窓際中年おっさんが貴族に生まれ変わり仕事をしない口だけギルドマスターとしてギルド内ニートをするつもりが、なぜか部下から慕われる愛され上司に!?
俺の……いや、吾輩の名前はマドギーワ・シ・ガナイオ三世。
前世は地球で中年窓際営業社員をしていた転生者だ。
ん?なぜ窓際社員だったかって?前世で上司のミスをなすりつけられて出世街道から外れたからだよチキショウ!!
やる気がなくて外回りという体でパチスロでサボっていたところ、店のタバコ火災により巻き込まれそのままご臨終だ。
しかし!神は吾輩を見放していなかった!
この異世界で神は田中吾郎をマドギーワ・シ・ガナイオ三世という貴族として生まれ変わらせ、生涯薔薇色一生ニートの安泰生活のイージーゲームのスタートだ!
貴族という恵まれた身分で、仕事なんぞ書類を読んでサインするだけで、実務は担当の者たちに丸投げ!
極稀に貴族として領地の見回りの仕事はあっても、現地調査というなのプチ旅行!
それにどこかへ出かけずとも豪華絢爛な最高の屋敷で過ごせるし、書類仕事が終われば四季折々の庭で散歩できるのだ。
それから何も言わずとも先回りして世話をする執事とメイド達。こ~れがもうとんでもない有能たちで、吾輩が喉の渇きを訴える前にお茶の準備がされていたり、吾輩が出かけたい気分になったらすでに馬車の準備がされているし、吾輩が食べたいって思ったものがその日の夕食に出たり……もうこやつら有能超えて超能力者たちであろう。
そして、そしてそして……。
「旦那様。おはようございます」
超・麗しのラブリープリティービューティフルマイワイフ……吾輩の妻のマリア!!
「おお~!太陽の女神が吾輩を起こしに来たかと思ったら、我が愛しのマリアではないか、おはよう!」
「もう、旦那様ったら……」
そういって照れ笑いするマリアは本当に、本当にこの世の何よりも美しすぎてまた吾輩はジーンと感動してしまう。
前世では彼女はおろか、事務の女性社員に話しかけただけで舌打ちされたというのに……今世ではなんと、こんな美しくスタイルもよく、温かく優しい人柄で、しかも教養にも優れた聡明さをもつ、もう完璧で非の打ちどころがない女性が吾輩の妻なのだ。
「しかし、こんな早朝に起きて大変であろう?わざわざ見送りに来ずとも良いと言っておるに」
「まあ。旦那様こそ朝早くからお勤めに行かれるというのに、妻が寝ていられませんことよ」
マリアはそう言って吾輩に困ったように笑いかけた。
そう、マリアがいうように、吾輩にはお勤めがある。
***
数年前、この国の国王は新たな法案を制定した。
それは、自分が収める領地にダンジョンを持つ貴族は自動的にギルドマスターになるようにと!
そして!吾輩の領地には!悲しいことに!ダンジョンがあるのだ〜!
ある日、吾輩の屋敷にゾロゾロと屈強な男たちがきたと思ったら王国の騎士たちで「貴公をギルドマスターに任命します」と言われたときには、吾輩のニート生活が失われたと思い失神するかと思った……。
だが!しかし!吾輩はめげない!
王国騎士どもが帰った後、吾輩は拳を握り、天高く掲げ、そして心に誓った!
吾輩は、お飾りのギルドマスターになる!そして仕事は全て平民の部下に丸投げすると!
