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仮面の王子の病を治せるのは私だけでした

作者: 新田青
掲載日:2026/03/03


 私は転生者です。前世は自堕落な看護師でした。


 今世は平民のレオナとして生きてきて、今は王宮で働いています。貧しい家に生まれた私にとって幸運だったのは、私に錬金術の才能があったことです。


 陰謀渦巻く王宮に足を踏み入れた日、とても緊張したのを覚えています。私は元来小心者ですが、時に自分でも後悔するほど好奇心に動かされてしまう時があります。


 それがこの王宮では発揮されないよう、私は日々慎ましく過ごしていました。


 そんなある日、先輩の錬金術師からある事を告げられました。


「離宮には堕ちた麒麟児がいる」


 私は好奇心を抑えられず、方々を訪ねて麒麟児について聞き周りました。


 どうやら謎の麒麟児の正体は、あの第二王子殿下、カルヴィン様らしいのです。


 王族であることを示す白銀の髪と、ルビーの様に煌めく瞳を持った絶世の美男子。


 曰く、類稀な剣術の才能を持ち、その頭脳は軍略において右に出るものはいないという、戦争の申し子との事です。


 お目にかかった事はありませんが、貧民として日々を生きることに必死だった私でも知っているくらい、第二王子殿下は有名な方ということです。


 そんな方が、離宮に隔離されているという噂を聞いて、私はますます好奇心が首をもたげるのを止められませんでした。


「ねえ。お願いがあるんだけど──」


「いけません。レオナさん。そんな事をして、もし何か悪心の企てがあると思われたら」


「少しだけだから。お金欲しいでしょ?」


 離宮の管理をするメイドに頼み込み、私は離宮に潜入する事を決めました。


 メイドから話を伺ったところ、どうやら第二王子殿下は酷く神経質な方で、いつも鉄仮面をつけて誰にも素顔を晒さないのだとか。


 私はその真相を調査すべく、離宮に足を踏み入れたのです。



 ***



 ドアを開けると、様々な薬草の匂いが混じった香りが、部屋の中に充満していました。


 メイドの格好をして、食事を持ってきたのですが、どうやら王子殿下は眠っている様です。


 静かに食事をテーブルに置いて、私は殿下の眠るベッドに近づきました。


「──新しいメイドか」


 飛び退いてしまうのを我慢した自分を褒めたいです。どうやら体を寝かせているだけで、眠っているわけではなかったみたいです。


「はい。本日から離宮で務めることになりました。レオナと申します」


 咄嗟にそんな嘘を吐いてしまって、私は心底後悔しました。ですが、殿下ほどのお方が下々の者をいちいち気にしないことも知っていたので、すぐに気を取り直します。


「そうか。元々のメイドが何かやらかしたのか? それともこんなにも教育がなってないメイドを寄越すということは、既に俺には何の価値もないということか」


 王子殿下の言葉に私は戦慄しました。


 どうやら、私にメイドの心得が欠片もない事を見破られているご様子です。私は何か言わなければと思い、慌てて口を開きました。


「申し訳ありません。殿下に一目お会いしたいと思い、メイドにお願いしたのです。私は王宮に務める錬金術師です」


 頭を下げ、必死に懇願する。私の命など、この方にとっては羽虫の一匹と同義だろう。


「──そうか。よい。許そう」


 王子は鉄仮面から覗く瞳を窓に向けながら、そう言われました。


 どうやら随分と自暴自棄になっているご様子です。その鉄仮面の中の素顔がどうなっているのか、私の悪い癖がまた顔を出しました。


「どうか殿下。一度だけご尊顔を見せていただけませんか」


「なんだと?」


