王家からの手紙
クラリス・フォン・アルセルト、七歳。
年相応にくるくるとした巻き毛と可愛らしいピンクの頬を持ちながらも、彼女は日がな一日、温室の奥で薬草学の本を読んでいた。
そんなある日、アルセルト家の応接室にはめずらしく客人が訪れ、貴族らしい丁寧な手紙を置いていった。
「王家から…あの子が婚約者候補ですって!!」
テーブルの上に広げられた羊皮紙に、母のマルグリットは顔をほころばせる。父も珍しく嬉しそうにヒゲを撫でた。
「クラリス、王子殿下だぞ。これは名誉なことなんだぞ」
「そうよ!王子のお茶会に招かれるなんて、お母さま夢みたい!」
その騒ぎの中、クラリスはおとなしく紅茶を飲んでいた。好きなラベンダーの香りに集中して、ほとんど話を聞いていなかった。
「ねえクラリス、嬉しくないの?王子さまからお誘いよ?」
マルグリットがやわらかく微笑む。その目は、娘が喜びに頬を染める姿を待っているようだった。
クラリスは首を傾げた。
「恋愛より、勉強したいです。修道院の研究室で薬草学ができるって聞きました。あと……孤児院を見学してみたいです」
室内の空気が一瞬で止まった。
父の顔が引きつる。母は目を見開いたまま固まる。
「え……? それは、ええと……どうしてまた急に……?」
「修道院で勉強するには、まず中を見たほうがいいと思います。孤児院も併設されてるから、見学できるって聞いたの。だから行きたいです」
クラリスはまるで、花壇に咲いた新種の花でも調べたいかのように、淡々と答えた。
しばしの沈黙の後、父が咳払いして言った。
「まあ……とりあえず、行ってみるか。本人が納得して王子と向き合えるなら、それもよかろう」
母は動揺を隠せないままも、うなずいた。