30 女王の腐敗の輪舞
女王に即位してからの私は、政治の実務は全くの手探りだった。求める結果はただ一つ。私の治世は、この国を根腐れさせるためのものだった。
私はこの国そのものが憎かった。
私を産み落とし、何の庇護も与えず、ただ隅に追いやった父王の象徴であるこの国が。
母を食い潰し、私から人間らしさを奪ったこのシステムが。
私の身体を巡る血の一滴一滴が、憎悪でできているかのように感じられた。
即位した私は、まず、自らがかけた呪いの存在を何としても秘匿せねばならなかった。それは、私の復讐計画の根幹を揺るがしかねない、致命的な弱点だったからだ。
そこで、全ての魔導師を国から追放するという強硬策から打って出た。
彼らは、表向きは国の政治の行く末を占ったり、民の困りごとを占う程度の存在と見られていたが、その奥底には厄介な真実を見抜く力を秘めていた。特にジルベールと名乗る魔導師には、薄々呪いのことを感づかれているような節さえあった。
彼らの存在は、私が絶対的な秘密を保持する上で、最大の障害だったのだ。
王国の秩序を維持し、国民の不安を取り除くための措置という体裁を取れば、彼らを追放することはたやすかった。魔導師という存在自体を社会から消し去ることで、誰も私の呪いを認識することも、それが存在し得ると想像することもできなくなった。
これは、私の冷徹な計算の、まさに一端だった。
次に税を上げた。国の財政が傾こうと、民が苦しもうと、私には何の意味もなかった。
この国そのものが私の憎悪の対象なのだから、民の嘆きなど耳に入らなかった。
いや、むしろ彼らの悲鳴は私には心地よい子守唄のように響いた。復讐の甘美な旋律に、私の心は満たされていった。
そして、その金で貴族との交流という建前の元に舞踏会を幾度か開いた。
そこに集まるのは、無能で、虚飾に塗れたゴミのような貴族ばかり。彼らを放逐するためではない。彼らは、この国をさらに腐らせるための、私の手駒だ。私という異質な存在を、表向き支持しているように見せかけている彼らが、裏で何を企んでいるかなど、知る術はいくらでもあった。
彼らの陰謀など、私の手のひらの上で転がす玩具に過ぎなかった。
私という毒は、この国の隅々にまで浸透せねばならなかった。次に私が目をつけたのは、教会だ。
そこには特別な理由はなかった。ただ、この国を根腐れさせる上で、彼らの存在が次の餌食に過ぎなかっただけだ。
馬車に揺られ、大聖堂へと向かう道すがら、私は思考を巡らせた。
教会は民の信仰を盾に取り、莫大な富を蓄えていた。表向きは神の教えを説きながら、その実、特権階級に与し、腐敗した貴族たちと何ら変わらぬ存在だった。
彼らが「神の教え」と称して説く言葉の裏に、どれほどの欺瞞が隠されているかなど、私には透けて見えていた。その偽善に満ちた姿こそが、この国の腐敗を象徴している。私は彼らの権威をさらに地に落とし、その混乱が国全体に波及する様が見たかった。
大聖堂の謁見の間で私を迎え入れたのは、肥え太った枢機卿たちだった。
彼らは恭しく頭を垂れ、へつらいの言葉を並べ立てた。
「女王陛下におかれましては、かくもご足労いただき、光栄の至りにございます」
その偽善的な敬意を込めた言葉に、私の内では深奥からの侮蔑が湧き上がった。
この者たちは、私という『王』に媚びへつらうことで、自らの地位と富を守ろうとしている。民の魂の救済など、彼らの辞書には存在しないのだろう。
しかし、私の顔には一切の感情の揺らぎも浮かばなかった。ただ、冷徹な女王の仮面を被り続けていた。
私は彼らに、新たな布告を突きつけた。教会が所有する莫大な土地の一部を、民に「解放」するという建前で取り上げ、その運用は王室直轄とする。
さらに、特定の儀式に対する新たな税の賦課も命じた。表向きは民のため、あるいは王国の財政健全化のためという大義名分を掲げたが、その実、これは教会の権力を削ぎ、既存の秩序をさらに混乱させるための一手だった。
彼らが抵抗すれば、貴族と同じように彼らもまた、私の手のひらで踊らされるだろう。
「しかし、女王陛下、それは神の御心に背くことに…」
枢機卿の一人が青ざめた顔で抗弁しようとしたが、私は冷ややかにその言葉を遮った。
「神の御心とは、この国の民が苦しむことか? それとも、教会が富を独占することか? どちらにせよ、私の決定は揺るがない。異議があるのなら、この場で述べるがよい」
私の視線は、彼らの虚偽を見透かしているかのように鋭かった。
彼らは言葉を詰まらせ、互いの顔を見合わせた後、結局は沈黙した。
彼らが王という絶対的な権力に逆らえないことを、私は知っていた。彼らの信仰など、所詮その程度のものだ。
教会での用を終え、私は馬車を走らせた。
大聖堂の荘厳な装飾も、その中に蠢く偽善も、私の心をわずかにも揺るがさない。ただ、次の腐敗の種をどこに蒔くか、そればかりを考えていた。
腐った貴族どもは私の駒となる。
だが、真に私の手足となり、私のためだけに存在する駒が、私には必要だった。誰にも代えられない、絶対の忠誠を誓う者が。
その帰り道、御者が誤って馬車をスラム街の細道へと迷い込ませた。
馬車の窓から、私は外の光景を眺めた。そこには、王都の華やかさとはかけ離れた、絶望と飢餓が支配する世界が広がっていた。
埃っぽい路地、痩せ細った子供たち、諦めきった眼差しでうずくまる大人たち。まさにこの国の病巣そのものだ。
そんな中で、私の目は一人の浮浪児に釘付けになった。
私は御者に命じた。
「馬車を停めなさい」
御者が慌てて手綱を引く。馬車はきしみながら、その汚れた路地で止まった。
私は躊躇なく馬車を降りた。汚泥と悪臭が渦巻くスラムの地面に、私の豪奢な靴が触れる。
周囲の浮浪者たちが、突然現れた私と御者に怯え、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
だが、あの浮浪児だけは、その場に立ち尽くしていた。
御者が慌てて私を止めようとしたが、その声すら届かないほどに、私の視線は彼に固定されていた。彼の全てを値踏みするかのように、私はその姿を凝視した。
私は彼へと歩み寄った。彼は私を警戒するでもなく、怯えるでもなく、ただその強い瞳で私を見上げていた。痩せこけた頬は泥で汚れ、ぼさぼさの髪は絡み合っている。
だが、その顔立ちには微かに整った面影があり、何よりもその瞳の奥には、濁りのない、まっすぐな光があった。
――かつての私を見た。
それは飢餓と孤独に喘ぎながらも、決して諦めなかった幼い頃の私の姿と重なった。
ただ嘆き続ける母とは違う。この子は、この苛酷な現実に打ちひしがれながらも、まだ何かを掴もうとしている。
掃き溜めの中から這い上がろうとする、燃えるような意思を、その小さな身体の奥底に秘めているように見えた。
直感的に、私は彼を気に入った。この子は、私のものだ。