***
「わっはっは!お勤めなんて大げさだぞ、マリア!吾輩は今日も、職員たちに仕事だけ振って適当に過ごして夕刻になったら帰ってくるだけだわい!」
「ええ……?そう、なんですか?」
「そうだとも!ああ、マリアのそばにいれないことだけが不満だが、吾輩はなんの苦労もしとらんから心配はしないでおくれ、愛しいマリアよ」
「そうですか……ですが、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
優しいマリアは心配はしつつも、玄関で見送ってくれる。吾輩は手を振り、執事・セバスが準備した馬車に乗り込んだ。
***
「ガナイオ様、ギルドに到着しました」
「うむ、ご苦労」
セバスが馬車のドアを開け、馬車から降りる。こやつもなかなかに出来る部下で、何を任せても120%の完成度で仕事を達成する超有能執事なのだ。
「む……そうだセバス。すっかり忘れていたが、たしか本日は庭師のガードナーの孫が誕生日だったな?」
「……はっ。確かに、ガードナーの孫娘、ポワリエが5歳の誕生日を迎えております」
「ほう。ポワリエと言ったか。ではポワリエの誕生日祝いにガードナーに何か品を送っておけ。孫娘なら今王都で流行りのフランソワ人形か、ブローチを買ってガードナーの宅にでも送っておけ」
「はっ。確かに」
ガードナーは吾輩の有能な庭師だ。
数年前、奴がうちに来てからもともと悪くなかった庭の風景がみるみる変わり、なんと王都でも屈指の庭園と様変わりしたのだ。こんな有能な庭師を手放すわけにはいかない!だから福利厚生を手厚くし、こまめに褒美をやってやるのだ。
「あーそれから、シェフのポールが一昨日ぎっくり腰をやったと言ってたな。あれから調子はどうだ?」
「時折、腰を庇う様子は見せますが、業務には問題ないと言っております」
「なにぃ?腰を庇ってるようじゃ本調子ではないじゃないか!今すぐやつに休みを出せ!完全復帰するまでは賃金はそのまま出しておけ」
「すぐに手配します」
「まったくポールめ、無茶をしよってからに……奴はうちに仕えて10年経つが、あと50年はうちに仕えさせるつもりだ。こんなつまらぬことで飢えられては困る。くれぐれも頼むぞ、セバス」
「はっ、確かに」
セバスは恭しく頭を下げる。うんうん、こやつは吾輩の言うことを口答えせず聞く、なんともできた忠臣だ。
「では、今日も吾輩はお飾りのギルドマスターをやってくるぞ!全く、国王から命じられた時は驚いたが、楽な仕事に就いたものだ、ガッハッハ!」
「ガナイオ様、本日もお気をつけていってらっしゃいませ」
「ハッハッ!なーにも気をつけることなんてないわい!」
セバスに手を振り、堂々とギルドに入っていく。さてさて、今日も張り切ってニートギルマスをやっていくぞい!
***
ガナイオを見送ったセバスは、ギルドを見ながら僅かに笑みをこぼす。
「……ふふ、ガナイオ様は変わらず謙遜なされて。お飾りのギルドマスターでしたら夜明けと共に務めになど出ませんよ。それに……」
セバスは、ガナイオがギルドに向かう途中の馬車で読んでいた手紙に目を通す。
「……ふふ。やはりあの御方は真の貴族の心得を持つ、偉大な我が主人だ」
セバスは、平民からガナイオ宛に届いた感謝の手紙を大事にしまい、綺麗な所作で踵を返し、馬車へと戻った。
***
「諸君ー!おはよう!諸君らの上司、このガナイオ様のお出ましだぞ!」
勢いよくギルドのドアを開ける、
が、そこには誰もいなかった。
「まっ、いる訳がないな。今日も吾輩が一番乗りだな」
それを特に気にすることなく、吾輩はギルドマスターの席に上着をかける。
「さてさて、お飾りのギルドマスターは誰もしない仕事をしようかの!」
