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3 赤点危機<前編>

 このゲームの舞台は王国に新しく設立された学園だ。

 中世のおフランスがネタ元であるこの世界で、まさか貴族の社交場としての学園があるなんて、とでも思うかもしれない。そう思うのも無理はない。そこは貴族の情報交換の社交場、サロンの発展版とでも思ってくれたらいい。……ま、開発者の都合としか言いようがないけどね。少なくとも、ゲーム内ではそう説明されていた。


 学園創立を命じたのは今を治める賢王と賞賛される陛下だ。

 貴賤なく中央に優秀な人間を集める意向なのか。次世代に向けた優秀な人材の育成、および支援とやらが目的らしい。少なくとも入学案内にはそのように書かれていた。

(くっ、ゲームの取り扱い説明書や設定資料集には、この学園の本当の狙いまでは載っていなかったんだ!)……深くはわからない。


 ただ学園は設立されたばかりであるので、学園から直接スカウト方式で入学する生徒がほとんどだ。貴族の末端、田舎男爵家の年頃の娘であるあたしのもとにも、入学案内の手紙が届いた。


 ゲームの設定はこうだった。

 入学した学園には庶民の生徒もいるが、それ以上に周りに高貴な方々があふれていることで気後れするヒロインが、健気にもひたむきに努力し、意中の男性と結ばれるという王道なストーリーだ。サクセスストーリーとも取れる。


 だがしかし。忘れてはいけない。このあたしは、悪役令嬢モノの転生だということを!

 ヒロインが悪役に、悪役令嬢がヒロインにすりかわるという当人にしてみるとえげつない話であるわけだ。冗談じゃない!


