東京常盤屋紳士服店
東京常磐屋紳士服店
来客1:ダンジョンストリーマー
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皇居が消えた。
ある朝、東京の中心に存在していたはずの皇居は、直径数キロにも及ぶ巨大な穴へと変わっていた。
その底は見えない。
調査隊が降下し、ドローンが送り込まれ、世界中の衛星が観測した。
そして人類は知る。
穴の先に広がっていたのは、東京でありながら東京ではない世界だった。
鉄道は無人線へと変わり、超高層ビルは魔物の巣となり、地下鉄網は巨大迷宮へ姿を変えていた。
まるで現実の東京を模倣するように稼働する異世界。
世界はそれを【――東京ダンジョン】と呼んだ。
さらに人類を混乱させたのは、そこで発見された法則だった。
火が何もない空間から発生する。
雷が手のひらから放たれる。
傷が光で治る。
物理学を無視した現象。
人類は新たな学問体系を生み出した。
魔法学。
世界中の大学が研究に乗り出し、国家予算が投じられ、企業が参入した。
そして当然のように、東京ダンジョン攻略を目的とした冒険者たちが誕生した。
頂点には、最初に迷い込んだ皇宮警察をルーツとする東京ギルド。
その下に千代田クランから端を発する23区分の公認クラン。
公認クランの中からは、
池袋連盟。上野探査局。秋葉原工房。などなど・・・
有名どころの小隊、いわゆる【攻略パーティー】が生まれていった。
数多くの組織が覇権を争い、日々ダンジョンへ挑み続けた。
世界中の人間が注目する街、東京ダンジョン。
誰もが思っていた。
ここから新時代が始まるのだと。
だが。
そんな大騒動の中心部から少し離れた江東区常盤1丁目
【東京常盤屋紳士服店】
その店だけは違った。
3年前。
先行攻略隊の一人だった私は、パーティーから盗みを働きその店へと転がり込んだ。
玄関には割れた扉のガラスが散り、ショーケースの中のスーツは酷い汚損を果たす。
ギルドに科せられた罰金10,000,000イェル。
以来ワタシは、ここでバイトをしている。
『いらっしゃいませ。ようこそ東京常盤屋紳士服店へ。」
静かな声が店内に響く。
年齢不詳の店主が、いつも通り頭を下げる。
背筋は真っ直ぐ。
七三ちょび髭。
漆黒のスーツ。
名前は常盤 誠一郎。
店主である。
「大変です!」
「何がですか」
「何がですかじゃありません。」
ワタシは新聞を叩きつけた。
一面には巨大な見出し。
『第三階層攻略成功!』
『新種魔法発見!』
『渋谷クラン、国連と共同調査開始』
「見てマスター、世界が変わってるんですよ!?」
「そうですね」
「そうですねじゃないですよ!」
常盤は眼鏡を整えた。
「それで?」
「それでって……」
「お客様は来ますか?」
「来ますけど……」
「服は必要ですか?」
「必要です」
「でしたら何も変わりません」
ワタシは頭を抱えた。
この人は本当に変わらない。
世界がひっくり返っても変わらない。
「マスターは怖くないんですか?」
「何がです?」
「ダンジョンですよ!」
「えぇ」
「魔物ですよ!」
「そうですね」
「魔法ですよ!?」
「便利ですね」
会話にならなかった。
その時だった。
店の扉が開く。
・
・
・
・
・
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{来客1:ダンジョンストリーマー}
常連度☆
種族:人間♀
年齢:19歳
戦闘:音と光の魔法
所属:渋谷クラン{#リー生}
アドバイスQ:「Towich登録者87万人!!青ベースに黄色のカミナリマークをあしらったヘアー。キャピキャピ系きたる。ガンバレ椎名!!」
来客ヒトコト:「令和を切り裂く、配信ジャンキー!!高評価・チャンネル登録よろしく!!」
――HP100
――DP220
※HP→残存生命力(成人の満タンは平均100であるが上限ではない。)
※DP→総合力(成人の平均は男女問わず100であるが上限ではない。)
◇ ◇ ◇ ◇
「たのもー!」
勢いよく扉が開いた。
飛び込んできたのは若い女性だった。
グラデーションのある青髪を後ろでまとめ、紺色のベストを着ている。
後方には追従するように超小型ドローン。
