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灰色配達員と白山羊と

作者: シナミカナ
掲載日:2026/10/18

 都市伝説というものは廃れつつある。実際、科学や技術が発展した今、幽霊や怪物の正体なんてものはつまらないものばかりだと気づかされたからだ。

 今の世の中、口裂け女やこっくりさんの名前を出そうものなら馬鹿にされかねない。

 しかし、今一つの都市伝説が学校では流行っていた。

 それは現在進行形で目撃情報が多発しており、それも私の住んでいる地域のすぐそばであるからだ。隣の国の戦争よりも隣町に出没した都市伝説の方がよっぽどホットトピックだった。

 内容はこうである。


---夜に1人で出歩いていると灰色のコートを着た顔の見えない男が現れる。古ぼけたメッセンジャーバッグを提げていて、その格好は昔の郵便局員を思い出させる。さらに異質なのは、山羊を縄で繋いで歩いているという点だ。

 彼はこう聞く。

「山羊を見たか。」

 「はい。」と答えれば連れ去られ、「いいえ。」と答えれば何事もなく去って行くらしい。

 最初に私がこの話を友達から聞いた時は「口分け女の焼き増しじゃん。」と言ったことを覚えている。性別が変わったことには多様性を感じるし、返答次第では命が助かるという点もぬるく感じた。私はオカルトマニアという訳ではない。しかし、その話の作りの甘さとこんな話を信じる友達には少しだけがっかりした。


 その話が夜についにはニュースとして取り上げられた時にはオールドメディアの終焉を感じた。いくら話題性があるからといってこんな話まで取り上げるのか。こんなのは不審者情報として扱って近隣だけで共有していれば良いのではないか。

 スマホを弄りながら聞いていると、その不審者は隣町からこちら寄りにさらに近づいているらしい。

「近いな。」

 まるで台風の接近かのようにソファに横たわった父が独り言のように呟いた。

 流石に馬鹿らしくて聞いておられず部屋に戻ろうとしたが、これからの勉強と今のお腹の減り具合を考えてコンビニに夜食を買いに行くことにした。

「コンビニに行ってくる。」

 そうぶっきらぼうに告げた。

「気をつけろよ。」

 特に返事もせずサンダルを履いて出かけた。


 夜は深く月も半分ほどしか出ていない。コンビニまでは徒歩で数分だが大半が住宅街から離れた工場地帯を歩くことになる。

 街灯が少なくこの時間は騒音の問題なのか稼働している工場はない。自転車が通ることあるし治安が悪いことはないが徒歩の人間は私以外にまずいない。

 コンビニまで残り半分ほどの道のりのところで一つだけ街灯がある。それに照らされるようにして男は立っていた。その瞬間に私は鳥肌が立った。その男の外見というよりも雰囲気の異質さ。そして本当に居たという事実。

 聞いていた通り、彼は灰色のコートを来て古いメッセンジャーバッグを提げている。黒のロングブーツに革のズボンの端を入れ込んでいる。そして、縄に繋いだ山羊は白山羊だった。

 私は最初こそ驚いたけども、彼は少なくとも存在していて少し変な格好をしてはいるが幽霊やお化けの類いではないことが分かった。

 警察に通報するべきか。いや、もう私の存在には気づいている距離だしさっきから山羊が私の方を見て鳴いている。それよりも動画の一つでも撮ればもしかすると有名人になれるかもしれない。

 私は特にこれまで有名人になりたいだとかは思ったことがない。SNSでの自己主張も控えめだし自分の写真をネットにあげたり動画配信をしたこともない。だが、手軽に有名人になれるかもしれないという事実が私のスマホの録画ボタンを押させた。

 録画を開始した電子音が聞こえたかもしれない。だが、私は3mほど離れて横を通りすぎようとしながら何気なくスマホを彼に向けた。

「おい。」

 彼が話しかけてきた。録画について咎められるかと少しドキりともしたが、都市伝説の話としては当然の流れだった。(山羊を見たか?)この答えは"いいえ"だ。

「黒山羊を見たか?」

 黒山羊?山羊ではなくて黒山羊?私は鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をしていたことだろう。白山羊ならそこにいるが、黒山羊は見ていない。

