4 赤点危機<後編>
前世の中高生の時のように、ペーパーテストでそこそこの点数を取っていればいい、なんてあまいものじゃない。
学園での授業はペーパーテストではなく討論が主だ。成績もその討論での発言の内容からつけられる。
(そう、そこが問題だ。あたしは……討論が大の苦手なんだ!)
小難しい言葉なんかちっとも思い浮かばないし、頭の回転の速い生徒と違って、あたしは必ず「え、えっと……」とどもってしまう。
そもそも発言ナシは「このコレットは思考力のない愚か者です!」と宣言しているも同然だ。
だから発言をする際は慎重にしなくてはならない。ウウッ、なんてハードなんだ……。
授業はもちろんのこと毎日ある。だから毎日のように学園から逃げ出したいと考えている。嫌だなあ、と胃のあたりがずしりと重くなるのを感じているうちに今日の最初の議論の時間が始まってしまった。
「本日の議題は、国からどのようにして貧困者をなくすか、です。ではコレットさん、今日はあなたからどうぞ」
(えっ、いきなりあたしから!?)
進行役の教授から指名されたからには何か発言しなくちゃならない。ない頭を絞り、必死に言葉を探す。
(何か、何か、捻り出さないと!)
「えっと、国から補助金を出してみてはどうでしょうか? 安定した生活を送れるようになるまで、国が支援を続けるのです」
「コレットさん。いつも思っていることですが、ご自分の考えはもっと堂々と発言なさってはいかが?」
「うっ……ご、ご指摘痛み入ります……(この指摘、あまりにもごもっともで、反論の使用がない。悔しいけど、これが現実だ)」
チクッとした発言をなさったこちらのお嬢様は高貴なるミシュリーヌ伯爵令嬢だ。
あたしみたいな見せかけだけの貴族と違って、彼女は威風堂々としたところがある。悔しいけれど、彼女の言葉には一切の反論もできなかった。
「だがコレット令嬢の意見には新しいところがある。議論する価値があると私は思う」
(そうでしょうそうでしょう!)
思わず外聞を気にせずうんうんと頷いてしまいたい衝動に駆られてしまったが、そこはなけなしの理性で取り押さえる。
あたしの意見に肯定的な答えを示してくださった方は公爵家の嫡男、マクシム様だ。彼はこの国の宰相の息子であって、その聡明さから次期公爵も宰相の座に着くのではと噂される方だ。クールな相貌も相まって、女性方からの人気も高い方である。
ちなみにこのプロフィールからもうおわかりかもしれないが、マクシム様は攻略対象の一人でもある。そして先のミシュリーヌ令嬢様は彼の婚約者で、マクシムルートの悪役令嬢でもある。ガクガクブルブル……悪役令嬢コワイヨ……。(もちろん、本物の『ラスボス』は、これだけじゃないけどね……)
「マクシム様のおっしゃる通りですね。しかしそうなると金の無心をして、定職に就かない者も現れるのでは……」
ロドルフ様は弁護士を務めておられる法服貴族の子息。
領土は持たないが、由緒ある貴族の家系ではある。将来の夢は政治家らしい。
ちなみに彼も攻略対象だ。ちくしょう。
「金銭の援助もしつつ、仕事の斡旋を行うのはどうでしょうか? 仕事を見つける間だけ援助を行うのです」
「なるほど。とすると、援助は期間を定めたものにすればよいのですね」
あたしの返答にマクシム様が納得して首を縦に振られた。
よっしゃ。掴みはいいぞ。これで成績も安心。
ミシュリーヌ令嬢様の方も……今のところあたしを睨んでいないし、大丈夫そうだ。彼女がこの程度のことで嫉妬を燃やすような、心の狭い悪役令嬢でなくて本当に良かった。
実はこれ、前世での生活保護とか雇用保険とかハローワークとか、あんまり理解していないくせにごちゃ混ぜにしたものだ。
アイデアを提案さえしてしまえば、後は才のある方達が勝手に議論してくれる。ふぅ、なんとか乗り切った。
すると、授業に参加している生徒はこのアイデアに関心を抱いたのか、横の人と小声で相談して、時々全員に向けて意見を発する。
まるで議会のような授業はこの学園の売りだ。
「非現実的ね」
だが、ほっと安心できたのはつかの間で、凛とした声が教室に響いた。みな口を閉じ、その声の主を見た。
乙女ゲーム内に登場する妨害キャラ、その中でも『ラスボス』と称される悪役令嬢、ルイーズである。
なんと彼女は庶出ではあるが、この国の王女なのだ。
しかも容姿端麗。艶やかな黒髪にすっと通った鼻筋、蠱惑的な唇。女であるあたしから見ても惚れ惚れする造形だ。
一介の男爵令嬢に、こんなパーフェクトレディーに太刀打ちしろだなんていうストーリーはマジ鬼畜ものだと思う。
「そこの方、貴女がコレット嬢で間違いないかしら」
「は、はいっ」
声が上擦ったのは仕方ない。なぜなら、あのルイーズ様があたしを品定めするように見つめ、その一言がまるで有無を言わせない命令のように響いたのだ。
怯えるあたしを気にとめず、ルイーズ様は言葉を続ける。
「その援助で貧困者がなくなる見込みはどれほどなのかしら」
「あの、申し訳ありません、あたしには……」
「そう。答えられないの。ならばやはり非現実な発想なのね」
ぐっと言葉に詰まった。ルイーズ様の指摘が鋭いからだ。
「だがコレット令嬢の発想には目をみはるものがあるのでは」
助け船を出してくれたのはマクシム様だった。
だが彼もルイーズ様の威圧感にどこか怯えているところがある。
「ではそもそもの話をしましょう。貧困とは、富のある者とない者の圧倒的な差異によって起こるもの。だからコレット嬢は施しにより、その差異を埋めようと提案した。そうかしら?」
「は、はいっ、その通りです」
脳味噌スカスカのあたしは、とりあえず後先考えずに肯定しておいた。
すると、ルイーズ様の唇がついと上げられた。
「そこで私は思うのだけれど、その施しをどうして誰も取り上げない、と言えるのかしら」
ルイーズ様のお言葉に、生徒達は皆はっとした。
ここは平和な日本と違う。
確かに、貧困者に与えた援助金を横から力をもってして奪おうとする輩がいないとは限らない。
となるとその暴力の施行者のみが金額を得て、結局のところ補助金を当てにした就職活動が不可能になる。問題の解決にはならない。
「お言葉ですが、ルイーズ様には他の解決策があるのでしょうか」
「もちろん。でなければ異議を唱えないわ」
勇気あるロドルフ様の質問をも、ルイーズ様は思い切りぶった切った。
そうしてルイーズ様は美しいお顔で笑った。
「要は差異をなくせばいいのよ。簡単な話だわ。国を壊し、貴族や裕福な家を根絶やしにすればよいのよ。違って?」
そのあまりに美しい顔からは想像もできない、とんでもない発言に、教室はまた静まりかえった。それは静寂というよりも、恐怖に凍りついた沈黙だった。
その沈黙を破ったのは、教室内でひときわ存在感を放つ青年だった。隣国から留学している王弟、ヘンドリック様。ルイーズを射抜くような鋭い視線を向け、冷ややかに言い放った。
「そちらの方が非現実的だな」
「そう。残念だわ」
それを締め括りに、今回の授業は終了となった。