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異世界観光ツアーの添乗員ですが、真面目すぎる護衛に命がけで守られました ――三日間の仕事のはずが、また会いたい人ができました――  作者: ねねこ


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第一話 初めての異世界ツアー初日

10話くらいで終わらせる予定です。基本的には週2回、水曜日と日曜日の21時投稿予定ですが、2話目だけは13日の19時に投稿します。

 異世界行きツアーの集合時間は、午前七時三十分。

 早すぎる、と内心で悪態をつきながら、私はスーツケースを引いてゲートターミナルのピカピカの床を歩いていた。

 さすが掃除が行き届いてる。ちょっと油断したら滑って転びそう。


 成田空港に似ている。

 似ている、けれど決定的に違う。


 天井はやたら高く、ガラス越しに見えるのは滑走路ではなく、淡く脈打つ光の壁――人類が「異世界ゲート」と名付けたものだった。楕円形の巨大な光は、呼吸でもしているかのように明滅していて、見るたびに理屈抜きで落ち着かない。


 20年前、突然世界に現れたこのゲートを前にして、人は最初こそ恐怖したが、次に管理し、そして――交流の末、観光資源にした。


「……ほんと、たくましいわよね、人間って」


 小さく呟いて、私は胸元の社員証を指で確かめる。

 《エターナルトラベル 主任ツアーコンダクター 篠原 紗良(しのはらさら)


 よりにもよって、うちの会社が始めることになった異世界観光ツアー第一号の担当。

 うちの会社が遅ればせながら異世界観光に食指を伸ばしたのは去年のこと。

 色々な手続きや申請を経て、この度、無事に国から異世界ツアーの許諾が降りた。

 入社して六年、国内、海外添乗は一通り経験した。

 言葉が通じない、文化が違う、予想外のトラブルが起きる――その全部に慣れてきた、はずだった。


 でも。

 今回は今までの経験がどこまで役に立つか全く不明だ。


「篠原さん」


 振り向くと、私の上司である小泉部長が早足で近づいてきた。今日に限って妙に神経質な顔をしている。当然か。部長にとっても今回の旅行は初めての商材なのだ。


「もう一度確認しますが、安全マニュアルは頭に入ってますね。ゲート内では予定外の行動禁止。現地の人間に不用意に触れない。魔法的現象を見ても、決して近づかない」

「はい、三十七ページ分、完璧に」


 そう答えると、部長は少しだけ安心したように頷いた。


「何かあったら、あなたの判断が最優先です。これは旅行商品であると同時に、外交ですから。向こうでは、こちらで言う警察官にあたる協力者がいます。その方の情報はギリギリ間に合わず私も知りません。ですが、篠原さんの情報は向こうには渡し済みですから、向こうの担当者は篠原さんのことは認識してると考えてくれていいです。何かあったら、その人物への報告と相談としてください」


 報連相は異世界でも大事ってことか。

 そして、外交。

 その言葉の重さが、今さらになって肩にのしかかる。


 ほどなく、参加者たちが私が持つ会社の旗の前に集まり始めた。

 期待に目を輝かせる若者、落ち着いた老夫婦、楽し気なカップル。スマホとモバイルバッテリーの確認をしている今回異世界での旅行風景を配信チャンネルに乗せる予定の配信者の女性、合計6人。

 この6人が今回、私が引率するツアー客だ。


 ――この人たちを、私がこれから異世界に連れていく。皆さん初めてだろうけど、私も初めてです。


 私は深呼吸して、いつもの声を作った。


「皆さま、おはようございます。本日は『異世界〈翠華国(すいかこく)〉二泊三日ツアー』にご参加いただき、誠にありがとうございます」


 全員の視線が、私に集まる。

 国内でも海外でも、何百回とやってきた初日の最初の挨拶。

 なのに、喉が少しだけ乾いていた。


「これより私、篠原紗良が、皆さまの旅を最後までサポートいたします。どうか、安全で、楽しい旅になりますよう。ところで皆様、翻訳アプリのダウンロードはお済みですね?」