吾輩は腕をまくり、近くに置いてあったバケツとモップを手に取った。
「ふんふふ〜んふん!ふふ〜ん!」
吾輩はご機嫌にギルドの床をモップで磨く。
前の窓際営業だった時も、窓際ゆえやることが無く朝に掃除をしていたが、どうしてなかなか悪くない。掃除をするとなぜか妙にすっきりするので、誰かに命じられることなく自ら進んでやっていた。
冒険者たちの泥に塗れた靴の足跡や、隅の方に溜まった埃などの汚れを一生懸命モップで落とす。そしてそれが終わったら軽く窓を拭き、そして窓口の机を拭き……しばらくそうしていると、あっという間にギルド内がピカピカと朝日を反射するようになるのだ。
「ふふん!今日も吾輩の清潔で完璧なギルドだな!」
それが終われば、掃除終わりの一杯を作るのだ。
ギルドの奥の給湯室で、吾輩の権限で作らせた、水の魔法が刻印され、コックを撚れば清潔な水が出でくる「魔法蛇口」から清潔な水を鍋に注ぎ、そしてこれまた吾輩が作らせた、火の魔法が刻印された調理器具・「魔法コンロ」に鍋を置き、火をかける。
そして吾輩が持ってきた超・一流の高級茶葉を鍋に入れ、そしてこれまた火の魔法が刻印されて中に入れた飲み物が冷めにくくなった「魔法瓶」に紅茶を注ぎ入れる。
「うむ。これだけあれば一日足りるじゃろう」
ギルド職員総勢30名が飲める量の紅茶を準備し、そして吾輩お気に入りのティーカップに紅茶を注ぎ入れる。
「ふーむ……相変わらず吾輩の紅茶を入れる腕は完璧だな……」
そうしてギルドマスターの席で優雅に紅茶を嗜んでいると、ギルドのドアが開く音がした。
「おはようございます!ルーナ、出勤しました!」
「おはようルーナ君!今日も早くて感心感心!」
「あ、ギルドマスター様!おはようございます!」
吾輩に丁寧に挨拶をするこの麗しきレディは、ルーナ君。
平民の出立ちで、早くに両親を亡くしたらしく、ルーナ君の弟君と街で浮浪していたのだが、文字の読み書きが出来ることが判明したため、ギルドで受付職員として雇用したのだ。
「本日も外は寒いですが、ギルドマスターが支給してくださったこのコートがあったのでへっちゃらでした!ギルドマスター様は寒くありませんでしたか?」
「ハッハッハ!それはよかった。そしてルーナ君、馬鹿を言ってはいけないよ!吾輩は馬車できたから寒さ知らずだとも!」
「はっ、そうか……!失礼しました!」
またルーナ君は丁寧に頭を下げるが、吾輩は「よいよい」と手を振って楽にさせる。
ルーナ君は吾輩が拾ってやったゆえの恩を感じているからか、貴族である吾輩に対して尊敬の念はありつつも、気兼ねなく話しかけるから好印象だ。
他の職員もまあ話しかけてはくれるが、ちょっと距離感を感じるものだ。
……もう少しだけ、ルーナ君ぐらい心を開いてくれたって良いのだがね。
そうしていると、他の職員たちも次々と出勤してくる。ルーナ君も「失礼いたします」といい、自分の持ち場に戻るようだ。
「さあて!今日も有能な職員に任せ、吾輩はお飾りのギルドマスターを頑張るぞぅ!」
そういうと、職員のみなが微妙な顔をしてこちらを見る、が、貴族でギルドマスターの吾輩に逆らえないのか、何も言わなかった。
***
「さあて!今日も有能な職員に任せ、吾輩はお飾りのギルドマスターを頑張るぞぅ!」
なーんて。
うちの一番の働き者の貴族様に、職員全員が苦笑いした。
私はクロエ。ここのギルドの女性職員。可愛い子供が二人いる。
元々は主人が冒険者で生計を立てていたのだけど、不慮の事故で呆気なく亡くなってしまい生活に困っていたところ、前のギルドマスターに雇われ、このギルドで働いていた。
