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40 看破された秘密と、記憶の味

 期末試験を控えた学園で、「国家統治の歴史と未来」という特別実習のペア決めが始まった。

 教室の喧騒の中、私の視線はコレット嬢に注がれた。

 彼女の所在なさげな様子は、この機会を利用するのに都合がいい。彼女の特異性、そして「呪い」への関心を探るには、最も近距離での観察が必要だった。


 迷わずコレット嬢の机へと歩みを進める。

 私の存在に気づいた彼女の顔に、怯えと戸惑いが浮かぶのが見て取れた。


「コレット嬢。私のパートナーとして、あなたを指名させていただきたいのですが、よろしいかしら?」


 私の言葉に教室の空気は凍りつき、やがて驚愕のざわめきが広がった。


 王女である私が男爵令嬢を指名する理由など、彼らには理解できないだろう。彼らの混乱こそ、私の意図を隠す最適な煙幕だ。


 コレット嬢は呆然としていたが、その瞳の奥に怯えの中に隠された好奇心が揺らめいているのが見えた。

 東屋での対話、ヘンドリックの焦り。それらが彼女を突き動かしているのだろう。

 彼女は私の真意を測りかねながらも、応じた。

 これで、彼女は私の掌の上だ。



 翌日、演習室に現れたコレット嬢は、まるで生贄に向かうように緊張していた。

 私は彼女が何を話すべきか思考を巡らせている間に、核心を突いた。


「あなたは、なぜ私があなたを指名したのか、疑問に思っているのでしょう? ……あなたに興味があるからよ。それから、あなたに対する疑惑。そして今日それは、確信に変わる」


 私の言葉に、彼女の顔から血の気が引くのが分かった。

 興味。疑惑。確信。彼女の反応は、私の推測が正しいことを示している。


 私はまず、この国が彼女の目にどう映っているかを知りたかった。

 だが、彼女の答えは私を失望させた。


「治世が行き届いていると、そう感じました。さすがはルイーズ様の父王、賢王と称されるだけあると、そう思いました」


 彼女の素直な感想に、私の心に冷たい怒りが燃え上がった。


 『賢王』と称された父の、他人を振り回し、己の欲望のままに振る舞う身勝手な行いが、この絶対的な身分制度によって許されていたこと。そして、その身勝手が私自身の幼い境遇をどれほど歪ませたか。

 その憎悪と怒りが、再び胸の奥で燻り始めるのを感じた。


「賢王? あの男が? 王宮に巣食う鼠の蠢きさえ聞こえない、あのぼんくらが?」


 私の憎悪のこもった言葉に、コレット嬢は驚愕した。


「……いえ、その、確かに行き届いていないと感じる場所も、あったと思います。陽の当たらない場所、光が届かない場所で、苦しんでいる人々もいる、と」


 彼女のその撤回の言葉は、決して私の機嫌取りのためではなかった。

 自分の目で見たものを考え、己の中に落とし込んでいる言葉だった。


 私の口元には微かな満足の笑みが浮かんだ。

 コレット嬢は権力に怯え、震える幼子のような令嬢ではない。己の意思を、考えを持ち、己の足で立てる存在である。


「国に王は、必要不可欠だと思う? 誰しも生まれ持った地位を尊重しなければならないと思う? 掃き溜めの中に生まれ落ちたものは、一生をその掃き溜めで過ごさないといけないと思う?」


 矢継ぎ早に問いを浴びせる。

 彼女の心が揺れるのが見て取れた。この世界の常識と、彼女の内にある別の価値観。


「王は、必要不可欠だとは、思いません。王がいなくても国は治められるし、王がいても、民主主義と共存できると思います」


 彼女は迷いながらも、私の中にはない答えを導き出した。

 やはり、コレット嬢の考え方は、面白い。私の笑みは深まった。


 ゆっくりと、彼女の頬に手を伸ばし、瞳を深く覗き込む。


「考えなしで生きている、この国の貴族たちと違う。学者のような頭脳から来た考えかと思えば、そうではない。沁みついた思考回路が、あなたにそう発言させているかのよう。そう、まるで、こことは別の常識の中で生きてきた記憶があるよう」


 彼女の顔から一気に血の気が引く。心臓が凍りつき、呼吸すら忘れたかのような彼女の反応。それだけで十分だった。



 彼女は、私と同じ『生まれ戻った者』ではない。――こことは違う、『別の世界』で生きた記憶がある。

 コレット嬢は自身の最大の秘密を、私に看破されたのだ。



 私は指を離し、静寂の中で彼女の動揺を見つめた。

 彼女がどう崩れていくか、ただ観察した。


 コレット嬢は、無意識のうちにバスケットに手を伸ばし、マドレーヌを差し出した。


「あの……ルイーズ様。これ、よかったら召し上がってください。昨日、友人と一緒に焼いたマドレーヌです」


 あからさまな話題そらし。だが、可愛らしい仔犬の誘いに私は乗ることにした。

 マドレーヌを受け取り、一口食べる。


 その瞬間、私の凍てついていた表情の輪郭が、ほんの僅かに緩んだ。

 目の奥に宿っていた氷のような光が、まるで溶け出すかのように揺らめき、驚きとも、懐かしさともつかない複雑な感情が、一瞬宿った気がした。

 アールグレイの芳醇な香りとオレンジピールの爽やかさが、静まり返った演習室にふわりと広がる。


 甘く、そして苦い記憶が、私の脳裏を駆け巡る。

 あの優しさが、あのひたむきさが、今も変わらず、この世界に存在している。

 そして、それがコレット嬢の手を介して私に届けられた。


(……エディー)



 私のことなど、忘れればよかったのに。


 そして後日私は、あの学内パーティーに一人で臨んだのだ。

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