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文化祭④






「ありがとう」








今日だけは何としても全てをぶつける。気合いを入れて髪型をセットしていつも以上に身だしなみに気を遣う。




それでも揺れる私の心は答えを探そうとしなかった。


あんなに昨晩考えたのに躊躇してしまう。彼と恋人になったら何か壊れてしまいそう。なのに恋人ではなかったら寂しくなる。


過去を思い出してほしいのは私だけかもしれない。そんな自分勝手な幸せを押し付けるわけにはいかない。


ちゃんと断る、そう考えると右手の震えが止まらなくなる。




朝になっても彼からのメールは来なかった。

 

それでも心は繋がれてる気がした。


「美智也くん…松井美智也くん…」

連絡先の名前を何度も読み返す。何回でも何千回も口ずさむ。


学校までの距離はいつも通りだった。なのに今日だけは遠く感じた。


校門には人だかりが出来ていつもと違う匂いが学校を包む。私もこの雰囲気が大好きだ。彼との思い出が鮮明に蘇るから。



「おはよう…」

「おはよう!今日は楽しみだったよ」

彼は少しだけ寝不足なのか元気がない。

「あはは…緊張して寝付けなくてね…」

「遠足前とか眠れなくなっちゃうよね…」


彼は演劇の役割分担を記した紙を見る。

「今日は照明係だよね…」

「そうだね…2時だっけ…ステージ演技の最後らへんだったね」


「まぁ…それまで他のクラスの出し物見に行こっか」


私は、はぐれないよう彼の手を握ろうとした。その時には彼から手を繋がれていた。


戸惑いよりも先に幸せの笑みが溢れてしまう。


思ったよりも本格的な屋台が多く、リンゴ飴や定番の焼きそば、綿菓子などさまざまな種類がある。


「わぁ…美智也くんはどれ食べたい?」

「いちご飴かな…」

「なら私もそれにする」


いちご飴はほんのり甘い匂いでキラキラコーティングされている。


校舎裏は文化祭の騒がしさが遠のいている。


「美味しいね…美智也くんはいちご好きなの?」

「うん…いちご好きだよ!」

「初めて知った…」


小さい頃は甘酸っぱくて苦手と言ってたのに。いつの間にか大人になっている。


私も大人にならないと。そう思っていても誰かに甘えてしまう。自分の意見を押し込んで言えなくなる。


彼の思うような大人になれないかもしれない。

「口…付いてるよ」

彼は私の口に手を伸ばして飴の欠片を取る。


「え…あ…ありがと…」

「可愛い…」


恥ずかしくて手の裾で口元を隠す。

「椛さんは何かしたい事とかある?」

「えっと……私は…」


何も考えていない。彼といるなら何でもいいなって思っていた。でもそれは彼に甘えている事になる。


「クッキー食べたい…」

「うん!分かった。ちょっと待っててね」


彼はそう言って校舎裏から飛び出した。本当の静けさに心が安らぐ。


「クッキーこれでいい?」

「早いね……うん…ありがとう」


私は隣に座る彼に少しだけ近づく。

「美智也くん。口開けて」

少し彼は戸惑いそれでも笑顔で口を開ける。私はそっと彼の口にクッキーを入れる。


彼のモグモグ食べる姿が可愛いと思ってしまう。

「美味しい?」

「うん!凄く美味しいよ!」

「良かったね……」


彼が楽しめてそうで何よりだ。彼は何も言わずにクッキーを私の口に持ってくる。


「口開けて」


そう言われると躊躇なく私は口を開ける。サクサクした食感と香ばしい香りが口のなかに立ちのぼる。


「美味しい」

「でしょ!料理部の人が作ったらしいよ。凄いな…」


食べさせ合いをしている時間が楽しくて幸せを実感出来る。


「美智也!ちょっといい?照明の準備頼む!」

気づけば準備の時間になっていた。

「もうこんな時間か…それじゃお互い頑張ろうね!」

「そうだね、美智也くん頑張ってね」


彼は先に体育館に行ってしまう。残された私の空気はとても温かい物だった。


寂しいとは思わなかった。私は過去に縛られていた。今みたいな幸せの時間を一つ積み重ねたら過去の事なんて気にしないのでは。


「そっか…過去に縛られる必要無かったんだ…今が大切なんだ…」


「ありがとう」

大切な事思い出せたよ。


私の独り言は風に吹かれてそれでも落ち葉のように形あるものだった。


私は演劇のセリフをしっかり読んで開演までの時間を潰す。


ブザーが私の緊張を高める。

「貴方はもし大切な人を無くしたら何を思いますか?」


ナレーションの声が体育館に響くのに私の耳には届かなかった。


「忘れられない人を思う二人の物語です。主演白鷺初夏くん、ヒロイン吹雪菘さんです」


ナレーションが終わると二人がステージのうえに立つ。それだけでこの世界はあの二人だけのものになったような雰囲気になる。


舞台裏から照明係をしている美智也くんの姿を見つめる。暗くてよく見えない。


「大切なんだ…そんな簡単に離れられない…だって」

「それても!私は!……私は貴方が消えるなんて想像しなかった。そんな未来を受け入れられない」

二人の演技力に思わず本当の緊迫感に迫られる。

「二人とも落ち着いて!」


物語は終盤に迫る。私の役割も終わり後はエピローグかな。私も結末は知らないので少し気になっている。


「ありがとう…………ゆっくり眠ってね。いつまでも隣にいるよ」


「いつか…また会えるよ」


最後は二人の熱い抱擁で幕を閉じた。演出も演技も凝っていて観客の拍手は鳴りやまない。


文化祭も終わりを迎えて人のざわめきも消えて無くなっていた。


私は彼を校舎裏に呼んだ。文化祭の片付けをしながら考えていた。ずっとしたい事、大人になるために必要な事。逃げる事はしない。ちゃんと彼と向き合いたい。


カラスの鳴き声も私の耳には入らなかった。

「美智也くん。あの日の返事していいかな…」

「うん………いいよ…」

彼は不安そうに少し目線を下げている。


そんな不安を吹き飛ばすような笑顔て私は言った。

「私も…美智也くんが大好きです!」

静寂も全て愛おしかった。


私は分かった。過去も大切なんだ、それでも前に進まないと大人にはなれない。成長も出来ない。それに望んでいた事はいつも同じだった


彼に寄り添える自分になる事


その一本を踏み出すだけだ。

「僕と付き合ってください!」


「………はい!喜んで!」


迷いなんて要らなかった。これからは前を見ることにする。そして今の彼を愛する事を誓う。


全ての不安が吹き飛ぶほどの熱いハグを交わした。

嬉し涙が溢れだして一つの虹を作った。


もう離さないよ。

一人にさせないよ。

もう一度強く力を込める。



「ありがとう」

そっと呟いた声は愛を帯びている、


お互い離れて。見つめ合う。どこかおかしくてそれでも安心する。


新しい私に出会えた。


それは他でもない貴方のおかげだった。

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