「王宮に王子殿下あり、と言われるそのお顔を見てみたいのです」


 王子はようやく顔をこちらに向けました。影の様に暗い穴の中から、二つの赤い瞳が私をみています。


「いいだろう。だが、今の私は病に冒されている。私の顔を見たいと言ったな? この素顔を見ても恐れないというのなら見せてもいい」


「約束いたします」


 錬金術師になって、数多くの患者と向き合ってきた。その中には目も当てられないほど痛々しい患者も山ほどいたのだ。


 王子殿下は自らの仮面を外し、その素顔を顕にしました。


 皮膚の斑紋や、結節。爛れのような症状。きっとその衣類の下も、似た様な症状なのでしょう。


 私はこの病気を知っています。前世では多くの人を苦しめ、治療法が確立されるまでは多くの命と尊厳を奪った病です。


「癩病ですね」


 癩病、またはハンセン病。


「知っていたか」


「ちょっと失礼しますね」


 王子の顔を近くで見て、その症状を細かく診断してみる。


「発症してどのくらい経ちますか?」


「四ヶ月ほどだ」


「体の動かし辛さはありますか?」


「いや、特にはない」


 そうなると、どうやら初期の状態みたいです。私は錬金術で、癩病の治療薬を作り出すことができます。


「もしよろしければ私の作る薬を飲んでみませんか?」


「癩病は不治の病だ」


「ええ。そういう扱いなのは知っています。けど、私、実は癩病の患者を治療した事があります」


 私の言葉に王子殿下は驚いた様子です。


「なんだと? その患者はどうなった?」


「今は完治されて、畑を耕しています。もしよろしければ患者の経過を観察した記録もお持ちしますよ?」


 王子殿下はとても狼狽されました。それもそのはずです。突然部屋を訪れた錬金術師が、今まで誰も治せなかった病を治せるなど信じられないのでしょう。


 一介の錬金術師の言う言葉など、王子殿下には届きはしない。そう思っていました。


 ですが、王子殿下は私が思っている以上に勇敢で、強いお方でした。


「レオナと言ったな。薬は既にあるのか?」


「いえ。けど、すぐに作れます。一週間もかからない筈です」


「そうか。ならばすぐに取り掛かってくれ」


「ですが、殿下。一つ問題があります。私は宮廷錬金術師の中では、まだ新人も新人です。私を信じてくれたのは嬉しいのですが、薬を服用するに当たって、数々の許可がいります」


 そうです。私はこの王宮では下っ端も下っ端です。私が王子殿下を治療するには、あまりにも信用が足りないのです。


「それは任せてくれ。お前は薬を作る事だけに集中しろ。他の業務もしなくて済む様に働きかけてやる」


「それはありがたいです」


「一つ聞きたい。お前から見て、俺は治る見込みはあるのか?」


 王子殿下の目は不安に揺れていました。勇名轟く王子殿下でさえも、期待と絶望の間におられては恐れを抱くのだと安心しました。


「はい。必ず」


 王子殿下は驚いた様に目を丸くしたあと、少し微笑まれました。


 その時、私は初めて王子殿下も一人の人間だと思えたのです。


 ***


 堕ちた麒麟児と噂されている王子殿下ですが、その影響力は凄まじいものでした。


 今まで私に雑用をさせていた先輩も、口うるさく叱る上司も、鶴の一声で王子殿下が黙らせてくれました。


 私は錬金術を用いて、すぐに治療薬の作成に取りかかりました。治療法は複数の抗菌剤で、病の病原菌を叩く多剤併用療法です。


 ですが、新たな障害が生まれました。


 それは、第一王子殿下が、お見えになったのです。


 どうやら国王陛下に、第二王子殿下を離宮に隔離する様進言した方らしいです。第一王子殿下はクロード様といい、あまりいい噂は聞かないお方です。色事に非常に旺盛で、様々な貴族令嬢と噂が絶えないのです。