「いいえ。」

 私は少し戸惑いながらも答えた。

「そうか。」

 そう答えて彼は特に動かなかった。答えとしては正解だったらしい。それでも私は通り過ぎてからも後ろに付いてきていないかと気にしながらコンビニに着いた。


 真っ先に飲料のコーナーに行ってドリンクを選ぶフリをしながら自分を落ち着かせていた。本当にいた。そして動画が撮れた。

 動画をスマホから再生しながら見直す。多少暗くて顔がはっきり映っていないが都市伝説の彼だと誰でも一目で分かるくらいには撮れていた。

 これをネットにアップロードすれば私は有名人になれるかもしれない。いや、ニュースで取り立たされているくらいだからきっと取材にも来るだろう。

 少しだけ広角が上がる。だが、再生した動画には私の「いいえ。」という声が入っていることに気づくと少し悩んだ。

 今のネットに自分の生声をアップロードして大丈夫だろうか。個人が特定されないだろうか。知人がすぐに気づかないだろうか。

 この一抹の不安がアップロードを取り下げた。代わりに手っ取り早く送れる母さんに送信しようと思った。


 母さんは父とは二年前に離婚していた。理由は父の酒癖が一時期悪かったことだ。父の働いている会社が倒産して再就職も難しく慣れないアルコールに手をだしたところハマってしまった。

 私はそんなことは一時的な問題で就職先が見つかれば悪癖も直ると信じていた。しかし、母さんは心優しく父は暴力こそは吐かないものの言葉遣いが荒く暴言じみた発言に愛想をつかせて実家に帰ってしまった。

 私は父と母さんなら母さんの方が好きだ。悩みにも乗ってくれるし優しい。だけど今そばに誰かが必要なのは父だと思い私は残ることにした。

 母さんも責めるもなく受け入れてくれたし、心配してよくメールをくれた。

 父は離婚してわりかしすぐに再就職は決まった。経歴に傷があるわけでもなく歳も四十と取り過ぎということもなくナリも悪くはないので当然とすら思った。

 もしかするとこれを機に母さんも帰ってくるかもしれない。メールで聞いてはみたが特に返信はなかった。大人というものは私が思っているより難しいのかもしれない。


 コンビニから出てすぐに思ったことはデカい。だった。

 店の前にある赤いポストが横たわっている。そしてその近くに高さが2mはある黒山羊が中身の手紙をむさぼり食べていた。顔は山羊で間違いなのだけど、全身の筋肉が隆々で角が禍々しく巻いてる。

 私はさっきと同じように動画で撮ろうと思った。手紙を貪るのに夢中でこちらに気づいていないしこれもネタになると思った。

 私は母さんに書きかけのメールを一時保存して動画撮影に切り替えようと思ったところで黒山羊がこちらを見つめていることに気づいた。

 手紙を咀嚼しながら黒い瞳でこちらを見つめている。私は驚いてスマホを落としてしまった。すると奈良の鹿が落とした鹿せんべいをそうするかのように黒山羊は私の元へ来てスマホを貪り食べ始めた。ガラスの破片が散らばる。目の前で大きな角が揺れている。

 私は走った。こっちの方がよっぽど都市伝説向きではないか。工場地帯に入ってあの男のことを思い出したとすぐに考えがよぎった。


 あの男が言っていた黒山羊とはあいつのことじゃないだろうか?私はさっきと違って今は見た。しかし、見たと言ってしまえば連れ去れてしまうのではなかったか?駆けていた足が少し弱まるがいつの間にか私はあの男の前まで来ていた。

 私のことは眼中にないかのように彼は白山羊に餌をやっていた。さっきの黒山羊のように手紙等の紙の類いではなく犬猫が食べるペットフードのようだ。

 その姿を見て少しだけ親近感が沸いた。あの黒山羊のように怪物の類いじゃない。彼は人間だ。同じ人間なら話は分かるはずだ。

「あの・・・。」

私は勇気を出した。

「黒山羊、見ました。」

「どこだ?」

彼は餌が入った布袋をコートの内側にしまいながら聞いた。

「こ、こっちです。」

 震える手で私はコンビニの方向を指した。彼はそちらを一瞥すると私を抱きかかえた。

「え?」

 しまった。不審者だったか。そう思った次の瞬間には私は空を跳んでいた。

 眼中に広がる今まで見たことのない視点の高さ。しかし、地図のアプリでみたことのある見知った景色と強い風が私が空中にいると教えてくれた。

「どれだ?」

「あ、あそこです!」

 暗い中でわりかし明るい点それを指さした。私がさっきまで来店していたコンビニである。風がさらに強くなるのと同時に徐々にその点が大きくなってきた。いや、これは落ちているのだ。

