黒い湖
私はベッドの上で膝を抱えて泣いている。最低だって分かっていたのに。
きっと彼に嫌われてしまった。
熱なんかより恐ろしい現実だ。でも彼のためだった。彼が元気でいるために。
―――
私は彼にメールを送った。
「少し熱が出たから学校休むね」
これだけを送った。特に返事は期待してなかった。なのに既読だけついて返事が来なかったら少しだけモヤモヤしてしまう。
きっと彼も忙しい。そう思い込んで布団に潜り込む。不安も少し和らいで気づけば寝付いていた。
―――
夢の中で私は本当の私に出会う。
彼が他の人と話していた。私は特に気にしてなかったなのにその場面が思い浮かばされると黒い姿の私が
「本当は嫉妬してたんじゃないの?」
と言ってくる。
「そんな事ない…」
「そうかな…席が離れた時だって本当は仲睦まじげにしていた人に嫉妬してたくせにさ」
言われたくなかった事をナイフのように突き刺してくる。
「違う!」
私の叫び声は暗闇に綺麗に反響する。
「違わないでしょ」
黒い彼女は私の顎を掴んで無理やり目線を合わせてくる。
「本音伝えなよ…本当は嫉妬してるって…素直になりなよ…もっとベタベタしたいって…」
私は目線を逸らす。
「そんなの正しくない!」
「正しくないなんて誰が決めたの?それにいつか我慢できなくなるのにさ、誠実の言う事に律儀に従ってさ…」
「それ以上は言わないで!黙ってよ!」
「…いつでも私は貴方の心にいる…それを忘れない事ね…」
嘲笑いながら炭のように姿を消し去る。
言葉にならない叫び声が暗い部屋に響き渡っていた。
―――
「電話……」
だんだん意識が戻ってくる。
着信音がする。うっすらと目を開くとスマホの画面は彼の名前が表示されている。
急いでスマホを手に取って電話に出る。
「大丈夫?!ごめんねメール送れなくて…」
「うん…大丈夫だよ…心配しないで…」
ほら、言いなよなんでメールくれなかったの?つて言えばいいのに。
「今すぐ家に行くからね」
「え…来なっ…」
その瞬間電話が切れた。
来ないでそう言いたかったのに。それなのにベッドの布団を力一杯に握ってしまう。
私は辺りを見回す。
「綺麗だよね…」
もしかしたら、彼に風邪がうつるかもしれない。
「建前はそう思っても本音は抱きついて甘えちゃうからでしょ。それに日ごろからあんなに甘えてるのに今更気にするの?」
黒い影が私の心にしがみついてくる。
「だって彼に迷惑でしょ…」
今回の甘えはいつものときめきとは違う。嫉妬、重たい感情。私は綺麗なんかじゃない。彼が思う私はどこにもいない。
純粋な彼を汚したくない。あの笑顔は一生分の宝物だから。
「なら、嫌われたら良いじゃん。そこまで思うならいっそ拒絶したら全て終わるよ」
黒い彼女の提案に私は不気味な笑みを浮かべる。
「そっか…嫌われたら全て終わるのか…」
インターホンが鳴った。彼は心配してるのだろう。
雨の中わざわざ来てくれる彼はどこまでも深い優しさがある。
「大丈夫?」
彼が部屋に入って来た。雨に濡れて寒いはずなのに私の事だけを心配してくれる。
彼が手を伸ばした時私は全ての力を振り絞って手を払いのける。
「早く帰って…」
本心でもあり建前でもあった。こんな姿を見せたくないから。
「え……な、なにかしたかな…」
ベッドの側に置かれたビニール袋の中には花束が入っていた。
「ごめんなさい…迷惑だったかな…」
なんで貴方が謝るの、私が悪いのに。布団を握り締める両手は寒さで震えていた。
手に安心する温くもりが突然感じられる。彼の手が私の手に重なっていた。
私は咄嗟に彼を突き飛ばす。これ以上は我慢できそうに無かった。彼の純粋な白さは今だけ棘のように突き刺さる。
「触らないで!」
自分でもびっくりするほど大きな声が出た。
「帰って…お願いだから…」
本当は彼に謝りたかった、素直に話したかった、手を差し伸べたかった。
体は鉛のように重たく動かない。驚いて少しの悲しさが混じる彼を見るだけで泣いてしまう。
私が泣いたら駄目なのに。強まる雨が私の震える声をかき消す。
彼はゆっくりと立って何も言わずに部屋を出ようとする。
待って
手を伸ばした。
届かなかった。
声も出なかった。
私は伸ばしかけた手を引っ込める。あまりにも都合が良いのが分かっていたから。
扉の閉める音だけが部屋に響いた。彼は後ろを振り向かずに出ていった。それでも怒ってるようには見えなかった。少しだけ躊躇してる気もした。
すすり泣く声がドア越しに聞こえる。
私は弱かった。好きな人を泣かせるなんて、最低だ私。
好きなだけがこんなに苦しい。こんなすぐに終わるなんて私は耐えられなかった。
涙腺が崩壊したように涙が再び溢れてくる。私のせいでごめんなさい。
もっと誠実だった。彼のように純粋でいられたなら。
「嫌われちゃったね。次はどうするの?」
「分からない…分かるわけなでしょ!」
「私に八つ当たりしないでほしいな」
黒い影も消えて雨音だけが残った。
ビニール袋をそっと拾う。
中には3本の白いカーネーションが入っていた。
私は花束を抱いて横になる。
「いい匂い…」
花の匂いが部屋に充満して少しだけ心を綺麗にしてくれた。
気の所為でもいいから白に染まりたかった。
雨音が少しだけ弱まって日差しが蘇る。窓の外には私の心に似合わない大きな虹が秋時雨の終わりを告げた。