 その上に私の実家がある場所を、再整備して村人を追い出すという事業を計画されている方です。


「お前がカルヴィンの治療をするという錬金術師か」


「はい」


「治るというのは真実か」


「わかりません。けど、同じ病の患者を治療した事がございます」


 クロード様は何かを考え込んでいるご様子でした。その目が酷く濁っていて、私は恐怖を抑える事ができませんでした。


「これをお前に渡しておこう。地方に群生する花の蜜だ」


「これ……」


「知っているか。末端といえど錬金術師ということか。そうだ。これをカルヴィンに飲ませろ」


 この花の蜜は猛毒です。この小瓶の量を飲めば、どんなヒグマでさえも死に至るでしょう。


「できません。殿下。どうかお許しください」


「私が再開発する土地に、お前の両親が暮らしているな」


「はい……」


「もしもこの提案を飲むならば、お前の両親には再開発した後で済む家を用意しよう。農作を営む立派な畑も」


「……」


「選択の余地はない。わかるな?」


 きっとクロード様は、私がこの計画に乗らなければ殺すでしょう。そして両親も。


 去っていくクロード様の背中を見ながら、私は好奇心は猫をも殺す、という事実を深く再確認しました。


 ***


 最初の治療薬が出来て、私は王子殿下の部屋を訪れました。


「これを飲めば治るのか?」


「はい。その筈です。ですが、今回限りではなく、長い期間服用されないといけません」


「そうか」


 王子殿下は迷う事なく薬を飲まれました。躊躇う様子を微塵も感じさせない態度は、私が毒薬を盛っても同じでしょう。


「どうした? 顔色が悪いが」


「あ……いえ。なんでもありません」


「ふむ」


 王子殿下は顎に手を置いて何かを思案されています。


「──クロードか?」


「あ……」


 私は心の内を読まれているのではないかと疑いました。


「奴が何をするかくらい、想像すればわかるからな。だが、思っている以上に早かったな。相変わらず堪え性のない男だ」


 王子殿下はうんざりする、といった雰囲気で瞼を伏せました。


「申し訳ありません……隠していて」


「構わない。お前からしたら板挟みの状況だろうからな」


 王子殿下は全く怒ってはいない様子でした。それどころか、私をとても優しい目で見ます。


 クロード様とは違い、カルヴィン様の瞳はとても真っ直ぐだと感じました。その瞳が、私の口を軽くするのです。


「毒を盛れと言われました」


「そうか。それは預かっておこう」


 私は言われた通りに小瓶を懐から出しました。その後で、使う気はないといっても王子殿下の部屋に毒を持ってきてしまった自分の浅はかさに恐れを抱きました。


「申し訳ありません」


「そう何度も謝るな。だが、クロードがお前に手を出してきたのは問題だな。仕方ない。どちらの板が強いのか見せてやる」


「自分が情けないです」


 私のちっぽけな好奇心で、両親が危険な目に遭う。それは、私がどれだけ王宮を舐めていたのかがわかる事実でした。


 もしも、このまま王子殿下の治療を続けて、優しい両親が亡くなってしまったらどうしよう。そんな考えが頭に浮かんで、思いがけず涙が出てきました。


「泣くな。お前が考えている様なことは起きないから安心しろ」


 私の目元を、王子殿下の指が優しく撫でてくれました。


 これではどちらが患者なのかわかりません。


「ですが」


「俺は確かに病床の王子だ。お前から見て頼りなく感じるのは仕方がない。だがな。俺は曲がりなりにも麒麟児と呼ばれた男だ」


 王子殿下は人の悪そうな笑みを浮かべました。ですが、それが不快だとは少しも思えなかったのです。


 ***

 