だけど前任者は「女が男と同じ給料をもらえると思うな」って言って、男の職員の半分以下の給料で働かせられていたから、旦那が亡くなってからも生活は苦しかった。
男より働いても給料は上がらないし、文句を言ったりギルドマスターに給料の交渉にいった人たちは全員クビにされていった。
そのほかにも、部下に暴力振るうわ、ギルドの売り上げを勝手に使うわ、前任者は最低な奴だった。
だけど、ガナイオ様……今のギルドマスターがやってきて、全部が変わった。
貴族がギルドマスターだなんて、なんて冗談だって思ったし、前任者よりも酷い扱いになるんじゃ、って思ってたら、全くそんなことなかった。
このギルドマスターは、男と女で給料が違うって知るやいなや「男だろうと女だろうと関係ないだろうが!こんなつまらんことで女性職員が辞めたらどうする!」っていって、給料を一律にした。
それと、私たちの働き方を変えた。元々、職員の中で遅刻する奴……アランって奴なんだけど。こいつがどうしても朝起きれなくて遅刻を繰り返して、みんなも呆れて困っていた。
そうしたらギルドマスターがまた「では、朝から夕方前まで働く職員、昼から夜まで働く職員に分けてしまえ!」と言ったらみんなが変わった。
アランは昼から出勤するようになってから一切遅刻しなくなって、それで自信がついたのか、それとも昼から働くことが体にあったのか、メキメキ働いて今やギルドに欠かせない人員だ。そして、私みたいな子どもを持つ職員は夕方前に帰ることができるようになって、すごく働きやすくなった。
「あ、クロエさん!おはようございます!」
「ルーナじゃないの。おはよう」
給湯室に行くと、ルーナと他数名の職員が朝の目覚ましとして給湯室で、ギルドマスター手製の紅茶を飲んでいた。
「この紅茶、とっても美味しいしあったまりますよね〜!」
「体があったまるハーブが入っているらしいわよ。これを飲むと、ギルド内でも指がかじかまないで仕事できて助かるわ」
「本当に!ギルドマスター、変に偉そうだけど、僕達に細やかな気配りをしてくれるよねえ」
そう談笑していると。
「なんだテメェ、この野郎!」
窓口の方で男の怒鳴り声が聞こえた。
「騒ぎ……?」
「私たちも向かいましょう!」
紅茶を飲み終わった私たちは、駆け足で窓口のほうへ向かった。
***
「何度も言わせんじゃねえ!とっとと昇格試験をやってランク上げさせろっつうんだ!」
「ですから、それは難しいと……!」
受付で騒ぎ立てる男……アイツ、態度も不真面目でクエストの失敗が多いやつが、同僚のメアリーに対して強い口調で責め立てていた。メアリーもなんとか対応しようとしているけど、大声を出す男に怯えてしまい、顔が青くなっている。
「何事だ!」
窓口から見えないところに集まっていた私たちに、ギルドマスターが駆け寄った。
「ギルドマスター、またアイツです!アイツ、またランク昇格試験を受けさせろって騒いでるんです」
「またあの迷惑男か!ぐぬぬぬ……!ランク昇格どころか、クエストもまともにこなしていない大バカ者ではないか!」
「騒ぎか?」
すると、ギルドマスターの後ろから大柄な男……最近、新しく冒険者からギルド職員になった、ドウドが駆け寄る。
そして窓口で騒いでいる男の話を聞くとドウドは頷き、そしてギルドマスターを見た。
「ギルドマスター、俺の出番じゃないですか?」
「ドウド!そうだな貴様の出番だ、ゆくぞ!」
「うっす」
そういって、ドウドとギルドマスターが窓口へ出ていった。
「おい、アンタ」
「なんだテ、メェ…………」
メアリーに詰め寄っていた男が振り向くが、男よりもはるかに大柄なドウドに見下ろされて、言葉を失っていた。
「アンタ、ここで騒ぎを起こすのは何度目だ?いい加減にしろよ」
