第七話 大聖堂での事件
翌日、朝食を終わらせた後は、今回のツアーの最大の目玉の観光地へ行くことになっている。
この国の王宮の一角にある、大聖堂だ。
女王陛下が自ら日に一度祈りを捧げてらっしゃる場所だが、観光場所としても解放されている。
「揃いましたね。それでは今から王宮の大聖堂へ参ります。注意事項に関しては、移動中にご説明いたします」
幌馬車の中で、これから行く大聖堂についての注意事項を説明する。
撮影は決められた場所だけ。
でも大聖堂の中はほぼ問題なく撮影できる。
今は女王陛下はいない。
床や柱や壁には結界が敷かれているので、むやみに触らないように。
基本的にはこれくらいだ。
王宮の正門を幌馬車がくぐると、明らかに空気が変わった。
王都の喧騒が遠ざかり、代わりに張り詰めた静けさが広がる。
白い石畳は陽光を受けてまぶしく、どこまでも整えられていた。
美しい場所だ。
「皆さま、本日は王宮内・大聖堂の見学となります」
私はツアー客に向き直る。
「大聖堂は女王陛下が祈りを捧げられる神聖な場所です。先ほど申し上げた通り、私語はお控えいただき、撮影は許可範囲のみでお願いいたします。また、床や壁面や柱に触れないようご注意ください。結界石が設置されています」
「結界って、本当にあるんですねえ」
老夫婦のご主人が感心したように目の前にある大聖堂を見上げ、その隣で奥様が穏やかに微笑む。
「はい。王宮全体が守護魔法で守られています」
そう説明しながら、私は横目でリウさんを見る。
彼はすでに周囲を観察していた。
大聖堂の庭。柱の影、警備兵の配置。
その視線が、わずかに細められる。
全員を連れ、目の前の重厚な扉が開く。
ひんやりとした空気。
高い天井。
色彩ガラスを透ける光が床に落ち、聖堂は静かな祈りに包まれていた。
こんな美しい場所は初めて見た……。
何て言えばいいのだろう。荘厳、とも違うし、静謐、だろうか。一番近い印象は。
大聖堂の一番奥。女王陛下が祈りを捧げられる床にはかなりこまかい魔法紋が刻まれている。
「皆様。この大聖堂の内部に関しては、全て撮影可能となっていますので、どうぞ記念に撮ってください」
私の声に全員待ってましたとばかりにスマホやカメラを出し、大聖堂の内部を写していく。
天井近くに浮かぶ光球は、ろうそくではなく魔石灯だ。
淡く揺らぎながら、一定の間隔で呼吸をするように明滅している。
祭壇へと続く赤い絨毯は染料ではなく、魔力を帯びた糸で織られているらしく、踏みしめると微かに温もりを靴の底から感じた。
左右の壁面には、歴代の王と女王の祈りの場面が浮き彫りになっている。彫刻でありながら、その瞳だけは本物の宝石が嵌め込まれていた。
「すごい……まるで物語の中にいるみたい」
後方で女子大生が小さく感嘆の声を上げ、カメラを構えて撮っている。
老夫婦は手を取り合って静かに祭壇を見つめている。
「……なんて綺麗な場所なのかしら」
私の隣にいた老夫婦の奥様がスマホを片手に感動に震える声で小さく呟く。
その時、床に刻まれた魔法紋の一部が、ほんの一瞬だけ色を変えた気がした。
淡い金色だった線が、鈍い紫に滲んだように見えたのだ。
気のせいだろうか、と視線を凝らした瞬間――
周りの――空気が、歪んだ。
音はない。
だが確かに、何かが空気の中を走った。
「皆さん、その場に伏せてください!」
鋭いリウさんの声。
同時に、老夫婦の奥様が慌てたのか足をもつらせる。
とっさだった。
リウさんの隣を離れ、私は彼女の肩を抱き寄せ、そのまま背中にかばった。
次の瞬間。
衝撃。
肩に、焼けるような痛みが走った。
「……っ!」