今風の、今風を超えたレベルの、若い女の子だ。
しかし腰には短剣を携える。
装備はいかにも冒険者といった姿。
「イェーイ!!プチ話題の装備屋さんに突入~!!ねぇねぇ店主さん、このリーナ様(Liiina@004#リー生)に似合う、渋谷ダンジョンぶち上げ攻略のチョーカワな鎧ある~?」」
「かしこまりました。素材はありますか?」
常盤が即座に対応する。
「これ使ってぇ~♪」
「用途は」
「渋谷ダンジョン三層攻略だよん。」
「……」
ワタシはマスターに視線を向ける。
「レッツ~、ドラゴン討伐~!!」
「なるほど」
常盤は採寸用メジャーを取り出した。
「火炎耐性は必要ですか」
「要りまくり~☆」
「龍血による腐食対策は」
「欲しすぎ~♡」
「飛行移動は」
「うーん、地下だしいらないかも~!」
「承知しました」
何でそんな注文に慣れているんだろう。
冒険者じゃない癖に。
数十分後。
常盤は店の奥から生地を持ってきた。
「こちらをおすすめします」
「見たすぎ~」
「第二階層産ミスリル繊維混紡生地です」
「高そうくね?」
「はい」
「いくら?」
「八百万円ほど」
冒険者は即決した。
「おねよろ~!!」
「ありがとうございます」
ワタシはもう驚かなかった。
最近では八百万円の胸当てなど普通だった。
魔物素材市場が爆発的に成長しているのだ。
――カランコロン。
「ありがとうございました。」
「ありがとうございましたー。」
・・・
そこへ再び扉が開く。
今度は三人組だった。
見るからに渋谷クラン所属。
派手な装備。
派手な髪色。
派手な態度。
常盤の目が少しだけ細くなる。
「椎名さん」
「はい」
「アポ無しの渋谷クランのお客様には服を触らせないように」
「はい?」
「以前、展示品を試し斬りされました」
「あぁ……」
「損害額は一千二百万円です」
「なるほど」
常盤は真顔だった。
怒っている。
ほんの少しだけ。
「また新宿ダンジョン帰りのお客様は入店をお断りしてください」
「何でです?」
「スライム臭が取れません」
「それだけ!?」
「大問題です」
常盤は真剣だった。
服屋にとって臭いは敵である。
魔王よりも敵である。
少なくとも彼にとっては。
「というか、あのキャピキャピ配信者はアポ有だったんですね?」
「えぇ、しっかりした子ですよ。」
・・・
その日の夕方。
店は静かだった。
美咲はふと尋ねた。
「マスター」
「はい」
「常盤屋って何年続いてるんですか?」
「五百三十七年です」
「戦国時代じゃないですか」
「そうですね」
「どうして残ってるんです?」
常盤は少し考えた。
そして窓の外を見た。
ダンジョン化した東京。
魔法。
冒険者。
変化の時代。
「人は変わります」
静かな声だった。
「国も変わります」
夕陽が差し込む。
「価値観も変わります」
店内の古時計が時を刻む。
「ですが」
常盤は笑った。
「服が必要なくなった時代はありません」
ワタシは黙っていた。
「戦国時代も」
「……」
「江戸時代も」
「……」
「明治も昭和も平成も」
「……」
「皆、服を着ました」
常盤はゆっくりと話す。
「ですから大丈夫です」
何が大丈夫なのかは分からない。
だが不思議と説得力があった。
五百年以上続く店の重み。
それが言葉に宿っていた。
その時。
ワタシはふと、SNS『Z』のトレンドに目を落とす。
そこには血だらけのリーナ様が担架で運ばれている動画が投稿されていた。
新調した胸当てには、大きな爪痕が残っていた。
知っていた。
ダンジョンが危険なことは、この身を持って知っていた。
ワタシはこの眼で見えていた。
彼女には渋谷ダンジョンの3層が、分不相応なことも。
私は、画面を見つめたまま動けなかった。
『渋谷ダンジョン第三層、攻略失敗』
『配信者リーナ氏、重傷』
『同行パーティー四名のうち二名が負傷』
次々と速報が流れていく。
さっきまで、この店にいた女の子。
「レッツ~、ドラゴン討伐~!」
そう笑っていた。
その姿が、頭から離れない。
「マスター」
「はい」
「……あの子、大丈夫ですかね」
常盤は答えなかった。
店の奥へ歩いていく。
そして、壁に掛けられた古い帳簿を一冊取り出した。
「何してるんです?」
「確認です」
「何を?」
常盤は帳簿を開いた。
