31 歪んだ福音
私はあの浮浪児を王宮へと連れ帰った。
御者は狼狽していたが、私の絶対的な命令に逆らえる者はこの城にはいない。私は彼を、私の召使いとした。
彼に名前はなかったので、エディーと、私が名付けた。
エディーは実によく働いた。物覚えが早く、教えられたことはすぐにこなした。
私は彼に、召使いに必要と思われる以上の読み書きや教養を与え、その知性を伸ばさせた。政治の手腕も、食事のマナーも。
私が学び得ているものと同等のものを与えた。
私は彼を、自身の復讐計画の「駒」として育て上げるつもりだった。彼の純粋な勤勉さは、疑いを持たずに命令に従う「道具」として、この上なく都合が良い。そう思っていた。
エディーは私の指示をいつも完璧に理解した。
他の使用人たちが私に近づくことすら躊躇う中で、彼は臆することなく私の側にいた。
彼の動きには無駄がなく、常に私の視線を追い、私が何を求めているかを瞬時に察した。
私が言葉にする前に、私の求めるものが差し出されることさえあった。
「女王様、本日は少しお疲れのご様子とお見受けいたします」
ある日、私が書物を読み終え、軽くため息をついた時、エディーがそう尋ねてきた。
その声は静かで、私の心を正確に読んでいるかのようだった。
「……そう見える?」
私は思わず、微かに顔を上げた。
これほどまでに私の状態を言い当てた者はいなかった。
「はい。もしよろしければ、このお茶はいかがでしょうか」
彼は、私が好むハーブティーを差し出した。湯気からは甘く心地よい香りが立ち上っている。
私は無言でエディーを見上げた。
なぜわかったのか。無言の問いかけに、エディーは澄んだ目で私を見つめた。
「いつもお側にお仕えしておりますから。女王様のお考えも、お気持ちも、僕にはわかります」
エディーの真っ直ぐな忠誠心は、私の予想をわずかに超えていた。
彼の瞳は、私を、疑う余地のない絶対的な存在として映しているようだった。
彼は私の望んだように、私にだけ従順だった。私の命じるままに動き、私の言葉をただ信じた。
他の者には見せない、警戒心を潜めた表情も、私に向ける時には柔和に緩んだ。
私を怖れるどころか、その瞳には純粋な忠誠と、私への深い信頼が宿っているように見えた。それは、これまで誰からも向けられたことのない感情だった。
いい拾い物をしたものだと思った。これこそ、私が求めていた絶対の味方なのだと。
私は常にエディーを側に置くようになった。朝の目覚めから夜の就寝まで、彼は私の影のように付き従った。
食事の給仕、書物の準備、散策の付き添い……私の身の回りの世話の全てを、彼が担った。これまで持ち得なかった真の従者を手に入れて、私は歪んだ喜びに深く酔いしれていた。
私にとって彼は、最高の玩具であり、完璧な道具だった。
時折、エディーが部屋に飾る花の香りが、私は好きだった。
彼はいつも、私の気分を察してか、心地よい香りの花を選んでくる。その香りに包まれて読書をすることが私の習慣となっていた。
それは、殺伐とした私の心にとって、唯一の平穏をもたらす、心が落ち着く時間だった。
彼が選び、飾る花。その香りさえも、私にとって心地よいものだった。
ある日、私は一冊の書物を読み終えた。
もうこれ以上、その内容を読み込む必要はない。
ふと視線を上げると、そこにはいつものようにエディーがいた。
彼は何も言わず、ただ静かに私の隣に控えている。
気紛れだった。
私は読み終えたばかりのその本を、彼に与えた。
「読んでおくといいわ。私の下僕なのだもの。それに相応しい教養でも身につけなさい」
エディーは驚いたように目を瞬かせたが、すぐに恭しく本を受け取った。
次の日から、エディーはまるで飢えた獣のようにその本を読み耽った。
夜遅くまで灯りがついているのを知っていたし、書物を開く音が聞こえてくることもあった。わずかな休憩時間も惜しんで勉強したことは、日に日に濃くなる彼の目の下のクマから容易にわかった。
そして、彼は私が意図的に進めるこの国の腐敗、すなわち私の「悪政」の真の意味を、驚くべき速さで理解していった。
「何か、疑問にでも思ったかしら?」
私の問いかけに、エディーははっと顔を上げ、すぐに姿勢を正した。
「……いいえ、女王様。ただ、女王様のなされていることが、まるで……」
彼の瞳の奥には、困惑と、しかしそれを乗り越えようとする知的な光が宿っていた。
彼は、私が何をしているのか、その本質に触れ始めている。
私は、口元に薄い笑みを浮かべた。
「それでいいのよ」
私の言葉に、エディーの顔からは疑惑の念が消え、さらなる忠誠の色が浮かんだ。
