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35 回帰と邂逅

 数年後、父王は突如として、王立学園の創立を宣言した。

 それは身分を問わず、優秀な才能を育てるための機関だという。


(こんなことをする男ではなかったはずだ)


 私の内には確かな困惑があった。

 前世において、父王はこの国の腐敗した貴族社会システムの象徴そのものだった。彼は血筋と権力を全てとし、市井から優秀な人材を取り立てるなど、考えもしなかったはずだ。



 学園創立の報せからしばらく経ったある日、私は父王の執務室を訪れた。

 執務室で王一人で政務に取り組んでいる時間は、私にとって言葉を切り出しやすい状況を狙う絶好の機会だった。

 私は膝をつき、恭しく頭を垂れた。


「陛下。王立学園の創立、誠にお慶び申し上げます。微力ながら、私もぜひ、その学園で研鑽を積ませていただきたく、お願いに参りました」


 父王の視線が、私の頭頂から顔へと滑る。

 その目にわずかな驚きと、次に続く言葉への期待が混じっているのが見て取れた。


 やはり、この男も『生まれ戻った者』だ。私の言葉が、彼の想定外の反応だったのだろう。

 しばらくの沈黙の後、父王は重々しく口を開いた。


「……ほう。そなたが、学を修めたいと申すか。よかろう。だが、それに条件を出す」


 彼の声は、前世ではあまり聞かなかったものだから、なかなかに新鮮なものだった。


「今、隣国のヘンドリック王弟殿下が、その学園へ留学を希望している。彼が、わざわざ我が国の学園を選ぶのは、単なる学問のためではない。国境の安定を望む隣国からの、いわば贈り物だ。しかしこの私とて、何の見返りもなく了承するつもりはない」


 父王はそこで言葉を切り、私の目をじっと見つめた。

 そして、その視線が、私の心臓を凍らせる一言を放った。


「そのヘンドリック王子の婚約者に、そなたを据える予定だ。これこそが、我が国が得る見返りとなる」


 その言葉を聞いた瞬間、私の表情は凍りついた。

 父王はにこりともせず、しかし満足げに私を見ている。


 結局、これなのか。


 私が、下働きをしていた女から生まれた不純な血を持つ娘であるという事実は、この世界でも変わらない。父王は、私への待遇を改善し、学園創立などと謳いながらも、その本質は何も変わっていないのだ。

 私を政略の道具として利用することに、何の躊躇もない。他の王女たちではなく私を選ぶのは、最も取るに足らない、安価な交換条件となるからだろう。


 私の心に深い落胆が広がった。

 冷遇されていた頃と何も変わらない。父王に、所詮私は都合の良い道具としてしか見られていないのだと、その思いが私を鼻白ませた。



 父王からの婚約という交換条件を受け入れた後、私は王立学園への入学を許可された。

 政略の道具であることに変わりはない。だが、この学園という前世にはなかった場所が、私の知る未来にどう影響を与えるのか、その行方に強い興味を掻き立てられていた。


 数か月の後、学園の門は開かれた。

 王の勅命に従い、国中の年若い貴族や、優秀な市井の人材が将来を見込まれて集まった。


 学園長が新入生を前に訓示を垂れるため、大講堂の壇上に立つ。私は定められた席に座り、その光景を静かに見つめていた。


 今のところ、さして面白い展開はなかった。

 しかし、広間に集まる生徒たちの中に、私の知る『異物』たちが混じっていることに、すぐに気がついた。


 数日前に顔を合わせたばかりのヘンドリック王弟は、静かな瞳の奥に私を値踏みし、探るような視線を宿していた。

 彼もまた、過去の記憶を持つ者。その視線は、彼が単なる留学生ではないことを雄弁に物語っていた。


 私が席に掛ける前にすれ違ったミシュリーヌ伯爵令嬢の顔は、私を一目見るなり、ありありと驚愕の色を浮かべた。

 かつて王宮の片隅で日陰を歩いていた私を、妙に気にかけていた女だ。その瞳の奥には、他の者と同じ『既知』の光が揺れていた


 今こちらを見つめている魔導師のジルベールの瞳の奥には、動揺の光が宿っている。私が国外追放してやった、あの魔導師だ。


 そして、宰相の息子のマクシムは、相変わらず私に対する畏怖が見て取れた。彼も、私を処刑した過去の記憶を鮮明に持っているのだろう。



 なるほど、彼ら全員私と同様、前世の記憶があるのだと確信した。

 これほど多くの者があの悲劇の記憶を持って、この世界に存在している。これは偶然なのか、それとも……。

 私の燃え尽きていたはずの心に、予測不能な展開への冷たい興奮が、再び燃え上がり始める。



 開校式が終わり、生徒がぞろぞろと大講堂から退室を始めた。


 興奮している生徒たちのざわめきの中、私の視線は一人の青年の姿を捉えた。

 前世の頃と何も変わらない背丈、見た目。彼には覚えがあるとも。ずっと一緒だったのだから。


(……エディー)


 彼もまた、私のことを静かに見つめていた。前世の頃と変わらない、あの瞳の色で。


 お互いに声をかけることもない。ただ私たちは、互いの存在を認識しあっただけだった。

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