「ん、んだとぉ……」
「もういい加減貴様の狼藉を見過ごしていられん!裏まで来てもらおうか」
ドウドが男の肩を掴み、男は逃げようとするけどドウドの方が力が強くて逃げられず、そのまま裏へと引きずられて行った。
***
「よくやった、ドウドよ!」
騒ぎが収まり、一緒に戻ってきたギルドマスターがドウドの肩を叩く。
それに、窓口の近くに周りにいた冒険者たちも「よくやった!」「えらいぞ!」と拍手していた。
「いえ、別に俺は……」
ドウドは気恥ずかしそうに頭を掻いているけど、でも褒められて嬉しそうであった。
「全く、女性職員を狙って難癖をつけるけしからん奴だったな。だがしかし、ドウドのお陰で奴も怯んだし、しばらく謹慎処分を下せたわい!」
「ドウド、ありがとう!貴方のお陰で助かったわ」
「そんな、俺はただ騒ぎを止めただけさ。それに……」
ドウドはちらりと、隣にいたギルドマスターのほうを見る。
「俺、こんな図体なのにモンスターにビビっちまうような弱っちいやつだったのに、ギルドマスターが俺を用心棒としてギルド職員として雇ってくれた……だから、ギルドマスターのお陰だよ」
「ハッハッハ!お世辞を言っても何も出んぞ?このう!」
ギルドマスターは気をよくしてドウドの肩を叩くけど、ドウドの方はお世辞ではなかったみたいで、嬉しそうにギルドマスターを見ていた。
本当に、このギルドは変わった。
ギルドマスターは自分のことを「お飾りギルドマスター」なんていうけど、このギルドマスターがきてから、すべてがいい方向に変わっていった。
みんな、このギルドマスターに感謝しているんだ。
感謝しすぎて、もはや崇拝の域まで行っちゃって、あんまり気軽に話しかけられないくらいに。
……私もその一人なんだけど。
「ギルドマスター、お話のところすみません……」
私たちが話していると、元・遅刻魔のアランがギルドマスターを呼びに来た。
「どうしたアラン?」
「はい。Sランク冒険者パーティー・フォルトゥーナの皆様がダンジョン探索から戻ってきました。探索内容の報告は窓口で受け、すべて聞き取りは終わってます」
「おお~!フォルトゥーナの面々が!ああよし、吾輩からもねぎらいの言葉をかけねば!談話室に案内してやってくれ。私もすぐ行く」
アランは返事をしてすぐに窓口に戻ると、ギルドマスターは「では失礼するぞ!」と言ってバタバタと戻っていった。
「さ、私たちも仕事に戻りましょうか!」
そういって、晴れやかな気持ちで持ち場へ戻った。
***
「あー、うぉっほん」
談話室の前で軽く咳ばらいをして、扉を開ける。
「失礼するぞ!」
すると、そこにはSランク冒険者パーティー・フォルトゥーナの五名が出された紅茶を飲み軽く寛いでいるところだった。
「ギルドマスター!」
フォルトゥーナの面々が立ち上がろうとしたので「そのままで結構。楽にしたまえ」とそれを制する。
吾輩がソファに座れば、アランが吾輩の分の紅茶も持ってきた。うむ、気遣いのできるできた男だ。
「さて諸君!この度は新たに発生したダンジョンの探索、およびダンジョン危険度の調査、実にご苦労であった!」
吾輩がねぎらいの言葉をなげると、フォルトゥーナの面々は「はい!」と声をそろえた。
「また、迅速な報告も誠に素晴らしい!諸君らの報告は非常に細かく正確性が高いと、ギルド内でも評価が高いぞ?」
「ありがとうございます!ですが、それはこの窓口の職員さんたちが僕たちが説明しやすいよう、質問がまとまっていることもあるかと」
そういうのは、このパーティーのリーダー・ローレンだ。
まったく、Sランク冒険者だというのに謙遜までするとは、よくできた人間ではないか!
