第二話 最初の観光地
広場を抜けた先に入国管理局の建物があった。
そこへ向かう集団は目立つ。
この国の住人たちがこちらに手を振ってくるので、それには返してくださいと告げると、ツアー客たちはにこやかに手を振り返していた。
うん、第一印象は大事。
言葉は違っても、笑顔は通じるもんね。
「……暑い」
「でも、嫌な暑さじゃないわね」
参加者たちが口々にこちらの空気に感想を漏らす中、私は即座にスーツケースを脇に寄せ、人数確認に入った。
「皆さま、ここは翠華国のゲート到着広場です。パスポートと入国申請書をお手元にご用意ください。足元、段差がありますのでご注意ください」
視線の先には、石畳の広場と、瓦屋根の建物群。
けれどその間を走るのは、魔法陣が組み込まれた運搬台車で、動線設計は驚くほど合理的だった。
異世界。
でも、未開ではない。
20年の交流は、確実にこの国の風景を変えている。
「篠原さん、これ撮っても大丈夫?」
参加者の一人が、光る柱状の装置にスマホを向けていた。
まずい。
これは、地球側の「うっかり」が一番問題になる場面だ。
「あ、すみません!それは――」
言い切る前に、低い声が割って入った。
「そこまでにしてください」
振り向いた先に立っていたのは、リウさんだった。
その視線は真っすぐに私を貫いていた。
仕事の厳しいプロの目だ。
「ここは撮影制限区域です。案内者の方、観光客の管理をお願いします」
私は一瞬だけ息を呑み、すぐに一歩前に出る。
「申し訳ございません。入国ゲートでの説明が行き届いていませんでした」
もうここは地球ではないんだ。ここにはここのルールがある。そしてここでのルールを誰よりもよく知っている地球側の人間は私なのだ。
そして私はツアー客に、入国ゲートは撮影禁止区域であることを告げる。
「こちらを出た先で最初に向かう観光地では撮影はできますので、そこに着くまでお待ちください」
そして入国管理局で、全員の入国までは無事に終わる。ここからは本格的に仕事が始まる。私は気を引きしめる。
全員に楽しんでもらって、無事に帰す。それが私の仕事だ。
「それではまず、皆様、こちらの乗り物へ」
リウさんの先導で連れていかれたのは、屋根のある幌馬車のような、車輪のない乗り物だった。少し地面から浮いている車体にツアー客が驚いた声を挙げる。
「これが観光ガイドにも載ってた魔法幌馬車か……」
「馬車って言うのに、引く馬は本当にいないのね……」
「確か、運転席にある魔石で浮いてるんだよな。昔、授業で習った」
全員が珍しがりながら馬車に乗り込むのを確認すると、リウさんのいる運転台に私も乗り込む。
「それでは出発いたします」
リウさんが魔石に手をかざすと、目の前の空中に地図が浮かぶ。
「皆様、最初の目的地は、国営の庭園です。そこでは写真撮影ができますので、カメラのご準備を忘れないでください」
振り返って、馬車に座るツアー客にそう告げると、皆さん楽し気にカメラの準備をしたりこれから向かう庭園のガイドブックを見たりしていた。
私も初めてだからすごく楽しみだ。
石畳の道をしばらく進んだ先で、視界が一気に開けた。
「……わぁ」
誰かが、思わず声を漏らす。
そこは広い庭園だった。
白い石で縁取られた敷地に、緩やかな曲線を描く小道と、水路が巡らされている。水は澄んでいて、底に沈められた魔法陣が淡く光り、その光が水面に揺れていた。
木々は地球のそれに似ているのに、葉脈がほんのりと輝いている。風が吹くたび、光の色が変わり、さざ波のように庭全体へ伝わっていく。
花は、近づいただけで蕾が静かに開いた。
歓迎されている、と思える景色が目の前にあった。
「こちらが、翠華国の水晶庭園です」
私は馬車を降りてツアー客を引率しながら歩調を緩め、笑顔で振り返った。
「王都に隣接した公共庭園で、魔法による生態管理が行われています。危険な植物はありませんので、庭園内であれば自由に散策していただけます。写真撮影も、庭園内であれば問題ありません。ですよね、リウさん?」
リウさんに確認のために問いかけると、彼は頷いた。
「はい、庭園内であれば問題ありません。この庭園は、我が国の女王陛下が地球へ行ったときに見た宮殿の庭園をお気に召され、それに近いものを、と作られた場所です」
