27 深淵を覗けぬ者
あの舞踏会の日。
煌びやかなシャンデリアの光が、貴族たちのドレスや宝飾品に反射して眩しいほどだった。
だが、そんな華やかな輝きも、私には色褪せた幻影に過ぎない。
周囲の賑やかさは、私にとってただの雑音だった。会場に響き渡る音楽が突如として止まり、ざわめきが静まる。
その静寂を切り裂くように、ヘンドリックの声が響き渡った。
彼の瞳に宿る憎悪、全身を震わせるほどの怒り。私を指差し、言葉の限りを尽くして非難する彼の姿は、周囲の生徒たちを驚かせ、あるいは戸惑わせていた。
だが、その程度の激情は、私を動じさせるに及ぶものではなかった。
(愚行、か。何を言われようと、構わない)
私は、心の中で静かに呟いた。
彼らが何を知り、何を信じているのか、私には手に取るように分かっていた。
彼らは私の「悪」を語るが、その深淵を覗き見ることはできない。彼らの言葉が、私の心に触れることなど、決してない。
あの男が私を非難する。その隣で、件の男爵令嬢コレットが狼狽える姿は、容易に予想できていた。
彼女は、きっとこの場の状況が、彼女が知る『物語』と異なることに困惑しているのだろう。だが、それもまた、私の知ったことではない。
何の感情も湧かなかった。
この世に生まれたあの日から、常に孤独だった。
期待も、愛情も、決して与えられることのない日々の中で、私の心には、燃え盛るような憎悪の炎が宿っていた。それは彼らが想像しうるどんな怒りよりも深く、熱く、そして純粋なものだった。
私の怒りの激しさも、憎しみの深さも、この場にいる誰も、私の激情には敵わなかった。誰も、理解しきれはしなかった。
だから、私は『呪えた』のだ。
あの灰の降ったような日、私は全てを成就できたのだ。