「ワッハッハ!謙遜はよせ!だがしかし、その言葉は後で職員に伝えておこう。我がギルドの有能な職員が、冒険者たちの報告を聞きとりやすくするため、聞き取り事項をまとめたのだ!これで口下手な冒険者がいても、だれでも聞き取りができるというわけだ!」
「そういえば、ダチのパーティーがギルドでの報告がすっげー楽になったって言ってたっけ。バカな俺らでもすぐ終わらせられて、ありがたいって言ってたぜ!」
「報告って、これも大事な仕事だっていうのはわかるけど、探索で疲れてるのに長い間喋らされたり、あと報告が漏れたら後から追加で聞き取りが起きたり……何気に大変だったものね~」
パーティーの前衛・戦士のロドリゴと、後衛で魔法使いのルーシィが頷きながら話す。
うむうむ、部下がこう褒められるのは中々悪い気分ではない。
「まったく、吾輩が仕事をせずとも有能な職員が勝手に仕事をするから、楽で楽で仕方ないわい!ワッハッハ!」
そんな感じですっかり談笑していた吾輩たちであったが、このパーティーを談話室に呼んだ理由を思い出した。
「あー、おっほん。失礼。諸君らを談話室に呼んだ理由をすっかり忘れておった。先ほども言ったが、今回のダンジョン調査、誠にご苦労。初めてのダンジョン踏破者ということで、調査とは別に報酬も出そう」
そういえば、パーティーの面々はにわかに湧き出す。
ふふん、どんな有名人であれ、金は必要だものな。
「それから、受付で報告したかもしれないが……ダンジョン踏破した諸君らから見て、あのダンジョンの難易度を教えてくれたまえ」
そう尋ねれば、パーティーの面々は互いに顔を見合わせ、頷いた。
「全員で確認しましたが……事前調査でもある程度わかっていた通り、危険度Cランク以上のモンスターがいなかったこと、ダンジョン内部の地形が特異ではないことを踏まえ、難易度は3が妥当かと」
「初心者パーティーが初めてダンジョンに挑戦したい時に丁度いいかもね~」
リーダーのローレンの言葉に、僧侶のサーニャが頷く。
「そうか!う~む実に素晴らしい!ほどほどのダンジョンであれば、低ランク冒険者たちの良い経験になる!そうすれば、このギルドの格が上がる!」
「難易度が高ぇダンジョンは、多くの冒険者がやっては来るが……それと同じくらい、冒険者の命を落とす可能性がある。それに比べればあのダンジョンはほどほどで、冒険者たちの最初の難関、といったところだろ」
「あのダンジョンの踏破できれば初心者卒業、それに伴いランクを上げる、なんて基準を設けてあげてもいいかもしれません」
「ほう、それもいいな!よし、さっそくその報告で進めよう。おい、アラン」
「はい!」
「さっそくだがね、ほかの職員と手分けして、ダンジョン探索のクエストを発注すること、そして冒険者のランク昇格の条件に追加できるか、草案を作ってきたまえ!」
「はい、承知しました!」
そういってアランは礼をして部屋を出た。
「むっはっは、有能職員たちのおかげで、吾輩はこうして座っているだけでもすべて事がまわっとるわい!」
「そんな……ギルドマスターも、冒険者になりたての奴らへの講習や、一時的な支援金支給などされているじゃないですか」
「あんなのは功績なんぞに入らん!冒険者としての装備や知識不足でクエスト失敗する初心者パーティーが後を絶たないから、案だけ出して部下の職員たちにやらせただけだわい!」
「でも、そのおかげで初心者を脱するパーティーが増えましたよね」
「それに、ランクがあがっていったパーティーがどんどんクエストを達成してくれるようになったし」
「ハッハッハ!どれもこれも、吾輩の部下たちのおかげだな!」
Sランクパーティーという、王国でも一目を置くような有名人たちから有能な部下たちを褒められ、なかなかに吾輩の気分もよくなった。
***
「では、重ねてになるが、今回の探索実にご苦労であった!今日はひとまず、しっかり体を休めるといい!」
そういって、ギルドマスターは僕たちを見送った。
「ふう。これで本当にクエスト達成ね」
町の宿へ向かっていると、ルーシィが伸びをしながら息をついた。
「モンスターも大したことねえし、たったの5日程度の探索ではあったが、まあそれでも疲れるモンは疲れるなー……」
ロドリゴが腕をぐるぐる回しながらそういうと、うんうんと全員で頷く。
「……それにしても、あの難易度のクエストは久しぶりだったね」