続けて石床を削る爆ぜる音。
誰かの悲鳴。
もうもうと立つ埃で視界が悪くなった。
私は奥様を背中にかばったままだったけど、立っていられなくなって片膝をついた。
肩が、上がらない。
ぽたりと赤いものが、床に落ちた。
「篠原さん!」
リウさんの声が、近くで響く。
彼の手が、私の体を支えた。
その力強さに安心する。
「結界内部からの攻撃干渉……!? あり得ない……」
結界は外からの魔術干渉や物理干渉を完全に遮断する。
内部からの発動であれば、即座に術式干渉が起きて警報が鳴るはずだ。
だが、鳴らない。
警報が、鳴らない。
それが何より異常だった。
私はただ、埃の中で混乱するツアー客を見渡した。
この時間は、私たちのツアーのお客さん以外はいない。
だから全員の顔を確認して安心した。
――全員、無事だ。
カップルも、女子大生も、若い男性も床に伏せたまま無事だ。
老夫婦は、震えながらも立っている。
よかった。
私のツアーだ。
誰一人、怪我をさせるわけにはいかない。
それが、私の仕事だ。
それだけを確認して、ようやく思考が追いつく。
どうして。
どうして、大聖堂の中で、こんな。
ここは女王陛下のおひざ元ともいえる場所。
どんな場所より強固に守られているはずの王宮内部で。
テロ?
でも、そんな事前情報はなかった。
リウさんの腕が、強く私を抱き寄せる。
「……篠原さん。すぐここを出ましょう。私は退路を確保してきます」
彼の視線が、私の肩の傷へ落ちる。
その瞳が、凍る。
「ここを出たら、王宮の医療班のところへ行きます。いいですね?」
「……わかり、ました。お客さんたちは……」
「皆さんも一緒に行ってもらいます。ですから今はまず、ご自分の怪我のことを考えてください」
リウさんの言葉尻に重なるように、続けて石畳が爆ぜ、白い光が足元を貫いた。
まるで私を縫い留めるように。
よろめきながらも何とか立ち上がると、リウさんがかばう様に私を腕の中に抱き寄せてくれた。
肩の痛みとは別の衝撃が足元を連続で襲う。
「皆さん、動かないでください!」
リウさんのその声が、やけに近い。
悲鳴と埃は、大聖堂には似合わない。
床と壁の結界紋が明滅しているのが見える。
警備兵たちが何か叫んでいる。
今の2撃目は偶然じゃない。
老夫婦を庇った、その延長線上じゃない。
最初の一撃よりも、ずっと正確だった。
逃げようとする私の――足元。
そこを正確に狙ってきた。
寸分違わず、さっき私が踏み出した位置へ。
まるで私の踏み出す方向が視えているかのように。
「……追尾術式」
リウさんの声が低く落ちる。
「最初の一撃で位置を把握し、退避経路で仕留める算段か」
息を呑む気配。
誰かが言う。
「まさか、観光客を狙ったのでは……」
その言葉を、彼は即座に否定した。
「違う」
冷え切った声。
「狙われたのは――」
私の体が、ふっと軽くなる。
力が抜ける。
視界が揺れる。
でも、その言葉だけは、はっきり聞こえた。
「彼女だ」
――え?
私が狙われた?
誰が。
どうして。
「彼女は、地球から来た今回の責任者だ。狙う象徴としては十分だ」
混乱の中、膝が崩れる。
肩の痛みが強くなって、抱き留められる感覚。
遠くで、誰かが叫ぶ。
「医療班を!」
天井の彩色ガラスが、滲んで溶ける。
光が、白く広がる。
私は最後に、リウさんの顔を見る。
「篠原さん!しっかりしてください!」
「……はい」
なんとか笑おうとしたけどうまくできてるかどうかわからない。
怒りと。
焦りと。
そして、確かな恐怖。
――私が?どうして?だって私、初めてこの国に来たのに。
そこまで考えたところで、意識が闇に沈んだ。