そこには、細かな文字がびっしりと並んでいる。
冒険者の名前。
採寸。
素材。
依頼内容。
製作日。
修繕日。
そして、その下には。
『生存』
『死亡』
という二つの欄。
「……何ですか、これ」
「顧客台帳です」
「いや、そうじゃなくて」
私はページをめくった。
一人。
また一人。
数百人。
千人を超えている。
そして、その多くに小さく丸がついていた。
生存。
その隣には、何百年も前の日付。
「これ……」
「当店で服を仕立てた方々です」
「五百年前の人まで?」
「えぇ」
常盤は淡々と答えた。
「戦で亡くなった方もいます」
「……」
「病で亡くなった方も」
「……」
「事故で亡くなった方も」
ページをめくる。
「ですが」
そこで常盤の手が止まった。
「服のせいで亡くなった方は、一人もいません」
私は顔を上げた。
「それが、当店の誇りです」
静かな声だった。
いつもの常盤だった。
世界が魔法に包まれても。
ダンジョンが現れても。
五百年前と同じ顔で、同じように服を作っている。
「……マスター」
「はい」
「もしかして」
私は壁に掛けられたミスリル繊維の見本を見る。
「この店って、ただの服屋じゃないんですか?」
常盤は少しだけ笑った。
「ただの服屋ですよ」
「でも……」
「冒険者の方々は、命を懸けてダンジョンへ行く」
常盤はミスリル繊維を手に取った。
「ならば、その命を預かり、時には看取るにふさわしい最高の服を作る」
指先で生地を撫でる。
「そこに対して一切の妥協を排除する。そうすれば、やがてその服は数多ある物語の最高の一助となるでしょう。」
「物語の……一助」
「それだけです。――それが常盤屋の存在理由ですよ。」
常盤は帳簿を閉じた。
ぱたん、と。
それはまるで、話を終える合図のようだった。
「さて」
常盤は時計を見る。
「閉店まで、あと三十分ですね」
「……え?」
「明日の開店に備えなければなりません」
「いやいやいや!」
私は思わず立ち上がった。
「リーナさんのことは!?」
「心配ですね」
「ですよね!?」
「えぇ」
「だったら何かしないんですか!?」
常盤は少しだけ考えた。
「……しますよ」
「え?」
「明日の朝一番で、病院へ請求書を届けます」
「そこ!?」
思わず叫ぶ。
しかし常盤は真顔だった。
「残りの代金をいただかなければなりません」
「命懸けで戦ってる冒険者に!?」
「命懸けだからこそです」
常盤は帳簿を指で撫でた。
「服を作る者は、服を売って終わりではありません」
「……」
「その方が生きて帰るまでが、仕事です」
私は黙った。
常盤は立ち上がり、店の奥へ向かう。
「修繕も必要でしょう」
「……胸当て」
「えぇ」
「あんなに傷だらけだったのに?」
「だからです」
常盤はミスリル繊維の見本を一枚、机の上へ置いた。
「傷ついた服を直すのも、仕立屋の仕事ですから」
「……」
「それに」
常盤はほんの少しだけ笑った。
「まだ、彼女の台帳には『死亡』の印がありません」
その言葉に、私は息を呑んだ。
帳簿を開く。
顧客番号537A0037。
シグナルの横には――
『生存中』
とだけ書かれていた。
「……生きてる」
「えぇ」
「じゃあ……」
「明日も、お客様です」
常盤はそう言って、いつものように眼鏡を整えた。
その顔には、焦りも悲壮感もない。
ただ、五百三十七年間。
変わらず店を守ってきた職人の顔があった。
――カラン。
古時計が鳴る。
閉店時刻。
私は店の照明を落とした。
窓の外には、夜の東京ダンジョンが広がっている。
遠くでは巨大な魔物の咆哮。
空には魔法灯。
高層ビルの壁面を、探索者たちの広告映像が駆け巡っている。
『第四階層攻略隊、募集中!』
『新種魔法、世界初公開!』
『東京ダンジョン公式攻略配信、今夜二十時!』
世界は今日も、先へ進んでいる。
なのに。
この店だけは、変わらない。
五百三十七年前から。
そして、たぶんこれからも。
私はシャッターを下ろす。
「マスター」
「はい」
「また、リーナさん来ますかね」
常盤は少し考えてから答えた。
「来ますよ」
「……どうして分かるんです?」
「服がありませんから」
「……」
「新しい鎧が必要でしょう」
「……そうですね」
ワタシは笑った。
