第7話
目を覚ますと、窓から日が差し込んでいた。
どうやら俺はそのまま寝てしまっていたらしい。
一か月ぶりのまともな寝床なのだ、無理もないか。
しかし柔らかいベッドで寝れるというのは、幸せな事なのだとサバイバル生活を送ったおかげで痛感した。
この生活を今後手放すことはできない、と身体全体が告げている。
「あー、このままゴロゴロしていたい……」
呟きながら天井を見上げるが、当然そんな都合のいい話はない。
今の俺には保護者はいない。自分の食い扶持は自分で稼がないと生きていけない。
「衣食住に困らないだけの一財産を築いてから働かずに楽しく過ごしたいな……自立型のニートをネオニートっていうんだっけか」
衣食住に困らないだけの財産を稼いでしまえば、後はこの異世界でもぐうたら生活を送れる。
「……よし、決めた。この不死身の能力を活かして俺はネオニートを目指す」
森を彷徨っている間は生き抜くのに必死で、今後の事なんて考える余裕がなかった。
だがガルドニアに来てこの世界の生活水準を見ていると、魔導具のおかげで快適な生活を送れると確信した。
今後は冒険者の仕事で稼いで、生活レベルを上げていこう。
道のりは長いだろうが、せっかく異世界に来たんだから頑張ろう。
そもそも死ななかったら社会人に復帰する予定だったんだ。
それが異世界になったと思えば、少し気持ちが軽くなった。
気持ちを切り替えて、ベッドから身体を起こす。
昨日の疲れはほとんど残っていない。スキルの影響なのか、回復力も異様に高くなった気がするな。
軽く身体を伸ばしてから身支度を整え、部屋を出る。
階段を降りると、朝の食堂には数人の宿泊客がいた。パンとスープの香りが食欲を刺激する。
店員に聞くと、朝食は六百ゴルド支払えば宿泊の有無を問わず提供しているとのこと。
昨日はリディと買い食いはしたが夕食をすっぽかして爆睡してしまった。
流石に何か食べないともたない。
朝食を頼んで、程なくして運ばれてきたパンとスープを食べながらゆったりと朝の時間を楽しんだ。
朝食を食べ終わり、気合を入れなおして宿を出る。
朝の空気はひんやりとしていて、頭がすっきりする。
通りには既に人の往来があり、商人や冒険者らしき人影が目立つ。
昨日よりも少しだけ、この街に馴染んできた気がした。
「さて、初仕事といきますか」
向かう先は当然、冒険者ギルドだ。
昨日と同じ道を辿り、迷うことなく辿り着く。こういうところで迷わないだけでも成長した気分になるな。
扉を開けて中に入ると、昨日よりも人が多い。
朝だからか、依頼を受けに来ている冒険者がちらほらと掲示板の前に集まっていた。
俺もその流れに乗るように鉄級掲示板の前へと向かう。
「えーっと……」
鉄級掲示板には大量の依頼書が貼られている。
掲示板ごとに等級の区分けされているようだ。
依頼書の数も等級が上がるにつれて少なくなっている。
「俺にできそうな依頼はあるかな?」
掲示板に貼られた紙を一枚ずつ眺めていく。
内容は様々だが、鉄級ということもあってか難易度はそこまで高くなさそうだ。
薬草採集、街周辺の見回り、簡単な荷運びの護衛、害獣駆除等々……。
「思ったより普通だな……」
もっとこう、いきなり命懸けの討伐ばかりかと思っていたが、日雇いバイトの延長みたいな依頼も多い。
とはいえ、そういった依頼はどれもこれも報酬がやはり少ない。
「やっぱり受けるならそれなりに稼げる依頼がいいな……」
つい、本音が漏れる。
ネオニートを目指す以上、効率は重要だ。
やはり冒険者で稼ぐなら、魔石の換金だろう。
魔石を集めながら依頼もこなすなら、護衛依頼は魔物との遭遇率は少なそうだ。
調査や採集といった依頼は魔物を狩りながらでもできるが、狩りが主目的じゃない以上、魔石で稼ぐことを主眼に置くと幾分やりづらさを感じそうだ。
ここは魔物を狩るという稼ぐ手段が一致している討伐依頼が一番だな。
もちろん死ぬほど痛い思いを何度もするのは御免被りたい。
鉄級の依頼の中で比較的安全に狩れそうな魔物の討伐依頼を中心に眺める。
俺はしばらく悩んだ末、一枚の依頼書を手に取った。
『ガルドニア南方の街道周辺のゴブリン討伐 報酬:一体五百ゴルド(魔石別途買取)』
「初依頼だし、これが妥当かな」
ゴブリン程度なら、森で散々戦ってきた相手だ。
ま、何回も死ぬようなら撤退すればいいか。
『自己再生』を手に入れてから明確に死に慣れてきているような気がして、自分が少し怖いが。