 声にならない悲鳴をあげる。無我夢中で彼にしがみつく。驚くほど軽い衝撃が体を揺さぶる。目を開けると目の前には先ほどの黒山羊がこちらを睨んでいた。

 彼が私を離すと腰が抜けてしまい、歩き方を忘れたかのように地を這いその場から離れようとした。

 黒山羊が鳴く。彼は何かを呟いて自分の白山羊を撫でるようにした。そうすると”そうなることが決まっていた”かのように白山羊は無機質な散弾銃へと姿を変えた。

 中折れ式の散弾銃を折り、コートの中から銃弾を二発取り出した。それは鏡面に磨きあげられており洋式な模様が彫り込まれている。それを装弾し終わると黒山羊が彼に突進した。

 銃声が一つ響き渡る。彼の無機質な顔が一瞬だけ明るく照らされ黒山羊は血を吹き出して倒れていた。彼は銃口を黒山羊の頭に向けて止めを刺した。

 先ほどのグロッキーさとは裏腹に命が途絶えたと思われる黒山羊の体が強く光り、たくさんの蛍が一斉に逃げるかのように散らばっていった。


「かなりため込んでいたようだ。」

 男の方を見るといつの間にか白山羊は元の動物らしさを取り戻していた。

「い、今のは…?」

「ただの化け物だ。配達前の手紙やメールを食い荒らして肥える。」

 男はコートのポケットから細巻きの煙草を取り出してくわえた。美味しそうに薄い白煙を口から吐き出す。

「昔はもっと俺みたいに退治するやつが居たが今は高齢化が進んでいてな。その所為で最近はろくに手紙が届かねぇ。」

 白山羊が煙から逃れるようにこっちへと来たがっているが彼がそれを制するように縄をたぐる。

 依然として私は状況を飲み込めないまま座り込んでいた。夢のように思えるが目の前の都市伝説の男がどうやら現実であると証明していた。

「当分は現れないから忘れることだ。これからは前よりも手紙やメールが届くようになるさ。」

 彼はコンビニの灰皿で煙草を消すと白山羊の縄を引いた。大人しく彼の後を追うように彼の歩く後ろをついて行き姿を消していった。首から提げている鈴を鳴らしながら。


「遅かったな。」

 父は出かける前と同じようにソファの上でくつろいでいた。部屋にかかっている時計に目をやると思ったより時間は経過しておらず一時間もかからずに帰れていたようだ。

「都市伝説の男がいた。」

 父は食べていたポテチの袋を落とした。

「な、なにもされなかったのか!?」

「煙草を吸う男って良いね。」

「はぁ?」


 私の変な体験は翌日の学校では誰にも話さなかった。誰も信じないことは分かっていたからだ。いつものように授業を終えて帰って寝た。

 壊れたスマホは父に言って次の休日にショップへ行って買い換えた。そして驚いた。過去未読であったメールが一度に大量に届いたからだ。

 今は会っていない昔の友達のものからわりかし最近の母さんからのもの。なぜ今頃。

 それは彼の言っていた黒山羊の仕業でそれを退治したことで届いたのかも。そう思うようにした。事実は私には分からないがそれが一番納得できた。

 母さんからメールが届く。今さっきのだ。内容は父とやりなおしても良いが父が今はどうなのか、どう思っているか。そんな内容だった。

 それから父と母さんはメールでやりとりを重ねて、会って話すことが多くなった。

 再婚すれば良いのに。私はいつも思う。ただ慌てることはないとも思う。

 私はたまにクラウドにバックアップされていた彼の動画を眺めては微笑んだ。

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