サーニャの言葉に、これもみんなで頷く。
僕らフォルトゥーナはSランクのパーティーで、自分で言うのもなんだが、各地のギルドで引っ張りだこになっている。
そんな僕たちだけど、できるだけ緊急度や難易度の高いクエストを優先してやって、それが落ち着けば各地を回って実施している。
……だが、ここしばらくはこのギルドに滞在してクエストを実施している。
「ああ。あのギルドマスターから『事前調査では危険性は高くないが、未踏破のダンジョンには何があるかわからない。万が一を考えてSランクのパーティーに調査依頼したい』って……」
「ダンジョンは何が起こるかわからない、だから警戒を怠らない、だけどダンジョンを初心者冒険者たちが挑めるように難易度を調査したいって……こんなにギルドのこと考える人、なかなかいないよ」
「それに、難易度は高くないっていっても報酬はちゃんと弾んでくれたもんね」
ルーシィはホクホク顔でポケットをたたく。
「それに、あのギルドマスターが治めるこの街も、治安もいいし景気もよくって過ごしやすいし」
「私も、どうやら世界的に有名な庭師さんが手掛ける公園が、身分に関係なく誰でも入ることができるらしいの!そこに行ってみたいわ」
「それと、どこの宿も出店も、ほかの町に比べて飯がうまい!俺はうめぇモンを食いに出店まわりしてえぜ!」
「そうだね……よし、もう少しだけこの町にいようと思うんだけど、みんなはどうかな?」
みんなに聞けば、「賛成!」と口をそろえて声が上がった。
***
「ふぅ~む、今日も一日、お飾りのギルドマスターとして何もしないという大役を完璧にこなしてやったぞい!」
夕暮れ時、ギルドマスターの席で吾輩は満足げに独りごちた。
結局、今日も有能な部下たちに仕事を丸投げし、吾輩はというと職員がまとめてくれた完璧でよくできた報告書を読んだり、職員や冒険者たちとお喋り、それと優雅なティータイムだ。
前世の窓際社員時代には考えられないほどの精神的ホワイトな環境、満たされる自尊心、これぞ神に与えられたイージーゲームの極みというものだ。
「では諸君!吾輩は一足先に帰宅するぞ!諸君らも、くれぐれも遅くまで残るではないぞ!」
そう高らかに言えば、各方面から「お疲れさまでした!」のねぎらいの声が飛び交う。
クックック、疲れてなどいないというのに。
ギルドを出ると、そこにはすでにセバスが馬車を回して待機していた。
「ガナイオ様、本日もギルドマスターとしてのお勤め、大変お疲れ様でございました」
「ワッハッハ!セバス、なんども言っているだろう、吾輩はただ座っていただけだと!」
吾輩の言葉に、セバスはいつものように深々と、しかしどこか穏やかな笑みを浮かべて頭を下げた。
邸宅へ戻る馬車の窓から外を眺めれば、そこには吾輩の庭師・ガードナーが整えた美しい公園が夕日に照らされていて、まだ楽しそうに駆け回る子供たち、そしてその子供たちを迎えに来た母親たちの姿があった。
「……ふん。悪い気分ではないな」
そして吾輩は、胸元から新たに市民から届いた感謝の手紙を取り出し、読み進めた。
***
「旦那様、おかえりなさいませ!」
屋敷に到着すれば、世界で一番愛しい妻・マリアが、なんと玄関前で出迎えてくれた。
「なんとマリア!このような寒いところで待っていたなんて……おお、手が冷えているではないか」
急いで馬車から降りてマリアに駆け寄ると、手に取ったマリアの白魚のような指が冷たくなっていたので、思わず自分の上着を脱いでマリアの方にかけた。
「ごめんなさい、旦那様……ですが、今日も一日頑張った旦那様を出迎えたくって、思わず」
「おお、マリア……!!」
前世では女性に舌打ちされるだけだった吾輩が、今や有能な部下たちに慕われ……そして愛する美しい妻が出迎えてくれる、なんと贅沢で、なんと幸せな日々なのだろう。
「さあ、旦那様。今日もお疲れのようですから、お夕食の後はゆっくりお休みくださいね」
「うむ、そうさせてもらおう。……って、マリア。吾輩は仕事なんぞこれっぽっちもしていないというのに!」
吾輩がそうツッコむが、マリアはまた弾けんばかりの輝かしい笑顔を見せた。
自分が知らないうちに市民から慕われ、そして近い将来国王から褒賞を与る日がくることなど露ほども知らず、吾輩はマリアの手を取り、暖かな灯がともる屋敷の中へと入っていくのだった。