 王子殿下の命を受けた護衛がつきました。それも七人も。そちらの方面に疎い私でも、優秀な騎士とわかる方々です。


 それどころか、両親から手紙が届きました。どうやら村に騎士団が常駐するみたいです。


 私は王子殿下、いえ、カルヴィン様の力を甘く見ていたと知りました。


 ***


 カルヴィン様の治療は順調でした。薬による多少の副作用はあれど、治療を始めた時よりもずっと健やかに見えました。


 未だに仮面を脱いで部屋の外に出るのは嫌がりますが、私としては日光を浴びて少しは運動していただきたいと思っています。


「あれからクロードにはちょっかいを出されてはいないか?」


 毒殺を持ちかけられた事件を、ただのちょっかいと呼ぶカルヴィン様は、やはり私にとっては天上のお方です。


「特にはありません。ありがとうございます。私なんかのために」


「どうして自分を卑下する?」


「そんなつもりはありませんよ」


「私なんか、と言っただろ。お前は俺にとっては救世主のような存在だ。治る見込みが無かった俺の前に、ある日突然現れたのだから」


「大袈裟です。カルヴィン様の運がいいだけです」


「カルヴィン様だと?」


「あ」


 今まで王子殿下と呼んでいたのに、つい尊き御名を口にしてしまいました。


「はは。いい。気にするな」


「も、申し訳ありません」


 治療を始めてから私は謝ってばかりです。


「いいと言っただろう。なんなら、呼び捨てでもいい。お前にだけは許そう」


「え?」


 そんな畏れ多いこと、私にはできる筈もありません。


「レオナ。何度も言うが俺はお前に感謝している。言葉では伝えきれない程に。この暗い部屋で、二度と素顔を誰にも見せないまま朽ちていくと思っていた。希望を与えてくれたのはお前だけだ」


 きっとカルヴィン様は今までたくさん嫌な思いをされたのでしょう。安らぎに満ちたその表情が、痛みの裏返しである事は私にもわかりました。


「で、でしたら」


「もう一度呼んでみてくれ」


「か、カルヴィン様」


「それでいい。レオナ」


 真っ直ぐに向けられるカルヴィン様の目は、いつ見ても綺麗です。最高級のルビーをもってしても、その瞳には遠く及ばないでしょう。


「どうした? そんなに見て」


「あ、いえ。綺麗な赤色だと思って」


「王族の中でも、俺の目は特に赤みが強い。まるで血の様だと、何度、揶揄されたことか」


「そんな事ありません。私は……好きな色です」


 美しい宝石の様だと、本当はそう言いたかったのです。ですが、私は小心者で、とても口にする事ができませんでした。


 最高級のルビーも、カルヴィン様の瞳も、どちらにせよ私には遠い物ですから。


 ***


 ある日の事です。護衛の騎士様たちが抜けられない用事がありました。


 私は久しぶりに一人で過ごしていて、その際にお手紙が届きました。


 それはカルヴィン様からの伝言でした。内容は花を届けてほしいというものです。


 確かに考えてみるとカルヴィン様の部屋は殺風景です。きっと少しでも外の風を感じたいのでしょう。


 私は中庭に赴き、花を摘みました。


 その時、黒衣の集団に襲われたのです。


 私は全てがクロード様の企みと気づきました。


 襲いくる鈍色の刃、殺意の籠った視線、それらを見ながら、私は自分の死を覚悟しました。


 ですが、私は死にませんでした。突然現れたカルヴィン様が、暗殺者を切り伏せたのです。


「無事か!? レオナ!」


 カルヴィン様の声に、私はただ震えていました。


「か、カルヴィン様」


「少し触れるぞ」


 カルヴィン様の手が、私の目を覆いました。その手も少し震えていて、私は自分の震えが移ってしまったのだと思いました。


「もう外に出られて平気なのですか?」


 私はカルヴィン様に訊ねました。彼は外に出たがらなかったので、気を悪くしているのではないかと考えたのです。


「平気だ。それより俺の事を気にしている場合か?」


「私は大丈夫です。カルヴィン様が助けてくれましたから」


 カルヴィン様が大きなため息を吐いたのが聞こえました。私にはそれが安堵のため息に聞こえて、まるで心配してもらったかのように感じたのです。


 こんな状況でもそれが嬉しくて、私は申し訳ない気持ちを抱きました。


「謝るなよ?」


 やはりカルヴィン様は読心術が使えるみたいです。


「でも」


「こういう時は、ただありがとうと、そう言ってくれればいいんだ」


 お礼はあまり言い慣れていません。誰かに助けてもらった事なんて、今までもそう多くはありませんから。


 けど、その時はいとも簡単に言葉が出たのです。


「ありがとうございました。とてもカッコよかったです」


「あ、ああ。それでいい」


「あの……そろそろ手を?」


「い、いや。今はまだダメだ。もう少しこのままで」


「は、はい」


 私はどうしてしまったのでしょうか。


 目に触れている大きな手のせいでしょうか。顔が熱くて、どうしようもなく胸が苦しくなりました。


 ***

 

