第2話
「えぇ……なんで俺生きてんの。怖いんだけど」
目を覚ました俺は、自分にドン引きしていた。
だってさ、起きたら自分の周りには大量の血が飛び散ってるのにも関わらず、俺自身は無傷なんだもん。
なんなら灰狼に受けた傷も何故か治ってるし。
上を見上げれば、かなりの高さの崖から落ちたことが分かる。
一緒に落ちたであろう灰狼は黒い石を残して既に消滅していたので、おそらく即死だったのだろう。
だからこそ、俺がピンピンしてることが異常なのでドン引きしていたのだが。
「もしかしなくても、この身体は不死身なのかねぇ……」
手を握ったり開いたり、どこも身体に異常はないかを確認しつつ、呟く。
突然異世界に、しかも森の中に一人放り出されてどうしようかと不安があったが、そう簡単に死ぬことはなさそうなのが分かり、少し安堵する。
とはいえ、この不死身の身体が何か制約や制限はあるのかもしれないし、詳細がちゃんと分かるまでは無理は禁物だな。
一回死ななかったからといって、次も死なないという保証はない。
幸か不幸か、まだ森の中ではあるものの崖から落ちたことで、心なしか崖下に広がる森は崖上よりも木々の間隔が広く、見通しが良くなっている。
しかも、少し距離があるが崖から下へと滝が流れ落ちている。
喉が渇いていたので、そこへ向かって駆け出す。
滝壺から流れる川のほとりにしゃがみ込み、手を洗ってから両手で掬った透き通った水をゴクゴクと飲む。
煮沸したほうがいいのかもしれないが、生憎そんな道具もサバイバル知識も持ち合わせていないので気にしないことにする。
「――ぷはっ! うんめええええええ! 染み渡るうううう!」
その後も胃がタプタプにならない程度に水分補給を繰り返した。
喉の渇きを潤せて人心地ついたところで、水面に映る自分の顔に気が付いた。
「……やっぱり、これって若返ってるよな」
自分の中ではまだまだ若いつもりだったが、今の自分は少年といっても差し支えない幼さの残る顔をしていた。
記憶の中にある十代の頃の自分に戻っている。
考えてみれば、灰狼との戦闘にしても明らかに身体能力が上がっていた。
この世界で生きていくために適応できる身体になったのだとしたら、それはありがたいことだと思った。
しかも、まだ確証はないとはいえ不死身の可能性があるのだ。
「――にしても、水分補給したら腹が減ったな」
水分を摂取したことで、より強まった空腹感を解消できないか、辺りを散策する。
少し川から離れたところに食べられそうな果実を見つけた。
いくつかもぎ取り、川で軽く表面を洗ってから齧ってみる。
見た目、味も食感もリンゴだった。
まあ、だからこそ食べられそうと判断したのだが。
何個か平らげたところで胃が満足したので、残りは腰にぶら下がっている小袋に入れておく。
「ふぅ……あれ? そういえば俺はなんでこんなに腹が減っていたんだ?」
この世界に来て早々、灰狼に追いかけられて今に至るが、そんなに時が経っている感覚はなかった。
だが、目が覚めてから喉の渇きと空腹感だけが急激に襲ってきたのだ。
「もしかして、崖から落ちてから時間が経ってるのか?」
意識を取り戻してからも空が明るかったから気が付かなかったが、気を失ってから丸一日以上経っているのかもしれない。
「うーん、これに関しては死なないと検証しようがないな。かといって死にたくないしなあ……」
俺の身に何が起こっているのやら。
途方に暮れそうになるが、ここでそうしていても仕方ないので、当初の目的である街を目指すことにする。
残念ながら水筒のようなものは持っていないので、いつでも水を飲めるように川沿いを歩いていこう。
下流に進んでいけば人里もあるかもしれない。
気が付いたら軽くなっていた足を動かして、俺は道なき道を進んでいった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ようやく森の出口か……長かった……おおおおお、薄っすらと街のようなものが見えるぞ。本当に、本当に頑張ったな、俺ぇ……」
遠くに見える人工的な建造物を目にして、思わず目尻に涙が浮かぶ。
いや本当に長かった。
あれから何度夜を明かしただろうか。
一週間から先は数えていない。体感は一月程経過したんじゃないかな。
幸い水と食料には事欠かなかったが、慣れない野宿やサバイバルで精神的な疲労が蓄積されていたので森を抜けられたことによる喜びもひとしおだ。
道中、魔物との遭遇も多々あった。
