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1 プロローグ

 燃え尽きた灰色の午後だった。

 王都の空は重く垂れ込め、謁見の間に差し込む光は、まるで血を吸ったかのように鈍く澱んでいた。


 女王は、玉座の冷たい感触を指先でなぞっていた。


 謁見の間には誰もいない。

 がらんどうの空間に反響する自身の呼吸だけが、この場の支配者が自分であることを告げていた。

 その事実が、彼女の乾いた満足心を満たし、口元に薄く笑みを浮かべた。


 積み上げられた書類の山は、どれもこの国の存亡に関わる重大事だと知っている。

 けれど、その文字の一つ一つが、もはや彼女の瞳には意味のない記号にしか映らなかった。国の命運など、とうの昔にどうでもよくなっていたからだ。


 女王の頭に戴く冠は、ただ鈍い色を放っていた。

 父王は病に倒れ、兄や姉達は次々と不審な死を遂げた。

 王位継承者のことごとくが消え去った後、残されたのは彼女だけだった。


 人々は囁いた。「呪いだ」「あの女がやったのだ」と。

 その声は、重い扉の向こうから、冷たい風のように謁見の間まで届いたが、彼女は彼らの声に耳を傾けることなく、ただ静かに王冠を戴いた。いや、正確には、耳を傾けることをしなかった。聞こえる声など、どうでもよかった。


 民を顧みず、貴族を弾圧し、苛烈な悪政を敷いた。

 飢える民衆の叫びも、貴族たちの嘆願も、、彼女の耳にはもはや、雑音でしかなかった。

 あるいは、届かせようとは、決してしなかった。そして、自らが愚王と罵られることに何の抵抗もなかった。


 彼女の眼差しは常に、誰にも理解されない、ただ一つの目的を捉え続けていたのだ。ただひたすらに、世界が終わるその瞬間を待ち望んで。



 数刻後、民衆と貴族の反乱によって彼女は捕らえられ、後に王都の中央広場で処刑された。

 断頭台の露と消える寸前、彼女の顔には、なぜかどこか安堵したような、あるいは全てを悟ったかのような、微かな笑みが浮かんでいたという。それは、長きにわたる悲願が、ついに成就したかのような表情だった。


 こうして、ひとつの世界線は終わりを迎えた。

 しかし、物語はここから始まる。


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