ってるの……ウチのパパから聞いた、今年一番のビックニュースなのに!」
とその時、間の抜けた声が三年一組の教室に響く。
「オッハヨォー! あーッ、やっぱり居たーッ!
もう酷いよォ、ミーナちゃん! どうして今日は先に行っちゃうのォ?」
「マキ……そう、マキ、マキッ! あんたが居たわ、そう言えば!
ねえ知ってる知ってる? なんとなんとォ、ウチの学校にぃ!」
「へ?」
呆けたようにミーナを見つめる少女――麻河マキには、
脈々と流れる霧ヶ島特有の時間がある。
彼女の一族に関しては、その特徴が顕著に見られるようで、
父・母・祖母・祖父、そして妹・弟――家族全員がおっとりしている。
彼女の家を訪れた際は、ついつい時間を忘れ、不思議と長居してしまう。
常にヒトをまくし立てるような、アグレッシブな足立ミーナとは、
まるで噛み合いそうにないが、しかしなぜか――
強力な磁石のように彼女たちは互いに引き合っている。
マキが漂わせる柔らかな雰囲気の中を、ミーナは鋭く切り裂くように、
やはり早口でまくし立てた。
「頼むから、頼むからマキは新鮮な反応をちょうだいね。
なんとなんとォ、ウチの学校に今日――」
「ああそうだ。ねえミーナちゃん、アサギちゃんから聞いた?」
それを耳にしたミーナは、あからさまにイヤそうな顔をした。
「あのねえ、ウチの学校に“新しいお友達”が来るんだよお」