彼は、私の全てを受け入れた。
この時、私は、彼が単なる「道具」ではない、私の魂の片割れとなり得る存在であると、漠然と感じ始めていた。
エディーはそれからも、私の要求にことごとく応え続けた。
私の命令は、神の啓示とでも取られているようであった。
「必死なものね」
嘲るような響きを込めて言った。
もちろん、その言葉の裏に、わずかな称賛が隠されていたことに、彼が気づくはずもない。
エディーは、はにかんだように微笑んだ。
その表情は、私が見慣れた彼の従順な顔とは少し違って、どこか幼く、純粋だった。
「女王様のお役に立ちたいですから。僕は女王様のためだけにありますから」
その言葉が、私の耳に、そして心の奥底に、雷鳴のように響いた。
その瞬間の衝撃に、私の思考は停止した。
次に視界に飛び込んできたのは、憎悪の底に沈んでいたはずの、あの顔だった。――母親の幻影。
あの惨めな女のようにはなるまいと、私は誓ったはずだった。他人に、ましてや男に、決してすがらないと。
父王の無謀な要求に、ただ従順に応じ続け、最後は心を病んで朽ちた母の姿が、純粋に私を慕い、自ら「私のためだけに」と語るエディーと重なって見えたのだ。
父は、私の母のような弱い人間を、自身の欲望のままに操り、食い潰した。
そして今、私の心に湧き上がるこの感情は、私が憎んだ父と同じ、目の前の自分より弱い存在を、自身の思うがままにしたいという醜い欲望なのか? 父王の血が流れる私の、根深い汚らわしい本性なのか? エディーを、私が母と同じ悲劇に引きずり込もうとしているのではないか?
「下がってちょうだい……」
私の声は、ひどく震えていた。
感情が、喉の奥にせり上がってくるようだった。
「え?」
エディーは困惑の声を漏らした。
彼は、私の突然の感情の爆発に、どう反応すべきか戸惑っているようだった。
「一人になりたいのよ。早く下がって」
私は、自分でも制御できないほど震える声で、彼を部屋から追い出した。
狼狽しながらも、エディーは素直に部屋から退出した。
扉が閉まる鈍い音が、私の内側で鳴り響く混沌と呼応する。
私はふらふらと寝台に歩み寄り、今朝彼が整えたばかりのシーツに力なく身を投げ出した。
肌に触れる柔らかな感触。シーツに残る微かな人の温もり。埃一つない清潔さ。
その全てが、彼の手によるものだと、私の全身が拒絶する。
寝台の傍らには、エディーが飾ったばかりの瑞々しい花々が、甘く優しい香りをあたりに満たしていた。
数刻前まで飲んでいたアフタヌーンティーの残り香も、微かに鼻腔をくすぐる。
城のどこにいても、私の身の回りには彼の「痕跡」がある。
それはもはや、ただの召使いの仕業ではない。私の日常の、隅々にまで彼が浸透している。
その全てが、私を縛り付ける鎖のように思えた。
嫌悪ではない。むしろ、もっと、もっとと、魂の底から湧き上がるような、底なしの渇望を生み出す。
けれど、同時に、彼の存在が、私の内に蠢く醜悪な血の呼び声を、これ以上ないほど鮮明に突きつけるのだ。
私は天井の闇を見上げた。
視界の端に、かつて私が閉じ込められていた、埃っぽい冷たい部屋の残像がよぎる。
あの時、私は自由と力を渇望した。復讐のために、全てを手に入れると誓った。
だが、その力の果てに、私は何を掴もうとしている? 憎んだ父と同じように、誰かを支配し、食い潰すことなのか? そして、母がそうであったように、誰かに縋り、惨めに愛を乞うことなのか?
「うわぁあああああ!!」
私は枕に顔を押し付けて泣いた。
声は枯れ、喉は引き裂かれるようだった。
母を亡くし、世界を憎んだあの日でさえ、これほどまでにみっともなく、情けない声を上げたことはない。
こうして私が嘆き悲しむ時、慰め、寄り添うのはエディーの役目であるはずなのに、今、その存在が何よりも私を苦しめる。
彼の純粋な瞳に、この醜悪で、制御不能な感情を見せることなど、私にはできなかった。私が彼を欲するこの感情は、あまりにも穢れており、彼を汚すに足るものだと、全身で理解していたからだ。
私はこの世を恨んだ。
あの男に復讐を誓った時以上の、言いようのない絶望が私の心を蝕んだ。
それは、ただ復讐を誓っただけでは癒えぬ、血に根差した呪いのように感じられた。
喉の奥は、泣きすぎてガラガラに枯れていた。
全身の震えが止まらない。それでも、その震える唇が、私自身の耳元で、誰も聞くことのない呪詛のように、あるいは懺悔のように、真実を囁いた。
そして、その絶望の淵で、私は震える声で独りごちた。
「……エディーを、愛してしまったのだわ」