 全員がスマホ画面を私に見せている時、背後でゲートの光が強く脈動した。

 低い振動音が、床から靴底を通して伝わってくる。


 私は振り返って一瞬だけ、その光を見た。


 きれいだと思った。

 そして同時に、ここから先は「今までの経験が通用しない場所」だと、本能が告げていた。


「……時間になりました。ゲートが開いたようです。それでは皆さま」


 私は笑顔を貼り付ける。


「異世界への旅、出発いたします」


 最初の一歩を、踏み出した。


 ゲートをくぐる瞬間は、一瞬だと聞いていた。

 けれど実際は、視界が白く滲み、耳の奥がきぃんと鳴って、足元の感覚が曖昧になる。

 エレベーターで急降下したときに似ている。思わずスーツケースの取っ手を強く握った。


 次の瞬間。


 空気が変わった。音も変わった。


 ぬるい。

 そして、どこか甘い匂いがする空気。

 ゲートターミナルでの機械的な喧騒とは違う音。


「……到着しました」


 自分でも少し間の抜けた声が出たと思う。


 ゲートの向こう側は、開けた広場だった。白い石畳が続き、周囲には低い建物が並んでいる。屋根の形や装飾は、どことなく台湾の古い街並みを思わせるのに、使われている素材は明らかに地球のものではない。光を受けて、建物の縁に埋め込まれた文様が淡く輝いていた。


 ――翠華国。


 地球と友好関係を結び、最初に観光受け入れを表明した国。


 住民は獣人とエルフのみ。混血はいるが、地球人はいない。

 だから――


「わ、本当に……」


 参加者の一人が、思わず声を漏らした。


 広場の向こうから、こちらを見ている人々。

 耳がある。尻尾がある。背が高く、細身で、やけに整った顔立ちの者もいる。


 ――見た目だけで、完全に“異世界”。


 私は反射的に一歩前に出た。


「皆さま、こちらでは私のそばを離れないでください。写真撮影は、指定エリアのみでお願いします」


 頭では分かっていても、浮き足立つ気持ちは抑えきれない。

 それは参加者も同じらしく、スマホやカメラを構えかけては、私の顔を見て思いとどまる、を繰り返していた。


 そのときだった。


 石畳の向こうから、こちらに向かって歩いてくる影がある。

 歩調は一定。迷いがない。


 私は、ほっと息をついた。


「……来ましたね」


 翠華国の治安部隊。

 地球で言うところの、警察官。

 私たちの監視がお仕事の人だ。


 近づいてきた人物は、獣人だった。

 短く切り揃えられた濃い色の髪。制服は深緑を基調にした詰襟で、胸元には金属製の徽章。

 そして――


 眼鏡。


 獣人にしては珍しい、細縁の眼鏡をかけている。


 耳はぴんと立ち、尻尾は揺れていない。

 地球でいうところのキツネタイプの獣人に見えた。

 感情が表に出にくいタイプだ、と直感した。


 彼は私の前で立ち止まり、右手を胸に当てて一礼した。


「翠華国治安局所属、リウ・フェンです。本日のツアー担当者の方で間違いありませんか」


 日本語だった。

 発音は少し硬いが、意味は明瞭。

 翻訳アプリなしで話ができるのはありがたい。


「はい。エターナルトラベルの篠原紗良です。本日より三日間お世話になります」


 私も、自然と背筋を伸ばして答える。


 リウと名乗った獣人は、私の社員証と参加者たちに順に視線を走らせた。

 確認する目。

 ――仕事の目だ。


「人数、事前申請どおりですね。危険物の持ち込みはありませんか」

「日本側の規定に基づき、全員検査済みです」

「承知しました。では全員そろって入国ゲートへ。お手元にパスポートと入国申請書をご用意ください」


 淡々としたやり取り。

 そのはずなのに、なぜか少しだけ胸がざわついた。


 彼は最後に、私の顔をじっと見た。


「……日本の方、で間違いありませんか?」

「そうです」

「失礼しました。我々には地球の方の見分けは難しいので」


 一拍、間が空く。


「父が、地球で世話になりました。日本の方と会えたらお礼を言いたかったんです」


 予想外の一言だった。


「父は、20年前――ゲート事故の際、迷い人として保護された者です。あなた方の国で、言葉も通じぬまま助けられ、食事を与えられたと」


 ――護衛騎士。


 頭の中で、点と点がつながる。

 20年前、突然現れたゲートから現れた3人の迷い人。獣人の少女と騎士と、エルフの神官だったと、教科書にも載っていた。

 その騎士がこの人のお父さん?


「その縁で、私は日本語を学びました。……旅行中は、何事もないよう全力で対応します」


 そう言って、彼はわずかに表情を緩めた。


 それは、職務的な笑顔。

 それでも。


「よろしくお願いします、リウさん」

「こちらこそ、篠原さん」


 獣人眼鏡のお巡りさんと、私は視線を交わす。


 こうして――私の初めての異世界での仕事は、静かに始まった。

 そのときの私は、まだ知らなかった。

 この旅が、私にとって忘れられないものになることを。

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