「じゃあ、明日も忙しくなりそうですね」
「えぇ」
常盤は店の鍵を閉めた。
「それが一番です」
東京の夜に、シャッターの音が響く。
その向こう側。
五百三十七年続く仕立屋には、明日のための生地が並んでいる。
ミスリル。
龍鱗。
魔獣の毛皮。
未知の魔法繊維。
そして、何より。
誰かが生きて帰ってくることを信じて作られる、一着の服。
「入口から表世界へ帰るときは――」
「埃を払って、ですよね?」
「えぇ。」
「常盤屋の最高の福利厚生がここですよね。東京で唯一、表世界と直通する玄関。〇ウルの動く城みたいです。」
「椎名さん。可能なら、皇居口から帰ってくださいね。政府にバレたら追加で罰金ですよ?」
「無茶言わないでください!隅田川のモンスターに絡まれるのはもうコリゴリです!!」
「都営地下鉄の無人線を使えばいいでしょう?」
「ホームまでが危ないから嫌ですう!!」
――東京ダンジョン。
世界が変わった。
人も。
国も。
科学も。
常識も。
けれど。
人が人である限り。
服を着る。
戦う者がいる限り。
帰ってくる者がいる。
そして帰ってきた者には――
また、明日の服が必要になる。
だから今日も。
東京常盤屋紳士服店は、店を閉める。
そして明日の朝。
何事もなかったかのように。
また、扉を開く。
『いらっしゃいませ。ようこそ東京常盤屋紳士服店へ』
――これは。
世界を変える冒険者たちの物語ではない。
彼らが命を懸けて歩いた、そのすぐ隣で。
五百三十七年間。
変わらない一軒の仕立屋と。
その店を訪れる人々の物語である。
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東京常盤屋紳士服店 顧客台帳
――創業 五百三十七年目也
店主【常盤 誠一郎】
当店にて衣服を仕立て、修繕し、納品した者の記録。
生存欄については、最終確認時点のものとする。
本日
【顧客番号:537A0037】
氏名:阿澄 利衣菜
年齢:19歳
種族:人間
魔法:配信開始!!(固有魔法:属性①光②音)
所属:渋谷クラン{#リー生}
職業:ダンジョンストリーマー
性質:真面目、努力家、野心家
戦闘能力:DP 220/ 上級冒険者程度
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注文品:軽装防具一式(胸当てなど)
採寸:身長158cm/体重48kg/胸囲82cm/腰囲58cm/臀囲84cm/肩幅37cm/腕長52cm/股下73cm
素材:第二階層産ミスリル繊維混紡生地/火竜革/魔獣腱糸
依頼内容:渋谷ダンジョン第三層攻略用軽装鎧。火炎耐性、龍血腐食耐性を付与。軽量性および魔法行使時の運動性を優先。
製作日:○○年○月○日
修繕日:○○年○月○日(初回修繕)
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シグナル:【生存中】
主なニュース:『東京ダンジョン医療班、年間救助者数一万人突破』
備考:U19カテゴリでは指折りの実力者。後日、顧客からの修理依頼を承諾。
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TIPS『主人公について』
【顧客番号:534J0001】
氏名:椎名 ワタシ
年齢:17歳
種族:人間♂
所属:墨田クラン{パーティー無所属}
職業:アルバイト
性質:思慮深い、勇敢
戦闘能力:DP395(一般車で言う最高時速395km/hに相当する上位ランカーです。)
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注文品:???
採寸:身長164cm/体重57kg/胸囲85cm/腰囲60cm/臀囲87cm/肩幅40cm/腕長56cm/股下84cm
素材:???
依頼内容:???
製作日:○○年○月○日
修繕日:未修繕
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シグナル:【生存中】
主なニュース:『皇居に大穴出現!?京都市民「おかえりなさい。」』
備考:最初の探索隊の一人。誰に狙われていたのでしょうか。