「あ、それ、読んだことあります。その庭園にあったバラのアーチをとても気に入ってらしたとか」
「はい。ですから、あちらにアーチもあります」
リウさんが示した先には、バラによく似た虹色の花がアーチを彩っていた。
合図のように、参加者たちが一斉にスマホを構えた。
一眼レフカメラを持ってきている人もいる。
「それでは皆様、こちらで3時間ほど自由時間になります。あちらの建物は休憩所になっていますので、お使いください。それではこちらのすばらしい庭園をお楽しみください」
私の声に、お客さんたちは思い思いに散開していく。
その様子を、私とリウさんは少し離れた場所から静かに見ていた。
私はこの仕事をしていて、こんなふうに楽しそうなお客さんの笑顔を見るのが大好きだ。
どれだけ大変でも忙しくても、旅行と言う非日常の世界を楽しむお客さんの姿は私を満たしてくれる。
「ところで、リウさん」
「はい、何でしょうか」
「一つ、教えていただきたいんですが……」
「私で分かることで、問題ないことでしたら」
「では伺います。この国の名前はどうして漢字を使っているんでしょうか?」
翠華国。
この世界の文字ではないのに、どうしてこの国の名前に漢字が使われているのかずっと不思議だった。一応調べてみたこともあるのだけど、授業で習った覚えもないし、マニュアルにも書いていなかった。
「ああ、確かにそれはあなた方からしたら疑問でしょうね。特に内密のことでもありませんし、お教えしましょう。もし広まっていない事実であれば、ぜひ広めていただきたいくらいです」
リウさんが眼鏡をクイと持ち上げて花が咲くアーチを指さす。
「我が国で異次元ゲートの事故が起こり、現女王陛下、私の父、神官のエルフの三人が地球へ投げ出され、そちらで助けていただいた際に、陛下は色々と地球のことを学ばれ、漢字の持つ意味にとても感銘を受けられました。元々、この国の名はスイバナ、と言いました。陛下は漢字の読み方を色々調べ、勉強し、翠華、という漢字を充てた国名に変えることを宣言されたのです。地球、特に自分たちを保護し、助けてくれた日本と言う国への友好の証として。国民も、陛下のお言葉にとても感銘を受け、一部の反対派以外は賛成多数で国名を変えることになりました。今でも反対派は、異世界に迎合してる!などと言ってますので、おそらくそちらの世界の管理組織がこちらを刺激しないようにとあえて広めていない話なのでしょう」
「……初めて知りました。あまり知っている人は多くない話だと思います。もったいないなぁ……。今のお話、うちの会社のマニュアルに載せていいでしょうか?」
「そうしてください。女王陛下は今でも地球や日本にとても感謝していらっしゃいます。その想いをぜひ知っていただきたいです。反対派はそちらに行ってまで自分たちの主張をすることはないでしょう。のちほど、その記録をまとめたものをお見せします」
リウさんは、本当に女王陛下を尊敬しているんだな、と熱心な口調で伝わってくる。
「そのマニュアルができましたら、一度こちらとも共有をお願いできますでしょうか?」
「もちろんです」
あ、しまった、自分で仕事増やしちゃった……。
でもこんな素敵な話、たくさんの人が知らないままなんてもったいなさ過ぎると思うんだ。
小泉部長に今夜にでも連絡して企画書作らせてもらおう。
「この後の予定は確か屋台街のほうで食事でしたね」
リウさんの次の予定を確かめる言葉に、私はツアー日程を見る。
「はい。皆さんここで存分に楽しんでますから、屋台街に行く頃には良い空腹加減になると思います」
「あなたは?」
「え?」
「あなたは翠華国を楽しんでますか?」
眼鏡の向こうのこの国の名前と同じ翠色の瞳が私に問いかける。
「……そうですね。仕事、ですから。自分が楽しむより前にお客さんたちに楽しんでいただいて、良い思い出を作ってもらいたいですし、その助けになりたいと思ってます」
私の答えにリウさんが微笑む。仕事熱心な彼にとっては良い答えだったみたいだ。
そう、これは外交の一環。こちらの世界の人たちに少しでも良い印象を持ってもらうことが私の仕事だ。