それにしても、依頼報酬よりも魔石の買取価格の方が単価が高いんだな。
ゴブリンから採れる魔石は小なのだが、それでも千ゴルドで買い取ってもらえるのだ。
俺の能力を考慮しても、やはり討伐依頼を受けながら魔物狩りに従事するのが一番稼ぎやすそうだ。
そんなことを考えながら、依頼書を持って受付に向かう。
「あ、イオリさん~。おはようございます~」
受付カウンターを挟んだ向こうから声をかけてきたのは、昨日対応してくれたエレナだった。
「おはようございます。この依頼を受けたいんですが」
手に持った依頼書をエレナに渡す。
「はい、かしこまりました~。ゴブリン討伐ですね。街道沿いに出没している個体の間引きになります~。討伐した証明として魔石をお持ちいただければ、討伐報酬と合わせてお支払いしますね~」
「分かりました」
「ではお気を付けていってらっしゃいませ~」
ぺこりと兎耳が垂れるエレナに軽く会釈をして、ギルドを後にする。
外に出ると、朝の光が少し強くなっていた。
「さて……行きますか」
リディに道案内してもらったおかげで、少しだけ街の中の方向感覚が分かるようになった。
南門は俺がガルドニアに辿り着いた時に通った門だ。
つまり、俺は南から来たってことだ。
依頼書には街道周辺とは書いてあったが、もしかすると俺が彷徨った森――ルノール大森林付近まで足を運ばないとならなそうだ。
どうやらガルドニア南方の魔物はルノール大森林から出てくると言われているからな。
全て昨日リディから教えてもらった。
本当に世話になりっぱなしだな。
また会うことがあったらリディに何か報いよう、そうしよう。
そうこうしているうちに、南門が見えてきた。
昨日は街に入るから検問の列に並んだが、街から外に出るときは特に制限はないらしい。
特に呼び止められることもなく、南門を抜けて街の外に出る。
街道に沿って歩きながら、周囲に気を配る。
なだらかにカーブする街道を人気がなくなるほど進むと、左手に広がる草地の向こうに、森が生い茂っているのが見えた。
「この辺りを探してみるか」
しばらく森の手前付近を進むと、小さな影が複数見えた。
木の陰に隠れて様子を窺う。
「……見つけた」
緑色の肌、小柄な体躯、そして棍棒。
間違いなくゴブリンだ。
二体――いや、三体か。
こちらにはまだ気付いていない様子で、グギャグギャと汚い鳴き声を上げながらこちらに背を向けて何かを漁っている。
どうやら街道を通る商人か旅人が落とした荷物でも見つけたらしい。袋を破いて中身を引っ張り出しては、互いに取り合っている。
「なるほど……ああやって人里まで出てくるわけか」
木の陰に身を寄せたまま、三体の動きを観察する。
三体とも袋の中身に夢中で周りに無警戒になっている。
こちらに気付く気配もなさそうなので、剣を抜いて足音を立てないように忍び寄る。
ゆっくりと距離を詰めていき、十分に近づいたところで地面を蹴った。
「うおおおおおっ!!!」
冷静さを心がけていたが、緊張からか、はたまた自分を奮い立たせるためかは分からないが、自然と気炎を吐きながら剣を振り上げる。
一番近くにいたゴブリンの胴体をぶった斬り、反応する前にもう一体の首を横薙ぎに刎ね飛ばす。
二体を奇襲で片付けている間に、残されたゴブリンが向かってきた。
振り回してきた棍棒を避け、勢い余ってたたらを踏んだところを後ろに回って背中に剣を突き刺した。
断末魔の叫び声を上げながら、ゴブリンが消滅していく。
残った魔石を回収して、一息つく。
「先手が取れたとはいえ、ゴブリン程度なら問題ないな。これでもう四千五百ゴルドなんだから、悪くない」
次の獲物を探すか、と辺りを見回すと、先ほどゴブリンが夢中になっていた荷物が散乱している。
魔物に襲われて荷物を投げ出して逃げたのか、辺りに血の跡や人が倒れていない事を確認してホッと胸をなでおろす。
念のため遺留品になりそうなものは回収しておくか、と思い立ち、荷物を漁ると、中身は食料や着替え、安物のナイフに生活用品ばかりだった。
「……落とし主がいるなら返した方がいいか」
荷物が入った袋はゴブリンによって破かれてしまっているため、全てを持ち帰るのは無理そうだ。
「ま、ギルドに持っていけば何とかしてくれるだろ」
価値がありそうな物を選別して、自分の袋へ入れておく。
「とりあえず街道に出没しているゴブリンを片っ端から片付けていくか」
まだ狩りは始まったばかりだ。
身支度を整えると、再び街道を歩きだす。




