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ちりん、と引き戸の端にかけられた鈴が来訪者を知らせる。
町外れに建つ、二階建てのこじんまりとした家。
町の後ろにある山から町の中心地へと流れる川沿いにひっそりと建つその家は、昔からこの町で薬屋を営んでいた。
薬、あります。
としか書かれていない、古ぼけた看板。
長年、雨風に曝され泥や土などで汚されているはずにもかかわらず、書かれている文字が読めなくなる事はない。
町の中心地には、都会からの大手の薬局や町人が新しく営む綺麗なドラッグストアなどが並んでいるというのに、その薬屋は昔からずっとひっそりと建っている。
お化け屋敷のように薄汚れているわけでもない。
中心地にあるドラッグストアのように、ガラスの扉や白いアスファルトの外観ではないが、家主が時折家を整えているくらいには綺麗だ。
なのに、町人は薬屋に通ったりはしない。
大手の薬局よりも安くて、効き目が良い薬ばかりだとわかっているが必要最低限しか近づかない。
町の大人たちがなかなか通わない店には、子供たちも近寄ろうとはしないものだ―――。
ちりん、少したてつけの悪い引き戸が再び開かれる。
開かれた扉から、暖かい夏の日差しと山から流れる爽やかな水の音と、涼しい風が部屋の中へと遊びにやってくる。
「美奈子おねぇちゃん!」
自然のお客様と一緒にやってきたのは、小学校に入ったばかりの少女。
小さな身体を大きく動かして、部屋の奥に置かれた畳に座る女性に向かって駆け寄る。
「こんにちわ、百合ちゃん」
「こんにちわ、美奈子おねぇちゃん」
百合と呼ばれた少女に微笑む女性は、この店に似つかわしくない程に清楚だった。
真っ黒の長い髪は、同じ日本人の百合も羨ましい位に艶やかに輝き、真っ直ぐに纏まっている。
瞳はうっすらと茶色が混ざっているような、すこし謎めいた表情を作り出し。
夏の暑さなど感じないのか、落ち着いた黄色の着物と深緑色の帯には汗が染み出た様子もない。
「あのね、おねぇちゃん」
百合は美奈子が、自分用のコップに冷えた緑茶が注ぐのを見ながら話し始めた。
「さっき、お隣の拓実くんと奈々子ちゃんと、かくれんぼしてたんだよ」
「楽しかった?」
「うん! 奈々子ちゃんが隠れるのが上手で、全然見つけきれないんだよー」
美奈子が煎れてくれたお茶を飲みながら、話をするのが百合の最近の楽しみだった。
夏休みに入って、朝から晩まで遊び通しているおかげで話すネタはつきない。
百合の家は町の中心地にあるから、美奈子のところまでは毎日は遊びに来れないのが不満だったが、
それでも時間のある限り百合は美奈子と話していたいと思っていた。
「あのね、美奈子おねぇちゃん」
「なぁに?」
「かくれんぼしてる時にね、知らないおばちゃんが来たの」
「知らないおばちゃん?」