灰狼ほどの脅威ではなかったが、角が生えた兎や棍棒を持ったゴブリンのような魔物との遭遇率が高かった。
たまに二足歩行の豚の魔物――おそらくオークだろう、が襲い掛かってきた時は何回も死んだ。
だが、やはり厄介なのは灰狼だ。
他の魔物は単体で行動していたり、複数いても組織立った行動はしてこないのに対して、あいつらは常に群れで行動しており、標的を囲んで追い詰めるような動きをしてくる。
対してこちらは俺一人だから、そういった狩りのような戦い方をされると手数が足りずに追い込まれる。
結果、灰狼と会敵して死ぬ回数が一番多かった。
「ま、そのおかげといっちゃなんだけど……俺が死なない身体を手に入れたのはほぼ確定だな」
そう、この一月あまりの間に何回も何回も数えきれないほどに死んだおかげか、俺の不死身の身体は特に回数制限はないと思われる。
切り刻まれようが潰されようがちぎれようが、気が付けば元の身体に戻っている。
しかも不思議なことに、俺が身に着けている全てのものも元に戻っているのだ。
服はもちろん、剣から腰にぶらさげた小袋に中身に至るものまで全てだ。
さては時間巻き戻し系か?とも思ったが、崖から落ちた時と同様、血痕が大量に残っていたのでそれもない。
ま、この辺の原理はよく分からないし俺にとっては都合がいいことなので、ファンタジーだからと納得しておく。
この不死身の能力、どうやら外傷の程度で復活までのインターバルの長さが変わるみたいだ。
首を切られて失血死した時なんかは、ほぼノータイムで復活したのに対して、棍棒で頭を叩き潰された時は復活したら日が暮れていた。
崖から落ちた時は丸一日以上インターバルがあったということは、誇張なく身体がぐちゃぐちゃの木っ端微塵に砕けていたのだと思うと、今更ながらにぶるりと背筋が震えた。
しかし、あまりにも数々の死を体験しすぎたせいか、死ぬことに対しての恐怖感というのは希薄になってきている。
とはいえ、それはあくまで死に対して、だ。
腕が切り落とされれば死ぬほど痛いし、足が折れれば歩けなくなる。
死なないだけであって、痛みを感じないわけでも、強靭な身体になったわけでもない。
ただ、魔物を倒すと毎回出てくるあの白い光を身体に吸収したある時、何かが身体に流れ込んでくる感覚があった。
何故かは分からないが、それが何なのかを俺は感覚で理解した。
――スキル、だ。
目視で確認する術はないが、感覚でスキルを習得したのが分かった。
どうやら魔物を倒すと、スキルを習得することがあるらしい。
今回俺が習得したスキルは『剣術』。
剣を使って戦っていたからなのだろう。名前の通り剣の扱いが上手くなるスキルだ。
一番最初に覚えるスキルとしては妥当なものだった。
じゃあ魔物を倒さないとスキルは得られないのか、といえばそうでもない。
死んでは復活を繰り返していたある日、復活した時に『自己再生』というスキルを習得していたからだ。
多少の傷はすぐに治るようになり、手足が折れたりちぎれたりしても死なずに治っていくという優秀なスキルだった。
このスキルを覚えて一番助かったのは、痛みが軽減されたことだ。
おかげで重傷を負う度にのたうち回っていたのが、我慢して動き回れるぐらいにはなった。
いや、痛いのは痛いんだよな。
痛みに動きが阻害されなくなった、と言う方がしっくりくるか。
ともあれ、この世界にはスキルという力があって、それは日々の行動によって蓄積されたもの――俺はこれを熟練度、と呼ぶ。
熟練度が一定の基準に達すると、スキルという力に具現化する、と思っている。
魔物を倒すと吸収される白い光は、追加で手に入る熟練度なのだろう。
剣なんて日本じゃ握ったこともないってのに、『剣術』を覚えるのが早すぎるからな。
「それにしても、『自己再生』って俺ぐらいしか覚えられないんじゃないか?」
死ぬほどの傷を何度も何度も受けて、その度に不死身の能力によって再生されてきてようやく発現したのだ。
どう考えても普通の人間が習得できるようなスキルじゃない。
「まあ、そもそも不死身の時点で普通の人間じゃないから関係ないか……」
そういえば、この不死身の能力はスキルなのだろうか。
スキルであれば、『剣術』や『自己再生』のように使い方が分かってもいいはずなのだが。
今のところは不自由はしていないけど、いずれこの能力に関しても詳細が分かる時が来ればいいな。
「おっと、森を抜けたことで感傷に浸りすぎたな。街に向かおう」
その足取りは、森を抜ける前よりも軽かった。