 暗殺事件の後から、私は感じた事がない感情に支配されました。


 日に日に健康になっていくカルヴィン様を見ていると、何故か寂しさが募るのです。


 巣立っていく雛鳥を見る親鳥の様に、ささやかな情が湧いたのでしょうか。


 カルヴィン様には婚約者の方がおられます。公爵家のご令嬢で、非の打ち所がない方です。カルヴィン様はご回復されたら、きっとかのご令嬢と結婚するでしょう。


 ですが、彼女はカルヴィン様のお見舞いにはたった一度しか来られていない方です。


 表向きには、カルヴィン様に負担をかけない様に、との事らしいのですが、実際には癩病が感染するのを嫌っているとのことです。


 カルヴィン様が教えてくれて、私は平民でありながら、不遜にもそのご令嬢に対して怒りが湧きました。


 そして同時に、カルヴィン様の病が完治したら、私は村に戻ろうと思い至りました。


 お二人のご結婚を、祝福できない自分がいると感じたからです。


 ***


 ついに癩病の完治を告げる時が来ました。


「カルヴィン様。おめでとうございます」


「ああ。これまでありがとう。よくやってくれた」


 カルヴィン様は窓を開けて、その風と陽の光を浴びました。もう彼にとって、外は怖くないのでしょう。


 そして振り向いて、私に微笑みかけるのです。


 噂は間違っていませんでした。言葉ではいい表せない程、とても、美しい方です。


「そ、それじゃ、私はもう行きますね」


「なぜだ? もう少しいてもいいだろ?」


「いえ……仕事に復帰しなくてはなりませんし、それに、カルヴィン様にはもう私は必要ありませんから」


 そうです。彼はもう堕ちた麒麟児ではありません。病を克服した彼は、不死鳥のように離宮から飛び立つのです。


 間違っても、私なんかが近くにいていいわけがないのです。


 けど、必要ないと自分の口から言うのは、震えるほど苦しいものでした。


「なぜそんな事を言う? ……俺は」


「──さようならカルヴィン様。どうかお元気で」


「レオナ!」


 私は小心者です。ですから、別れを告げるのには大きな勇気を使いました。振り返って仕舞えば、すぐに折れてしまう様な小さな勇気です。


 これでよかったのだと自分に言い聞かせながら、私は王宮を去る決心をしました。


 ***


 村で錬金術師として働きながら、私はのどかで、そしてどこか寂しい気持ちを抱えて過ごしました。


 王宮を出て、半年が経ちました。それまでの間に、たくさんの噂話が流れてきました。


 カルヴィン様が無事に離宮から出て、王位への道を歩んでいる事。クロード様が様々な悪事に加担していた事が暴かれ、王位継承権を失って今は幽閉されていること。


 そして、カルヴィン様と公爵令嬢の婚約が、白紙に戻ったこと。


 私は数々の噂を聞きながら、その度にカルヴィン様の顔を思い出しました。


 始まりは小さな好奇心からでした。美しいと評される第二王子の顔を見てみたい。ただそれだけでした。


 けど、意外にもコロコロと変わる彼の表情を見るたび、私は自分でも不思議な程、彼の顔だけでなく、その心にも触れたいと思う様になったのです。


 村に帰ってきて、私は彼に恋をしていたのだと初めて気づきました。


 その時は、両親に慰められながら沢山泣きました。


 王子と平民。どうしようもない身分の差と、自分の臆病な性格のせいで、彼に好きだと伝えられなかった後悔からです。


 あんなに泣いたのは最初で最後かもしれません。


 これからも沢山の事を経験するでしょうが、果たしてあの時の様に切ない気持ちになることがあるのでしょうか。


 これから先、あんな風に心が動く事が──。


「レオナ。手紙が届いてるわよ!」


 取り止めもない思考は、母の声にかき消されてしまいました。


 母から手渡されたのは、王宮のパーティの招待状でした。それには、小さな手紙と、一つの宝石が同封されていました。


『君に会いたい。私の顔を見たいと、もう一度言ってくれないかレオナ。君の好きな色の宝石を添えておく』


 溢れ出る涙が、視界をぼんやりと包み込みました。


 そんな中でも手のひらに乗ったルビーは、まるで彼の瞳のように鮮明に見えるのです。





 

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