 逃げ出したかった。破滅へと誘う学園になんて行きたくなかった。

 だけど入学を拒んだらどうなる。


 学園は勅命にて設立された。歳の近い貴族達や将来の役人はもちろん皆通うことだろう。

 入学を拒んだことでコネクションを得られなければ、この貧乏男爵家はいずれ立ち行かなくなる。あたしが結婚することも難しくなるだろうし、将来苦労するのは自分なのだ。

 お家のことだってある。己の中の貴族の部分が、拒んではならないと冷静に囁いた。


 とはいえ今さら鬱々としても仕方ない。

 なぜならもうあたしは入学したのだから。学園に。

 泣いたって喚いたってどうにもならない。


「コレット、ぼーっとしてどうしたの?」

「えっ、ああ……ごめんなさい。ちょっと考え事を」

「もう。しっかりしてよね。ほら、次の教授は厳しいお方なのだから急がないと」


「ごめんなさい」、もう一度謝って廊下の先を行く友人であるフィオナの背中を追いかけた。


「コレットってば、最近ぼんやりとしすぎじゃあない?」

「そ、そうかな」

「そうよ。なんだか疲れてるみたいだし……あなたってば交遊関係が狭いんだもの。心配にもなるわ」

「気のせいだと思うけど。そう思われるようなら気をつけるね」

「そうしていただけると助かりますわ。ぼんやり屋さんのコレットさん」


 なんとか笑みを返したけれど、あたしは気が気でなかった。

 動揺を悟られぬよう、胸に抱えた教材を力強く抱き締めた。指先が白くなるほどに。


 友人は鋭い。指摘に誤りはなかった。


 学園で生活を送るにあたり、ともかく攻略対象との接近は最小に止めた。

 攻略対象だけでなく、ゲームに出てきた人物は軒並みだ。

 さすがに閉ざされた環境で接触ゼロは難しかったが、ルートに入りそうな行動は全力をもって阻止した。


 攻略対象がハンカチを落としたのを見かけると、本人には返さず教授に預けてみたり。

 攻略対象に話しかけなければならない時は、絶対に一人にはならなかったり。

 交流の幅を広げたのは攻略対象とはあまり関わりのない方達ばかりだ。あたし、本当にがんばった。


 せかせかと歩くフィオナはゲームとは無関係だ。ゲームに関係あるか、ないかで安心しなければいけないなんて気疲れしてたまらない。


 教室までの道は長いけれど、授業に備えて早めに移動をしているからか、廊下に人気はなかった。周囲に気を配らなくていいだけで気が楽になる。


 今日の授業は第七講堂で行われる。木製の扉を開けば、まだ数人ほどしか着席していなかった。


「よかった。いつもの席、座れそうで」

「ええ。今日も何事もなく授業が終わりますように」


 手を組み祈るポーズをするフィオナに苦笑いを送った。


「前回のレポート、自信がないのよね」

「あの教授、厳しいものね」

「成績に響かないといいわ」


 友人は視線を斜めに憂いた。

 あたしは前回どころか毎回レポートの出来に悩んでいるのに。


 攻略対象との接触は避けた。だけど、ここであたしに現実的な問題が立ち塞がった。


 あたしはこの学園内にて、あたしのバッドエンドを回避するために行動する傍ら、この学園に招かれた生徒としての意義をも果たさなければならない。

 学園、つまりはそのバックに控えている国の目的は、国に有益となる政治家や学者、商人などを始めとしたそれらの才能を持っている人物を発掘することだ。

 万が一才能ナシとの通知が来ても、それはやむなしと諦めがつく。才能とは一握りの人材のみに与えられるからこそ才能という。


 ただし、マイナス評価だけはいただけない。優の成績を取れずとも、可の成績だけは死守しなければならない。

 劣を取ってしまえば……それは、将来貴族として生きていく道を閉ざされるも同然だ。先祖代々の家名に傷がついてしまう!

 貴族は家名ブランドを糧にして生きる生き物だ。悪評を恐れるあたしの行為は一般的なものだ。


 そう、現実的な問題とは成績に関することだ。


 悩んでいるうちに教室の大部分の席が埋まり、教授が講壇に立った。


「皆さんお揃いですね。それでは早速始めましょう」


 チャイムなんてものはないから、挨拶もそこそこに教授が教科書を開いた瞬間から授業は開始される。

 あたしの絶望の時間の始まりだ。


「本日は前回の続きからになります。すなわち、民衆に課するに相応しい税についてです。前回は我が国の各領土にて採用されている税の種類について紹介しましたが、本日はその課税率がどのように算出されているかを考案していこうと……」

 教授がつらつらと流れるように話し、時折黒板に理解の難しい計算式を書き連ねる。


「(授業の内容がちっともさっぱりこれっぽっちもわからない……! まるで古代魔術の呪文だ)」


 今日もまた教授の言葉が右の耳から入り左の耳から流れていく。必死に板書を取るだけで、内容への理解が追いつかない。


 ゲームで言うなら今のあたしのステータスは最低値。

 冴えなかった日本人のあたしの知識が役立つことは滅多にないし、男爵令嬢コレットは貧乏ゆえに満足な教育を受けていない。

 授業にはしっかりと出席するけれど、それが定着しているかと問われると否とはっきりと回答できる。


「(人頭税って? 間接税ってなに? 前回の授業内容、ほとんど覚えてない……ていうか、前世の私もこんなの知らなかったぞ!?)」


 領主としての仕事は父が行っていて、あたしが関与したことなんてないから馴染みのない言葉に戸惑うばかりだ。

 教材に残したメモを頼りに記憶を掘り起こし、やっと今日の内容を理解しようと頭を上げた時には、もうすで置いていかれていた。


「(なにその数字……どこから来たの? 教授のお話、まったく聴けていなかったし、そもそも何を話しているかすら掴めない!)」


 チラリと隣のフィオナを盗み見ると、何の苦労もなさそうに時折教授の話に合点したと頷いている。

 こんなに理解できないのはあたしだけなのだろうか。

 とにかく手を動かすけれど、今日課されるであろうレポートの出来が想像できる。


 前世でだって勉強は得意な方ではなかった。だが赤点を取ったこともなかった。

 授業へ出席して、教科によってはテスト前に一夜漬けして、そこそこの点数を取って。

 優等生ではなかったけれど、劣等生でもなかった。


 書き取りに夢中になっている間に、気づけば教授は教科書を閉じていた。

 いつもならば「今日はここまで」と〆る教授が、今日は分厚い紙束を手にしている。


「前回の皆さんのレポートは全体的に非常によい出来でした。普段であればレポートの返却をしませんが、添削の内容をよく振り返り次回の課題に活かしてください」


 あまり表情の変わらない教授の顔に、珍しく笑みが浮かんでいる。


 教授が一人一人にレポートを手渡しで返していく。

 出来栄えを心配していたフィオナは、表紙をちらりと見てパッと顔を輝かせた。


 あたしの番が回って来た時、教授はピクリと眉を動かした。その表情から結果を察することは容易だった。


 あたしのレポートの評価は決して良くない。取り繕ってみせたが、……つまるところあたしの成績は最悪だ。

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