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異形の者.5



 力強さを増した金色の軌跡は、走り抜ける稲妻のように苛烈を極めた。


 常人が出せる速度ではない。いや、それどころか、キョウスケが知っている生物の中で、これほど激しく動くモノはない。


 いくつもの飛び交う黄色い粘液の中を、その金色の光はいとも容易く走り抜け、痛烈な掌打を異形の怪物に叩きこむ!

その度に怪物は幾度となく奇声を上げ、そして遂には一匹の怪物の腹を裂き、そこからこぼれ落ちた黒色の内容物が白い砂利の海を汚した。


(ムリすんなオジョー。いくら強化してるからッテ、オジョーの細腕ジャ、これだけの数を相手にムリダ)


 銀の少女の輝く両手は、その華々しい活躍とは裏腹に、既に感覚がなかった。

「せめて私がオトリになれば……キョウスケくんたちが逃げられる!」

(オトリどころカ、そのままオイシク喰われちまうゼ、ケケケッ)


「――う、うわあああッ!」


 ヤストラの叫び声が境内にこだまする。

腰が抜けて立てないマキの前に、あのクモの怪物が迫っている!

「は、早く立てよマキッ! ほら急げよ、早くしろよッ!」

 マキは瞳をぎゅっと瞑り、恐ろしい現実から必死になって眼を背けていた。

「ドジ、グズ、トロ子、ほら悔しいだろ! 悔しかったら立ち上がれッ」



「オトウリナサイ、オトウリナサイ、オトウリナサイッ――」



「何やってんだッ! そんなの迷信だバカ!」

「オトウリナサイ、オトウリナサイ――」

 ヤストラは懸命に手を引くが、彼女は決してその場から離れようとはしなかった。

 神様の機嫌を決して損ねぬよう、じっと動きを止め、彼らに道を譲るのだ。それは、彼女が小さい頃に曾祖母から聞いた、“この島に伝わる昔話”だった。

「どうすればいいんだよおッ! おいキョウスケッ!」




         オ望みですカ?




 キョウスケの頭に響く、謎の声――



       それガ、アナタの望みですカ?



 耳に心地よい、まるで唄うような少女の声。

 キョウスケは周囲を確認する。


 しかし、声の主はやはりない。


「なに? ノック、一体どうしたの! なんて……とてつもない〈魔力〉。この力強い源泉は、一体どこから流れて来るの!」


(……オジョー。あいつだゼ。あのヒョロヒョロのガキンチョの中ダ)




 キョウスケの全身が、やがて“水色の光”を帯びていく!



 キョウスケは、その明らかな変化に戸惑っていた。自分の身体から溢れ出る“水色の光”を、彼は両手ですくい取る。

 そこには不思議な暖かさがある。

「……そう、ようやく目覚めたのね。“狭霧の血”に」



 

 キョウスケの前に、なんと“美しい妖精”が現れた!



 

 人間の手のひらほどの小さな妖精は、まるで貴婦人のように、キョウスケにすっと頭を垂れる。



「姿を現すことヲ、オ許しくださイ」



 ヤストラとマキに迫る怪物も、その神々しい“水色の光”の前に、ぴたりと動きを止めている。



「アナタのココロの重荷となるのヲ、どうかオ許しくださイ」



(あの〈式神〉のネーチャン、ハンパじゃネーゾ。力をビンビン感じるゼ)



「全てハ、キョウスケ様のオココロのままニ」



 眼の前に現れた妖精は、まるで人間がするように柔らかく、キョウスケに微笑みかけた。

「君は……?」

「大切なゴ友人ヲ、守る力と成りましょウ。オ命じくださイ」



 そして妖精は、キョウスケの言葉を待つ。



「なにしてるのッ! 早く〈式〉を唱えなさいッ!」

 草守レイトが声を荒げる。

「“彼女の名前”よ! あなたはきっと、“それ”を知っているはずッ!」


 名前……。

 初めて会った者の名を、キョウスケが知るはずがない。


 しかし、なぜか懐かしい。


 その物憂げな青色の瞳。

 背中に光る虹色の羽。

 纏っている小さな衣服だって、どうしてかは分からないが、確かに見覚えがある。


 彼女の、名前――


 ふと、キョウスケは子供の頃を思い出した。




「“スクナ”」




 妖精は、キョウスケが〈式〉を唱えたことを悟ると、にこりと笑った。


 “スクナ”は不思議な言語で唱和する。

 そして間もなく、なんと離れたヤストラとマキの元へ、ふわりと舞い降りた“水色の光”が、ふたりを優しく包み込む。

 するとマキは、まるで何者かの呪縛が解けたかのように、何事もなく立ち上がると、とても不思議そうにキョウスケの隣に寄りそう、“美しい妖精”をぼんやりと眺めていた。

「ほら行くぞ! そうやって、また腰が抜けたらどうすんだ。いつまでもボーっとしてんじゃねー」

「う、うん。ありがとね、ヤストラくん」


 ヤストラは真っ赤になった顔を悟られぬように、マキの手を乱暴に引いて走り出した。


 止まっていた時間が動き出す。

 さっきまで死を覚悟していた獲物が、再び息を吹き返したと見たクモの怪物は、大きく突き出た醜い下腹をブルルッと震わせる。

「糸が来る」


 キョウスケは、“彼女”を見た。



 まるで海を漂う小船のように、眼の前の妖精は優雅に浮遊している。



「ヤストラとマキを助けて。――“スクナ”!」


 その刹那――

 空を覆っていた厚い雲が開け、半分の月が合間から顔をのぞかせる。


 境内に敷き詰められた白い砂利が、仄かな月明かりを反射させ、この世に出現した恐ろしい怪物の姿は、より鮮明になった。


 怪物の大きな腹の中央には、ヒトの顔らしき気味の悪い模様がある。


 眼を見開き、そのおぞましい姿をよく見るがいい!


 なんと、その怪物の腹には、



    

    --“本物の人間の顔”が、埋め込まれているではないか! 




 まるでチューインガムを噛んでいるように、クモの怪物の腹に埋め込まれたヒトの顔は、モグモグと口を動かすと、必死になって走り続けるヤストラとマキを目掛け、粘着性のある黄色い唾液を矢のように飛ばした。

「ヤストラ!」


 逃げまどう、ふたりに確実に当たる――

 キョウスケがそう思った矢先の出来事だった。


 マキは驚いて振り返る。

 その彼女の火照った頬を、細かな水飛沫が打ちつける。足元には水気を吸ってドロドロになった、ゲル状の黄色い物体が沈殿していた。






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